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改稿版

8.胡椒とごろつき

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 俺があちらの世界で買ってきた胡椒は、ちょうどこの皮袋10個分くらい。
 つまり5000フラムくらいだ。
 買い取り金額が本当なら金貨500枚となる。
 金貨1枚とは銀貨100枚だ。
 銀貨1枚が銅貨100枚。
 串焼き1本が銅貨1枚。
 銅貨1枚が大体100円くらいの価値と考えていいだろう。
 つまり、金貨500枚は日本円に換算すれば約5億円だ。
 一気に金持ちじゃないか。
 
「ど、どのくらいの量まで買い取ってくれますか?」

「胡椒といえば滅多に手に入らない香辛料です。それに対して需要は限りない。貴族や豪商の方はこぞって求めます。あればあるだけ売れますよ。それも価格が下がるようなことも無く」

 俺の喉がゴクリと鳴った。
 ギルド職員の喉もゴクリと鳴る。

「も、もしかして、ですけど。今、胡椒、持っていらっしゃいますか?」

「はい……」

「りょ、量は、いかほど……」

「5000フラムほど」

「ごっ、ごほっごほっ。ず、ずびばぜん」

 ギルド職員の年齢は俺と同じ20代の前半くらいに見える。
 普通にしていれば切れ長の目に銀縁メガネが良く似合うイケメンなのだろうが、今は咳き込み鼻水をたらしている。
 俺も緊張で手に汗はかいているが、ギルド職員の慌てようはひどいものだ。
 見かねた年配の職員が担当を変わる。

「お客様、少々場所を移していただきたく思います」

「わかりました」

 俺は年配のギルド職員の案内で個室に案内される。
 VIPとかが案内されるような個室だ。
 ソファがフカフカで、さっきよりも高級そうな良い香りのお茶が出てきた。
 お菓子の種類もさっきより増えた。
 
「それで、胡椒をお持ちであるとか」

「はい。卸先に心当たりもないので、商業ギルドで買い取っていただきたいのですが」

「商品を拝見できますか?」

「はい」

 俺は鞄から出すようなフリをしてアイテムボックスから胡椒の入ったすべての皮袋を取り出した。
 年配のギルド職員は一つ一つの袋を空けて中を小皿に少しずつ取る。

「白胡椒と黒胡椒の両方ですか。これは大変素晴らしい品質です」

 日本で販売されていたものだから湿気っていたり砕けているものは少ないはずだ。
 さて、いくらになるだろう。
 買取価格リストには品質によって価格が多少変動する可能性についても書かれていた。
 最低でも金貨500枚で買ってくれればいいが、高く買ってくれるに越したことはない。
 ギルド職員は天秤を持ってきて胡椒を計っていく。
 
「ふむ、全部で5070フランですか。大変素晴らしい品質の胡椒ですし、金貨550枚でいかがでしょうか」

 商売初心者の俺にはそれが高いのか安いのかわからない。
 品質が高ければどの程度の金額上乗せしてくれるのが普通なのか。
 まあ圧倒的大儲けなのは間違いないのだし、この金額でいいか。

「わかりました。その金額でお願いします」

「かしこまりました。また胡椒を仕入れましたらどうぞ商業ギルドのほうにお願いします」

 俺は日本円で5億5千万円という大金を手に入れたのだった。





 あちらの世界で買った胡椒を売ることによって、金貨550枚という大金を手に入れた俺。
 しかし突然大金を手に入れた人間には、それなりにトラブルが舞い込む。

「へへへ、兄ちゃんずいぶん景気が良いみたいだな。俺にもあやからせてくれよ」

 宝くじの高額当選者などは急に親戚が増えたり、どこから聞きつけたのか寄付のお願いや高価な商品の営業の電話がひっきりなしにかかってきたりするのだという。
 異世界ではそれがもっと直接的な手段になる。
 つまりは、腕力による恐喝だ。
 
「痛い目みたいわけじゃないだろ?なあ、少し小遣いをくれればいいんだ。毎日な」

 なんで俺がこんな年上のやつに毎日小遣いやらにゃならんのだ。
 ママにもらえよ。
 相手はどう見ても街のごろつきだ。
 おおかた冒険者くずれかなにかだろう。
 この街は近くに魔物の豊富な大森林があるおかげで、冒険者が多い。
 街の経済を支えているのも冒険者なら、街の治安を乱すのもまた冒険者だ。
 血の気の多い冒険者はよくトラブルを起こす。
 1回か2回ならまだギルドもそう重いペナルティを与えることは無いのだが、頻繁にトラブルを繰り返すような冒険者はギルドも放置してはおけない。
 当然ギルドから除名され、仕事を受けることができなくなってしまう。
 冒険者は除名されればただのチンピラでしかない。
 こうして他人に迷惑をかけるだけの存在となる。
 おそらくこちらの世界に初めて来たときに襲ってきたマッチョとネズミ顔も冒険者くずれだったのではないだろうか。
 俺は殺してしまって随分と罪悪感に苛まれたものだけれど、こちらの世界の価値観で言えばこんな奴らはいくら死んでもかまわないらしい。
 実際殺しても罪には問われないだろう。
 安全保障とかそんな考え方の無いこちらの世界では、自分の身は自分で守るものなのだ。
 さすがにもう俺はこの程度では殺さないけどね。
 ちょっと地獄に案内するだけだ。
 
「おい、聞いてんのか?さっさと金を出せよ」

 男は俺の胸倉を掴み、グラグラとゆする。
 うるさいな。
 最近ではタトゥの使い方も習熟してきた。
 公衆浴場に行くときなどはホクロに擬態させているが、それ以外ではすぐに魔法を発動できるように体中に模様を展開している。
 もちろん服の上からは見えない位置にだ。
 俺は胸倉を掴む腕にそっと触れ、一つの魔法を発動する。
 魔法名は短距離転移。
 前に碧の背後に転移した魔法だ。
 この魔法は目視できる範囲に瞬間移動することができる。
 魔石消費量は移動距離に関係なく1回小魔石5個。
 結構使い勝手がいいので最近はかなり愛用している魔法だ。
 この魔法は自分が触れているものも一緒に転移することができる。
 そうでなくては転移した瞬間裸になってしまうから。
 ちょっと空のお散歩といこうか。
 次の瞬間、俺と男は大空を舞っていた。

「は?な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 男は何やら叫びながら落ちていく。
 俺も落ちるが何度も経験したのでもう慣れた。
 俺が転移したのは遥か3000メートルの上空。
 人がゴミのように見えるような高さだ。
 厚着してきたので寒くはないし、今日は雲一つない天気でとても気持ちがいい。

「た、たすけてくれぇぇぇぇぇ!!死ぬ、しんじゃうよぉぉぉぉ!!ママぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 あまり離れすぎると助けが間に合わなくなるのでおとなしくしていてほしいものだ。
 自由落下によって男はどんどん俺から離れていっている。
 向こうのほうが重いのだから落下スピードが速いのは当然か。
 俺はもう一度短距離転移を使用して男の隣に転移する。
 男の襟首を掴んで再度の転移で地面から30センチの位置に転移する。
 俺はしっかりと両足で着地し、男は無様に転がる。
 ちょっと危なかったな。

「はぁはぁはぁ、し、しんでねえ……のか?」

「そうだね。まだ死んでない」

「まだ……?」

「これは警告だ。今後、故意に俺に対して不利益を与えた場合命の保証はできかねる」

 男は無言で何度も頷く。
 これだけ脅しておけばもう何か言ってくることは無いと思うけどな。
 それはこの男だけではない。
 この男は見せしめだ。
 俺に関わればタダでは済まないと思わせておかないと、金目当てに寄生虫みたいな連中が寄ってくる。
 今回は俺もちょっと慎重さが足りなかったかもしれない。
 胡椒などというこちらでは超希少な商品を見せびらかすようなことをしてしまった。
 年配のギルド職員は個室に案内してくれたが、本当なら最初から個室に行ったほうがよかったのだ。
 それは若いギルド職員のミスでもある。
 あんな公のスペースで大声でする話ではなかったのだ。
 だからこそ、商業ギルドは金貨550枚という高値で胡椒を買ってくれたのだろう。
 本来なら品質のいい商品であっても、あの買取リストよりもそれほど割高になることは無いそうなのだ。
 それを1割近くも割り増し価格で買い取ってくれたのは、俺に対するお詫びの意味も含まれていたのだろう。
 商人らしい傲慢な考え方だと思った。
 だってそうだろ。
 金で命は買えない。
 情報が漏れたせいで俺は命の危険にさらされた。
 もし俺に戦う力が無かったら死んで金を奪われていたかもしれない。
 それはではいくら金貨を積んで謝っても無意味だ。
 まあそんなことは口に出したりしないけど。
 こちらの世界では自分の身は自分で守るもの。
 金目当ての奴に簡単に殺されるくらいなら、最初からそんな希少な商品を扱う資格すらないというのがこちらの常識だろう。
 まあせいぜい、金貨でもいっぱい積んでもらおうか。
 胡椒をもっと仕入れて、金貨風呂にしてやる。




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