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改稿版

7.見習い卒業と胡椒の価値

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「エイジ・ヤザワ様。おめでとうございます。あなたは今日からDランクです」

「ありがとうございます」

 エイジ・ヤザワというのは俺の名前だ。
 ちなみに中学生時代のあだ名は矢沢のエイちゃん。
 矢沢という苗字と名前にエイと入る人間にとっては避けては通れないあだ名だ。
 俺は受付のお姉さんから、新しいギルドカードを受け取る。
 Eランクのカードは錆びた鉄のような色に着色されていたが、これはピカピカの鉄色だ。
 小さな進歩だけれど、嬉しいものだ。

「エイジ、お前に教えることはもう何も無い。あとは精進あるのみだぞ?」

「はい。ありがとうございました、グラントさん」

 グラントさんはいつも俺のことを見習いと呼んでいたのに、初めて名前で呼んでもらえた。
 こんなに嬉しいことは何ヶ月ぶりだろうか。
 色々と嫌なこともあったけれど、やっぱり生きていて良かったと感じる。
 あのときおじいさんにモ〇バーガーを奢っていなかったら、こんな気持ちも知ることなく俺は自ら命を断っていたかもしれない。
 ありがとう、おじいさん。
 ありがとう、モ〇バーガー。
 




「ブヒヒィ……」

 3メートルはあろうかという巨体に、豚のような顔、強靭な筋肉と分厚い皮下脂肪。
 Dランクの魔物の中でも最上位に位置する魔物、オークだ。
 こいつからは中魔石が取れる。
 肉は美味いし、睾丸が精力剤の原料になる。
 倒すことができれば色々と美味しい魔物だ。
 まだまだオークと俺との距離は20メートルはある。
 俺は剣を構え、突きを放つ。
 ワームホールに吸い込まれた切っ先が、オークの喉元のワームホールから飛び出す。

「ブヒヒヒヒッ」

「うぉっ」

 俺の突き出した剣はオークの分厚い皮膚に阻まれて刺さらなかった。
 なんて丈夫な皮なんだ。
 オークの皮もまた、皮鎧の材料になるために高く売れる素材だ。
 それだけに、俺の稚拙な剣では貫くことができなかったが。
 
「しょうがない。もうひとつ魔法を使うか」

 2種類の魔法を同時に使うには、タトゥを2種類の形に広げる必要がある。
 腕のほうまでびっしりオシャレタトゥが入っちゃうからちょっと嫌なんだよね。
 外国のギャングみたいで。
 俺はワームホールの他に、もう一つの模様を腕に広げていく。
 
「行くぞ。空間属性付与!!」

 別に叫ぶ必要も無いが、なんとなく一人だと色々口から出てしまう。
 誰かに見られたら恥ずかしいな。
 俺は空間属性の付与された剣で、もう一度ワームホールに剣を突きこんだ。
 
「ブヒィィィ……」

 オークの喉に俺の突き出した剣が突き刺さる。
 空間属性の付与された剣は、一度だけ空間を切ることができる。
 世界の修復力によって空間の切れ目は一瞬で修復されるが、一緒に切断されたその空間にあった物質は切断されたままになる。
 要は一度だけ何でも切ることができる剣になるということだ。
 突きなら何にでも刺さる。
 チートな魔法だ。
 そもそも時空間魔法自体がチートなのだけどね。
 剣をすっと引くとオークの首から血が噴出しその巨体が前に倒れた。
 空間属性付与の魔法で消費した魔石は小魔石20個。
 ワームホール2回で消費したのが小魔石2個。
 合わせて小魔石22個の消費で手に入ったのが中魔石1個。
 他にもオークからは素材が取れるので、それを売った金で小魔石を補充すればいい。
 オーク1体を倒しただけで、そこそこ稼げる。
 なにより中魔石が手に入ったのが大きい。
 あちらの世界に帰るためには往復で中魔石が6個必要になるから、もっとオークを狩らないと頻繁に行き来するのは厳しい。
 
「でも大きな一歩だ」

 そろそろ異世界で仕入れてきた胡椒が火を噴くときが来たのかもしれない。
 


「こんにちは」

「ようこそいらっしゃいました。今日はどのようなご用件でしょうか?」

 やってきたのは商業ギルド。
 この国で商売をするためには、商業ギルドに登録しなくてはならない。
 商業ギルドに登録している正式な商人と無登録のもぐりの商人では信用力に天と地ほどの差がある。
 多少の登録料と1年にいくらかの税金を納める必要はあるけれども、長く商売をしていくつもりならば絶対に登録しておいたほうがいい。
 
「登録をお願いします」

「かしこまりました。こちらにご記入ください」

 名前と出身地、何を商うのかなどの項目がずらりと並んでいる紙に書き込んでいく。
 タトゥかタブレットのおかげで、文字も問題なく書くことができる。
 商う商品は当然胡椒だ。
 この項目は後からでも追加できるようなので今は胡椒だけでいい。
 というか胡椒しか持ってない。
 
「胡椒!?し、失礼ですが胡椒の仕入先にあてはあるのでしょうか」

「ええ」

 ギルド職員の人の対応が少し変わる。
 温かいお茶とお菓子が出てくる。
 やはり、このあたりの地域では胡椒が相当な高値で取引されているようだ。
 今日まで食べた料理に胡椒が使われていたことなんて無かったし、誰に聞いても胡椒なんて貴族様の調味料だって言われたから予想はしていた。
 しかしギルド職員のこの対応、もしかしたら胡椒は高いだけではなく滅多に手に入らないものなのかもしれない。
 
「胡椒の卸し先はもうお決めになられているのですか?よろしければ商業ギルドの買い取り価格も一度目を通していただければ……」

 商業ギルドは商品の買取もしてくれるのか。
 組合と総合商社が混ざったような組織なのかもしれない。
 胡椒の卸し先まで考えていなかった俺には渡りに船だ。
 差し出された買取価格のリストを見る。
 胡椒は白も黒も同じく金貨1枚となっている。
 量は10フラムあたり、となっているが1フラムとはどのくらいなのか。
 あまり無知だと知られるのは避けたいのだけど、どうせ商売に不慣れなのは隠せない。
 袋1杯がどのくらいの重さか聞くくらいなら商売初心者にありがちかな。

「あの、この皮袋に1杯くらいの胡椒はどのくらいの重さになりますかね?」

「そうですね。大体500フラムくらいでしょうか」

「そ、そうなんですね……」

 ほう。
 この皮袋が500フラムくらいなのか。
 俺は自然と口角が上がるのを感じた。


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