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2.ゴブリン狩り
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「なあ、それってなにやってるんだ?」
裏庭で座禅を組む俺に、次男ルーカスがそう聞いてくる。
毎日座禅ばかり組んでいる末っ子に、ついに我慢ができなくなって聞いたようだ。
しかし、なにをやっているのかと聞かれると俺はなにをやっているんだろうか。
自然と一体となって自分の内面に目を向けている。
言葉にすればこうなるわけだけど、7歳の子供がこんなことを言い始めたら俺だったら病院に連れて行く。
この村には病院がないからシエル婆さんのところだろうか。
俺の頭が正常かどうかは分からないけれど、多分婆さんの回復魔術でも治らないということは分かる。
どう答えるべきか。
「なあなあ、無視するなよ」
「無視はしてない」
無視はしてないけれど、なんと答えるべきか考えているんだ。
強いて答えるとすれば、魔術の基礎練習といったところだろうか。
「なあ、なにしてるんだ?ずっと目瞑って」
「魔術の練習。シエルおばあちゃんの家の教本に書いてあった」
「へー。魔術ってそうやって練習するのか」
これは魔術の練習をしているだけではないが、まあいいか。
ルーカスは俺が口を開いたのが珍しいのか面白そうな顔をしている。
今まで家族のコミュニケーションをないがしろにしすぎただろうか。
子供のふりをするのがめんどうだからって口を開かないというのはやりすぎだったかもしれない。
だが今更なにを話せばいいのかも分からない。
「魔術、使えるようになったか?」
けっこうグイグイ来るね。
まあ俺も別に家族と話したくないわけではないからありがたい。
「もう初級は使える」
「へぇ!すごいな。ちょっと見せてくれよ!」
「いいよ」
やっぱり家族と話すというのはそれなりに楽しいものだな。
俺は子供みたいな顔で俺が魔術を使うのを待っているルーカスを見て家族に対する認識を改める。
俺にとって家族というのは向こうの世界ですでに亡くなっていた両親だけだと思っていたが、この世界の家族も家族には違いない。
向こうで一人っ子だった俺には兄弟というのは新鮮だ。
たぶんこうして可愛がってくれるのは小さいうちだけだろうから、せいぜい甘えておくとするか。
俺は手のひらを上に向けて兄に差し出す。
『φωτιά』
魔力を練り、呪文を唱えればぼうと俺の手のひらの上に小さな火が灯る。
初級魔術の中でも初歩の初歩である着火の魔法だ。
「おお、すげえな!本当に魔術だ!」
次男ルーカスはワイノワイノと騒ぐ。
16歳にしては少し落ち着きが足りないのではないだろうか。
いや、向こうの世界では16歳なんて毎日カラオケだのゲーセンだの言ってたな。
一番騒ぎたい年頃か。
騒がしてやろう。
「おい、なにを騒いでいるんだ?」
「あ、親父。すげえんだよ、ライルが初級魔術を使ったんだ!」
「なに!そいつはすごい。7歳で初級魔術が使えるなんてライルは天才かもしれんな!」
ゴリラみたいな大男の父ハワードも騒ぎ出す。
父こんなキャラだったんだな。
あまり話したことないから知らなかった。
もっと家族と話さないとダメだな。
「どうしたの?」
父ハワードのバカみたいにでかい声のせいで超絶北欧美女の母ハンナと長男エドワード、三男ケニーも出てきてしまった。
「ああハンナ、ライルが初級魔術を使えるようになったんだ」
「まあ!シエルさんの家に何度も通っているのは知っていたけど、本当に!?」
「ああ、俺がこの目で見たよ」
「ライル、もう一度やって見せてくれないか?」
「うん」
『φωτιά』
俺はもう一度呪文を唱え、手のひらに小さな火を浮べてみせる。
みんなが見ている中で魔術を使うのは気が散ってなかなか難しかったけれど、悪い気はしなかった。
「すごいじゃないか。今日はお祝いをしよう。ケニーもデビッドに剣を教わり始めたことだし、子供たちの将来を祝してワインを開けよう」
「そうね」
なんだか照れくさいけれど、こういうのも悪くない。
俺は向こうの世界でなくしてしまった家族の温もりというものをほんのひと時かもしれないけれど楽しもうと思った。
ふと思ったのだけれど、この世界の人間と元の世界の人間とではどこか身体の構造に違いはあるんだろうか。
この世界には魔術がある。
何ヶ月も瞑想して、魔力という力が体内にあることも感じられるようになった。
この魔力という力はどこから出てくるんだろうか。
人間だけではなく、魔物も魔力を使って超常現象を起こすらしい。
この世界では人間が呪文や魔法陣を用いて使う力を魔術といい、魔物が魔力だけで使う原始的な力を魔法と呼ぶ。
人間にも魔物にも、魔力という不思議な力が身体に宿っている。
俺が座禅を組んで魔力を感じるとき、魔力というものを身体の内にも外にも感じることがある。
それをもっとずっと感覚を研ぎ澄ましていくと、自分の身体も木も草も空気も水も、すべてが等しく自然界の流れの一部だという気持ちになってくるのだ。
そのことから、きっと大気中にも魔力はある。
そしてそれを身体に取り込んで体の中に溜めておく器官のようなものがある気がする。
そう考えると、この世界の人間にはあちらの世界の人間にはない器官が体内に存在するということになる。
マッドサイエンティストのように解剖したいとまではいかないけれど、どうなっているのか知りたい。
でも解剖はちょっとな。
俺は元物理学者であって生物学は畑違いだし、グロ耐性も低い。
盗賊は解剖しても罪にならないとか言えるほど価値観がぶっ壊れてもいない。
でもやっぱりどうなっているのか知りたいという気持ちも抑えておける時間は短い。
この際だから初魔物狩りでもして、ゴブリンでも解剖しようかな。
ゴブリンは人型の魔物で、姿形が人間に近いから身体の構造も似ているかもしれないと思ったのだ。
ゴブリンは非常に悪質な魔物なので見敵必殺はこの世界の常識だ。
詳しくはエロ同人でも読んでくれ。
そんなわけでゴブリンなら解剖してもこの世界の価値観でいえばちょっとおかしな奴で済む。
近所に変な噂が立つのも嫌なのでなるべく隠れて解剖はするつもりだけど、別にゴブリンを殺しているところを見られてもそんなに驚かれはしない。
とはいえ人道的な観点や動物愛護的な観点が……。
いやでもこの世界では……。
うーんやっぱりゴブリンといえども大型の生き物を殺すのに抵抗があるな。
現代人の悪いところだね。
命というものを直視できない。
自分達が動物を殺して食べているという事実を身近に感じることができない。
俺は両手でパンと顔を叩き、覚悟を決める。
俺の足はすでに森の一歩手前まで来ている。
ここから先は魔物の領域。
殺されないために殺さなくてはならない世界だ。
俺は一歩踏み出し、森に入った。
森に入った瞬間から空気が変わる。
じめじめしていて、色んな匂いがする。
土の匂い、木の匂い、水の匂い。
五感すべてを総動員して、魔物の気配を探る。
いつもやっていることだ。
俺は座禅のときを思い出す。
自分は自然の一部であり、魔物もまた自然の一部。
右前方、茂みの影になにかの気配を感じる。
大気中に漂う魔力がそこに微量流れているのが分かる。
まるで排水溝の渦だ。
俺もこうなっているのだろうか。
たぶんなっているのだろうな。
もし俺と同じように魔力を感じることができる魔物がいたとしたら、俺の位置なんて手に取るように分かってしまうだろう。
今後自分の周りの魔力を揺らさないようにする努力もしたほうが良さそうだ。
今日森に来てよかった。
森は色んなことを教えてくれる。
俺は茂みに向かって風の魔術を放ち、隠れていたウサギを仕留めながらそんなことを考えた。
ウサギは丸々と太っていて今晩のおかずに丁度良さそうだ。
初級魔術が使えると分かった俺が森に行くにあたり、家族は肉を期待しているようだったから期待には答えなくては。
こうして自分の気配を隠し、森に漂う自分以外の気配を探しながら動き回ることは裏庭で座禅ばかり組んでいた俺にとって新鮮な発見に満ちていた。
ウサギを担いで森の中を歩くこと数分で、ゴブリンの出る森の中ほどに到着する。
ゴブリンの巣はもう少し奥にあるそうなのだけど、村の狩人や防衛戦力だけでは巣を根絶やしにするには戦力が足りないのでこのあたりにフラフラやってきたゴブリンを殺すくらいしかできないらしい。
俺もそのフラフラ出てきたゴブリンを狙ってやってきたわけだけど、最初だし単独でうろついている個体を狙いたい。
俺は先ほど掴んだ座禅の感覚で索敵する。
この方法は魔力の渦を感知するので魔力感知とでも呼ぼうかな。
俺は魔力感知を広げていく。
目を閉じればもっと自然と一体になれるだろうけど、危険な森の中で目を閉じるのは怖い。
目を開けた状態では直径20メートルほどが限界みたいだ。
20メートルの範囲にはゴブリンはいない。
小鳥くらいの小さい渦はあったけれど、たぶんゴブリンじゃあないだろう。
これからこの感覚に頼ることになると思うから、どんな生物がどの程度の大きさの渦なのかというのも観察しておこう。
俺は小さな小鳥程度の渦の場所を除く。
そこには蛇がいた。
なるほど、この大きさは蛇なのか。
大体40センチくらいの蛇だ。
蛇も貴重な食料なので頭を落として血抜きして持っていく。
俺は心を静めて再び索敵を開始する。
深呼吸してリラックスするとさっきよりも待機中の魔力を近くに感じる気がした。
そこで俺はさっきは分からなかったもっと小さな渦に気付いた。
水面に石が沈んだあとに起こる小さな渦のような渦が無数に存在している。
俺はその渦の一つに近づいて観察してみる。
それは植物だった。
雑草の中の一つ。
本当に他との違いが分からないようなどこにでもある草に、魔力が微量だが吸い込まれている。
俺はその草を摘んで持って帰ることにした。
多分シエル婆さんに聞けばこれがなんなのか教えてくれるだろう。
俺はその他にも魔力を微量に吸収している花やキノコなんかを採取して麻袋に入れた。
きっとなんか意味があるはず。
なかったら捨てればいい。
俺はゴブリン探しにもどった。
いつもはウロウロしているくせに、探すとなかなかいないのがゴブリンというもの。
俺はしょうがなく木を背にして目を閉じる。
これなら後ろからの不意打ちを受けることはない。
肩の力を抜き、深呼吸する。
索敵範囲が一気に広がり、直径100メートルくらいの魔力が感じられる。
だけど広がったのは索敵範囲だけではなく、さらに小さな魔力の渦が感じられるようになった。
すべての生きとし生けるものが自然の一部であり、大いなる魔力の流れの一部であることが感じられる。
虫も草も木も魚も、すべての生き物は微量ながら魔力を吸収しており、微小な渦を作り出していることが分かった。
しかしここまで来ると邪魔でしかない。
俺はふっと息を強く吐き意識を乱すと、途端に大きな渦しか感じられなくなった。
索敵としての魔力感知ならば、このくらいで十分だ。
もっと深い場所での瞑想は帰ってから座禅を組んですればいい。
俺は大き目の渦に向かって歩き始めた。
俺が感知したゴブリンは、残念ながら4匹のグループだった。
たぶん今の俺では厳しい。
落ち着いて魔術を使うことができたら勝てるかもしれないけれど、俺は魔物と対峙するのは初めてである。
落ち着いて対処なんてできるはずもない。
ではどうするか。
罠を使おう。
俺は別に魔物と戦闘して強くなるとかそんなことを考えて森に来たのではない。
ゴブリンが人間に似ているから身体の構造も似ているのではないかと思って、解剖するために森に来たのだ。
罠で仕留めても問題はない。
俺はゴブリンの進行方向に先回りし、魔術を使う。
『ὕδωρ』
使ったのは水の魔術。
局所的に霧を発生させる魔術だ。
今日はよく晴れているのにも関わらず、俺を中心とした小規模の濃霧が発生する。
そしてもう一つ。
『χώμα』
地面に手を当て、魔術で穴を掘る。
原始的だけど、霧で視界が奪われた中ならかなりの確率で落ちるだろう。
あとは上から石でも投げて殺せば良い。
俺は木陰に隠れてゴブリンが来るのを待った。
「グギャグギャ!」
「グギャギャギャ!」
これだけ不自然に霧が出ているのに、ゴブリンたちは能天気に雑談しながら歩いている。
やっぱり知能はそれほど高くない。
「グギャギャギャッ……」
ゴブリンたちはしゃべりながら全員が同じタイミングで俺の掘った穴に落ちていった。
アホじゃんこいつら。
俺は霧の魔術を止め適当に風の魔術で散らすと、用意していた大き目の石を穴に落としてゴブリンを一匹一匹仕留めていった。
魔術で結構深く掘られた穴はゴブリンの力では這い出すことができなかったようで、俺は安心して石を落とすことができた。
さあこれで4体のゴブリンの死体が手に入ったわけだけど、どこで解剖しようか。
森の中で血の匂いをさせながらゴブリンを解剖するのはとても危険だ。
かといって村に持って帰って解剖するわけにもいかない。
第一子供の身体ではゴブリン4体は持って帰ることが難しい。
ここは森の中に安全圏を作って、そこで解剖するのが好ましいだろう。
ちょうどさっき掘った穴がある。
この穴を少し拡張して壁を固めて出入り口を狭くすれば地下室っぽくなるかもしれない。
ちょうどいいので俺はここに秘密基地を作ることにした。
さっそく俺は落とし穴の改造を始める。
まずはもう少し広くするために横幅を広げた。
魔術を使えば簡単だ。
『χώμα』
魔力で土をコネコネしてやれば土を自分の思うとおりに動かすことができる。
素早く槍の形にしたり、弾にして飛ばしたりするのが今の俺には難しくても、時間をかけて土を動かす程度ならそれほど難しくは無い。
とりあえず解剖ができそうな広さを確保した俺は次に壁を固めた。
このあたりの地質は粘土質なので固めるのはそれほど難しくない。
それほど真面目に固めなくても崩れはしないだろう。
問題は天井だ。
強度的に鉄筋コンクリートのような構造にしないと天井など作れっこない。
地中から鉄分を集めて作れるだろうか。
今の俺の技量では難しいかもしれない。
俺はとりあえず今のところはドーム状の屋根をつけておくことにした。
こんな森の中にドーム状の建物があっては怪しまれてしまうかもしれないけれど、むき出しのまま解剖をするよりはいい。
なんなら帰りに埋めて行けばいいんだ。
ささっとドーム状の屋根をつけて完成。
ちょっと暗い。
入り口は魔物が入ってくると怖いので作らない。
帰るときにはまた魔術で出ればいい。
しかし密閉空間だと窒息してしまうのでドーム状の屋根に空気穴を数個開ける。
これで本当に完成。
今の俺の魔術の腕ではこれが限界なのでこれから改良していこう。
魔術で明かりを灯してゴブリンの解剖を始めた。
裏庭で座禅を組む俺に、次男ルーカスがそう聞いてくる。
毎日座禅ばかり組んでいる末っ子に、ついに我慢ができなくなって聞いたようだ。
しかし、なにをやっているのかと聞かれると俺はなにをやっているんだろうか。
自然と一体となって自分の内面に目を向けている。
言葉にすればこうなるわけだけど、7歳の子供がこんなことを言い始めたら俺だったら病院に連れて行く。
この村には病院がないからシエル婆さんのところだろうか。
俺の頭が正常かどうかは分からないけれど、多分婆さんの回復魔術でも治らないということは分かる。
どう答えるべきか。
「なあなあ、無視するなよ」
「無視はしてない」
無視はしてないけれど、なんと答えるべきか考えているんだ。
強いて答えるとすれば、魔術の基礎練習といったところだろうか。
「なあ、なにしてるんだ?ずっと目瞑って」
「魔術の練習。シエルおばあちゃんの家の教本に書いてあった」
「へー。魔術ってそうやって練習するのか」
これは魔術の練習をしているだけではないが、まあいいか。
ルーカスは俺が口を開いたのが珍しいのか面白そうな顔をしている。
今まで家族のコミュニケーションをないがしろにしすぎただろうか。
子供のふりをするのがめんどうだからって口を開かないというのはやりすぎだったかもしれない。
だが今更なにを話せばいいのかも分からない。
「魔術、使えるようになったか?」
けっこうグイグイ来るね。
まあ俺も別に家族と話したくないわけではないからありがたい。
「もう初級は使える」
「へぇ!すごいな。ちょっと見せてくれよ!」
「いいよ」
やっぱり家族と話すというのはそれなりに楽しいものだな。
俺は子供みたいな顔で俺が魔術を使うのを待っているルーカスを見て家族に対する認識を改める。
俺にとって家族というのは向こうの世界ですでに亡くなっていた両親だけだと思っていたが、この世界の家族も家族には違いない。
向こうで一人っ子だった俺には兄弟というのは新鮮だ。
たぶんこうして可愛がってくれるのは小さいうちだけだろうから、せいぜい甘えておくとするか。
俺は手のひらを上に向けて兄に差し出す。
『φωτιά』
魔力を練り、呪文を唱えればぼうと俺の手のひらの上に小さな火が灯る。
初級魔術の中でも初歩の初歩である着火の魔法だ。
「おお、すげえな!本当に魔術だ!」
次男ルーカスはワイノワイノと騒ぐ。
16歳にしては少し落ち着きが足りないのではないだろうか。
いや、向こうの世界では16歳なんて毎日カラオケだのゲーセンだの言ってたな。
一番騒ぎたい年頃か。
騒がしてやろう。
「おい、なにを騒いでいるんだ?」
「あ、親父。すげえんだよ、ライルが初級魔術を使ったんだ!」
「なに!そいつはすごい。7歳で初級魔術が使えるなんてライルは天才かもしれんな!」
ゴリラみたいな大男の父ハワードも騒ぎ出す。
父こんなキャラだったんだな。
あまり話したことないから知らなかった。
もっと家族と話さないとダメだな。
「どうしたの?」
父ハワードのバカみたいにでかい声のせいで超絶北欧美女の母ハンナと長男エドワード、三男ケニーも出てきてしまった。
「ああハンナ、ライルが初級魔術を使えるようになったんだ」
「まあ!シエルさんの家に何度も通っているのは知っていたけど、本当に!?」
「ああ、俺がこの目で見たよ」
「ライル、もう一度やって見せてくれないか?」
「うん」
『φωτιά』
俺はもう一度呪文を唱え、手のひらに小さな火を浮べてみせる。
みんなが見ている中で魔術を使うのは気が散ってなかなか難しかったけれど、悪い気はしなかった。
「すごいじゃないか。今日はお祝いをしよう。ケニーもデビッドに剣を教わり始めたことだし、子供たちの将来を祝してワインを開けよう」
「そうね」
なんだか照れくさいけれど、こういうのも悪くない。
俺は向こうの世界でなくしてしまった家族の温もりというものをほんのひと時かもしれないけれど楽しもうと思った。
ふと思ったのだけれど、この世界の人間と元の世界の人間とではどこか身体の構造に違いはあるんだろうか。
この世界には魔術がある。
何ヶ月も瞑想して、魔力という力が体内にあることも感じられるようになった。
この魔力という力はどこから出てくるんだろうか。
人間だけではなく、魔物も魔力を使って超常現象を起こすらしい。
この世界では人間が呪文や魔法陣を用いて使う力を魔術といい、魔物が魔力だけで使う原始的な力を魔法と呼ぶ。
人間にも魔物にも、魔力という不思議な力が身体に宿っている。
俺が座禅を組んで魔力を感じるとき、魔力というものを身体の内にも外にも感じることがある。
それをもっとずっと感覚を研ぎ澄ましていくと、自分の身体も木も草も空気も水も、すべてが等しく自然界の流れの一部だという気持ちになってくるのだ。
そのことから、きっと大気中にも魔力はある。
そしてそれを身体に取り込んで体の中に溜めておく器官のようなものがある気がする。
そう考えると、この世界の人間にはあちらの世界の人間にはない器官が体内に存在するということになる。
マッドサイエンティストのように解剖したいとまではいかないけれど、どうなっているのか知りたい。
でも解剖はちょっとな。
俺は元物理学者であって生物学は畑違いだし、グロ耐性も低い。
盗賊は解剖しても罪にならないとか言えるほど価値観がぶっ壊れてもいない。
でもやっぱりどうなっているのか知りたいという気持ちも抑えておける時間は短い。
この際だから初魔物狩りでもして、ゴブリンでも解剖しようかな。
ゴブリンは人型の魔物で、姿形が人間に近いから身体の構造も似ているかもしれないと思ったのだ。
ゴブリンは非常に悪質な魔物なので見敵必殺はこの世界の常識だ。
詳しくはエロ同人でも読んでくれ。
そんなわけでゴブリンなら解剖してもこの世界の価値観でいえばちょっとおかしな奴で済む。
近所に変な噂が立つのも嫌なのでなるべく隠れて解剖はするつもりだけど、別にゴブリンを殺しているところを見られてもそんなに驚かれはしない。
とはいえ人道的な観点や動物愛護的な観点が……。
いやでもこの世界では……。
うーんやっぱりゴブリンといえども大型の生き物を殺すのに抵抗があるな。
現代人の悪いところだね。
命というものを直視できない。
自分達が動物を殺して食べているという事実を身近に感じることができない。
俺は両手でパンと顔を叩き、覚悟を決める。
俺の足はすでに森の一歩手前まで来ている。
ここから先は魔物の領域。
殺されないために殺さなくてはならない世界だ。
俺は一歩踏み出し、森に入った。
森に入った瞬間から空気が変わる。
じめじめしていて、色んな匂いがする。
土の匂い、木の匂い、水の匂い。
五感すべてを総動員して、魔物の気配を探る。
いつもやっていることだ。
俺は座禅のときを思い出す。
自分は自然の一部であり、魔物もまた自然の一部。
右前方、茂みの影になにかの気配を感じる。
大気中に漂う魔力がそこに微量流れているのが分かる。
まるで排水溝の渦だ。
俺もこうなっているのだろうか。
たぶんなっているのだろうな。
もし俺と同じように魔力を感じることができる魔物がいたとしたら、俺の位置なんて手に取るように分かってしまうだろう。
今後自分の周りの魔力を揺らさないようにする努力もしたほうが良さそうだ。
今日森に来てよかった。
森は色んなことを教えてくれる。
俺は茂みに向かって風の魔術を放ち、隠れていたウサギを仕留めながらそんなことを考えた。
ウサギは丸々と太っていて今晩のおかずに丁度良さそうだ。
初級魔術が使えると分かった俺が森に行くにあたり、家族は肉を期待しているようだったから期待には答えなくては。
こうして自分の気配を隠し、森に漂う自分以外の気配を探しながら動き回ることは裏庭で座禅ばかり組んでいた俺にとって新鮮な発見に満ちていた。
ウサギを担いで森の中を歩くこと数分で、ゴブリンの出る森の中ほどに到着する。
ゴブリンの巣はもう少し奥にあるそうなのだけど、村の狩人や防衛戦力だけでは巣を根絶やしにするには戦力が足りないのでこのあたりにフラフラやってきたゴブリンを殺すくらいしかできないらしい。
俺もそのフラフラ出てきたゴブリンを狙ってやってきたわけだけど、最初だし単独でうろついている個体を狙いたい。
俺は先ほど掴んだ座禅の感覚で索敵する。
この方法は魔力の渦を感知するので魔力感知とでも呼ぼうかな。
俺は魔力感知を広げていく。
目を閉じればもっと自然と一体になれるだろうけど、危険な森の中で目を閉じるのは怖い。
目を開けた状態では直径20メートルほどが限界みたいだ。
20メートルの範囲にはゴブリンはいない。
小鳥くらいの小さい渦はあったけれど、たぶんゴブリンじゃあないだろう。
これからこの感覚に頼ることになると思うから、どんな生物がどの程度の大きさの渦なのかというのも観察しておこう。
俺は小さな小鳥程度の渦の場所を除く。
そこには蛇がいた。
なるほど、この大きさは蛇なのか。
大体40センチくらいの蛇だ。
蛇も貴重な食料なので頭を落として血抜きして持っていく。
俺は心を静めて再び索敵を開始する。
深呼吸してリラックスするとさっきよりも待機中の魔力を近くに感じる気がした。
そこで俺はさっきは分からなかったもっと小さな渦に気付いた。
水面に石が沈んだあとに起こる小さな渦のような渦が無数に存在している。
俺はその渦の一つに近づいて観察してみる。
それは植物だった。
雑草の中の一つ。
本当に他との違いが分からないようなどこにでもある草に、魔力が微量だが吸い込まれている。
俺はその草を摘んで持って帰ることにした。
多分シエル婆さんに聞けばこれがなんなのか教えてくれるだろう。
俺はその他にも魔力を微量に吸収している花やキノコなんかを採取して麻袋に入れた。
きっとなんか意味があるはず。
なかったら捨てればいい。
俺はゴブリン探しにもどった。
いつもはウロウロしているくせに、探すとなかなかいないのがゴブリンというもの。
俺はしょうがなく木を背にして目を閉じる。
これなら後ろからの不意打ちを受けることはない。
肩の力を抜き、深呼吸する。
索敵範囲が一気に広がり、直径100メートルくらいの魔力が感じられる。
だけど広がったのは索敵範囲だけではなく、さらに小さな魔力の渦が感じられるようになった。
すべての生きとし生けるものが自然の一部であり、大いなる魔力の流れの一部であることが感じられる。
虫も草も木も魚も、すべての生き物は微量ながら魔力を吸収しており、微小な渦を作り出していることが分かった。
しかしここまで来ると邪魔でしかない。
俺はふっと息を強く吐き意識を乱すと、途端に大きな渦しか感じられなくなった。
索敵としての魔力感知ならば、このくらいで十分だ。
もっと深い場所での瞑想は帰ってから座禅を組んですればいい。
俺は大き目の渦に向かって歩き始めた。
俺が感知したゴブリンは、残念ながら4匹のグループだった。
たぶん今の俺では厳しい。
落ち着いて魔術を使うことができたら勝てるかもしれないけれど、俺は魔物と対峙するのは初めてである。
落ち着いて対処なんてできるはずもない。
ではどうするか。
罠を使おう。
俺は別に魔物と戦闘して強くなるとかそんなことを考えて森に来たのではない。
ゴブリンが人間に似ているから身体の構造も似ているのではないかと思って、解剖するために森に来たのだ。
罠で仕留めても問題はない。
俺はゴブリンの進行方向に先回りし、魔術を使う。
『ὕδωρ』
使ったのは水の魔術。
局所的に霧を発生させる魔術だ。
今日はよく晴れているのにも関わらず、俺を中心とした小規模の濃霧が発生する。
そしてもう一つ。
『χώμα』
地面に手を当て、魔術で穴を掘る。
原始的だけど、霧で視界が奪われた中ならかなりの確率で落ちるだろう。
あとは上から石でも投げて殺せば良い。
俺は木陰に隠れてゴブリンが来るのを待った。
「グギャグギャ!」
「グギャギャギャ!」
これだけ不自然に霧が出ているのに、ゴブリンたちは能天気に雑談しながら歩いている。
やっぱり知能はそれほど高くない。
「グギャギャギャッ……」
ゴブリンたちはしゃべりながら全員が同じタイミングで俺の掘った穴に落ちていった。
アホじゃんこいつら。
俺は霧の魔術を止め適当に風の魔術で散らすと、用意していた大き目の石を穴に落としてゴブリンを一匹一匹仕留めていった。
魔術で結構深く掘られた穴はゴブリンの力では這い出すことができなかったようで、俺は安心して石を落とすことができた。
さあこれで4体のゴブリンの死体が手に入ったわけだけど、どこで解剖しようか。
森の中で血の匂いをさせながらゴブリンを解剖するのはとても危険だ。
かといって村に持って帰って解剖するわけにもいかない。
第一子供の身体ではゴブリン4体は持って帰ることが難しい。
ここは森の中に安全圏を作って、そこで解剖するのが好ましいだろう。
ちょうどさっき掘った穴がある。
この穴を少し拡張して壁を固めて出入り口を狭くすれば地下室っぽくなるかもしれない。
ちょうどいいので俺はここに秘密基地を作ることにした。
さっそく俺は落とし穴の改造を始める。
まずはもう少し広くするために横幅を広げた。
魔術を使えば簡単だ。
『χώμα』
魔力で土をコネコネしてやれば土を自分の思うとおりに動かすことができる。
素早く槍の形にしたり、弾にして飛ばしたりするのが今の俺には難しくても、時間をかけて土を動かす程度ならそれほど難しくは無い。
とりあえず解剖ができそうな広さを確保した俺は次に壁を固めた。
このあたりの地質は粘土質なので固めるのはそれほど難しくない。
それほど真面目に固めなくても崩れはしないだろう。
問題は天井だ。
強度的に鉄筋コンクリートのような構造にしないと天井など作れっこない。
地中から鉄分を集めて作れるだろうか。
今の俺の技量では難しいかもしれない。
俺はとりあえず今のところはドーム状の屋根をつけておくことにした。
こんな森の中にドーム状の建物があっては怪しまれてしまうかもしれないけれど、むき出しのまま解剖をするよりはいい。
なんなら帰りに埋めて行けばいいんだ。
ささっとドーム状の屋根をつけて完成。
ちょっと暗い。
入り口は魔物が入ってくると怖いので作らない。
帰るときにはまた魔術で出ればいい。
しかし密閉空間だと窒息してしまうのでドーム状の屋根に空気穴を数個開ける。
これで本当に完成。
今の俺の魔術の腕ではこれが限界なのでこれから改良していこう。
魔術で明かりを灯してゴブリンの解剖を始めた。
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主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。
マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。
しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。
主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。
これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

転生しても山あり谷あり!
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「転生前も山あり谷ありの人生だったのに転生しても山あり谷ありの人生なんて!!」
兎にも角にも今世は
“おばあちゃんになったら縁側で日向ぼっこしながら猫とたわむる!”
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チート幼女とSSSランク冒険者
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三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
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