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21.激戦

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 ワイバーンは村にもたまに出る魔物だ。
 どうやら村の東側にある山脈の上のほうに大規模なワイバーンの巣があるようで、餌を求めて度々麓に下りてくるのだ。
 村に出る魔物の中でも一二を争う厄介な魔物だ。
 辺境の村の屈強な村人でも犠牲無しでワイバーンを討伐することは難しく、こいつらが村に出たときは侍従のみんなや母の元パーティメンバーが出動する事態となる。
 当然僕などは1対1であっても到底勝てる相手ではない。
 冷や汗で背中がびしゃびしゃだ。
 死にたくはないが、どうせ死ぬならばやるだけやってみるかな。
 まずは、今現在の僕の最強の攻撃力を誇る技をぶつけてみる。

「ローションカッター」

 ローションの刃はヌルヌルで摩擦力が低い。
 だから普通の刃ではダメなのだ。
 丸ノコのようにギザギザの刃を高速回転させ、それをワイバーン目掛けて全力で飛ばした。
 時間をかければ鉄すらも寸断することができる僕の最強奥義だ。

『フッ』

 ワイバーンが鼻息を吐き出した。 
 ただそれだけで周囲に煙っていた砂塵と共に僕の最強奥義が吹き飛んだ。
 やはり、両者の力は隔絶している。
 全く相手にもされていない。
 砂煙が晴れたために周囲の状況が見えてきた。
 辺りは血の海だった。
 僕たちを馬車に押し込めた偉そうな男も、御者も、護衛も、みんな肉片と化している。
 父や母と比べると全然だが、僕よりはよほど強そうだった護衛の男たちまでもがただワイバーンの腹を満たすだけの存在になり果ててしまっているのだ。
 僕の最強奥義などはにぎりっ屁のようなものだったに違いない。
 ワイバーンの目はすでに僕のことなどを見ていない。
 僕の後ろで怯える子供たちを見ている。
 無力で無防備な美味しい肉だとでも思っているのだろう。
 ワイバーンはその翼すら使わずに、ただ悠然と歩いて近づいてくる。
 ちょっとムカッときた。
 僕はこのワイバーンを驚かせてやりたくなった。

「ローションボール」

 ワイバーンのトカゲ面目掛けて僕はローションをぶちまけてやる。
 呼吸を妨げることができないことは先ほどの鼻息でわかった。
 僕の魔力値は奴が吐き出す息にすら劣っている。
 だから顔にぶつけたのはただの保湿ローションだ。
 主成分はグリセリン。
 浣腸液や化粧水、食品添加物など現代では様々なものに使われている成分だ。
 ワイバーンは僕のローションを脅威とすら思っていないのか、グリセリン入りのローションをペロリと舐めて喜んでいる。
 グリセリンは甘味があるのだ。
 トカゲ面のくせに甘いローションが気に入ったらしい。
 だが、その次のローションボールはどうかな。
 僕はもう1発ローションボールをワイバーンの顔にぶつけてやる。

『グラァァァァッ』

 ワイバーンが翼と同化した小さな手で顔を押さえてのたうち回る。
 2発目のローションボールに混ぜたのは2種類の酸を混ぜた混酸だ。
 肌の強そうなトカゲの化け物でも、目鼻口などの粘膜に触れれば当然激痛が走るだろう。
 そして比率は濃硝酸1に対して濃硫酸3。
 保湿成分グリセリンがこの比率の混酸と反応すると何ができるのか。
 答えはニトログリセリンである。
 のたうち回っていたワイバーンの顔が突如として爆発する。
 ニトログリセリンは些細な衝撃で簡単に爆発してしまう。
 金槌で叩いた程度で爆発するのだから、巨大なワイバーンが暴れ回ればその衝撃で爆発してもおかしくはないだろう。
 黒色火薬やニトログリセリンの作り方は意外と簡単なので、誰でも中学二年生あたりに一度は調べるものだ。
 その知識が役に立った。
 ちなみにニトログリセリンをそのまま出さなかったのは手元で爆発するのを防ぐためと、単純に混ぜて作ったほうが知識チート主人公っぽくてかっこいいからだ。
 きっと今僕は熱膨張って知ってるか?レベルのドヤ顔をしていることだろう。
 浅い科学の知識で無双するのは爽快極まりない。
 やったか?などとフラグを立てるつもりはないけれど、これはさすがにやっただろう。

『グルルルルッ』

 やってなかった。
 ニトログリセリンは爆発時に瞬間的に4000度くらいの温度になると聞いたことがある。
 そんな温度で頭を焼かれて死なない生き物がいるとは、信じられないな。
 起き上がって怒りをあらわにするワイバーンは、顔に酷い火傷を負っているものの目もしっかり開いておりこちらが見えているようだった。
 混酸で焼かれてそのあと高温で焼かれたのに、失明すらしていないということになる。
 魔力の前には物理法則が全く関係ないとまでは言えないと思うのだが、ある程度無視することは可能なようだ。
 先ほどのニトログリセリンも僕が魔法で生み出したものだから、より高濃度の魔力によって威力を軽減させられてしまったのだろう。
 魔法を使わずに作ったただのニトログリセリンだったらもう少しダメージを与えられたかもしれないけれど、そこまでの科学知識は持ち合わせていない。
 持ち合わせていたらもっと知識チートを満喫している。
 魔力ももうそれほど残ってないし、これは本当に万策尽きたかもな。
 僕のような矮小な存在から痛みを与えられたためか、ワイバーンは激昂している。
 その大きな翼を広げ、まるで重力を感じさせない動作で宙に浮かんだ。
 背中がぞわぞわするような魔力の奔流を感じる。
 これほどの魔力を感じたのは母に怒られた時以来だ。
 両手が翼と一体化してしまっているワイバーンの恐ろしさは、空を飛んでこそ発揮される。
 僕はもう万策尽きているというのに、あちらはここからが本番なのだ。
 とりあえずさっき少しだけ効いた硫酸ローションボールを放ってみるが、風の膜のようなものに阻まれて当たらない。
 2度同じ手を食らってくれるような相手ではないか。

『グルラァァァァッ!』

 お返しとばかりにワイバーンが飛んでくる。
 先ほどまで地についていた脚には鋭い鉤爪が生えており、人間なんかは簡単に引き裂いてしまうだろう。
 その鉤爪が僕に迫る。
 間一髪で身体にローションを纏って防御できたけれど、鷲掴みにされて僕の身体が宙に浮いた。
 凄い勢いで飛行しながら、僕の身体を鉤爪がギリギリと締め付ける。
 身体中からミシミシと音がしはじめて、苦悶の声すら出すことが叶わない。
 間近に迫った死に対して走馬灯を流そうとする脳を叱咤して生き残る方法を探す。
 このまま潰されても死ぬし、放されても落下して死ぬ。
 だが、可能性があるのは落下のほうだろう。
 このまま潰されれば確実に死ぬが、落下ならば着地点によっては生き残れる可能性があるからだ。
 僕は身体に纏っていたローションの量を増やし、締め付けてくる鉤爪を押し返した。
 鉤爪が少し緩み、ローションでヌルヌルになっている僕はワイバーンの脚からニュルリと脱出する。
 そして同時に、大空に投げ出されたのだった。


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