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閑話 ある村人の見た神
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ジョンソンは狩人だ。
それも強力な魔物がうろつく魔の森に分け入って、生きて帰ってくるだけの力量のある凄腕の狩人だった。
辺境の田舎村には冒険者ギルドなんて無いので冒険者としてのランクは持っていないが、もし登録していれば確実にBランクにはなっただろう。
だが彼は今、かつてないほどに自分の無力さに嫌気がさしていた。
(くそっ、なんで俺の娘なんだよ!エミリアはまだ14歳なんだ。人生これからじゃないか。こんなのあんまりだろ!!)
ジョンソンが生まれ育った村を含む最果ての荒野周辺地域には、一柱の神が存在していた。
それは人々に感謝され、信仰を寄せられるようなありがたい神ではない。
これ以上災いをもたらさないように崇め奉って大人しくしてもらうような悪神の類だ。
人間など水辺に湧く羽虫だとでも思っているような暴虐的な性質と、人の力ではとうていどうすることもできないような強大な力を併せ持つ天災。
それが地竜マラクという存在だった。
かつてマラクは周辺の村を襲っては村人を一人残らず食い尽くす暴食のドラゴンとして恐れられていた。
ジョンソンの祖先にあたる初代最果ての村の長は、どう言い包めたのか毎年数人の生贄を差し出す代わりに村は襲わないという契約をマラクと結ぶことに成功した。
それ以来数百年の間、周辺地域の村々は交代でマラクに生贄を差し出してきたのだ。
マラクは若い未婚の女を好み、それ以外の人間を生贄に差し出した時は10倍の人数を要求してきたこともあるという。
だからいつしか生贄に差し出す人間は若い未婚の女だけとなった。
どこの村の誰を生贄に差し出すのかは周辺村の村長たちが集まって行う会議にて決まることになっており、その結果は各村に伝えられる。
そして今回、村の掲示板に張り出された生贄のリストにはジョンソンの娘であるエミリアの名前が入っていたのだ。
(ずっと他人事だと思っていた。まさか自分の娘が選ばれるわけがないと。生贄は俺たちが生きていくためには仕方がない、必要な犠牲だとずっと目を瞑ってきたんだ。泣き叫ぶ女を地竜のもとまで連れて行ったこともある。俺には悲しみ嘆く資格なんて無いじゃないか!!)
今まで自分たちが行ってきたことを改めて直視してしまえばもう何も考えないようにはできなかった。
どれほどの人間があの地竜に食われてきたのだろう。
どれだけの人間を自分たちは犠牲にして生きてきたのだろう。
そしてまたこれからも犠牲にしていくのだろうか。
こんな生き方は間違っているのではないか。
娘を失う人生に価値なんてあるのか。
こんな自分が生きている価値なんてあるのか。
その日一睡もすることができなかったジョンソンは、おもむろに弓と矢筒を手に取ると夜明け前の村を抜け出して生贄の台地に向かった。
その瞳からはこの世への未練が一切消え去っていた。
ジョンソンは地竜マラクに一矢でも報いて周辺の村々諸共食い殺されるつもりで生贄の台地に来た。
しかし台地に近づくにつれ、地竜の様子がおかしいことに気が付いた。
まるで何かと戦っているかのような地響きが時折聞こえてきたのだ。
心なしか地面も揺れているような気がする。
まるで巨大な怪物同士が取っ組み合いの喧嘩でもしているかのようだ。
(何が起こっている!?まさか俺より先に地竜に仕掛けた奴がいたのか?)
今回の生贄に選ばれたのはジョンソンの娘だけではない。
同じようなことを考えた村人がいてもおかしくはなかった。
しかしあの地竜を相手にそこまで善戦できるような力を持った戦士が周辺の村にいただろうかともジョンソンは思う。
やがて朝日が昇り始め、地竜と戦っている者がジョンソンの目にもはっきりと見えるようになる。
それは二足歩行の巨人でありながら、顔や身体には真っ赤な鱗が生えた奇妙な生き物だった。
(なんだあれは!あんな生き物は見たことがない。高位の魔物か!?)
その生物はジョンソンたちが神と崇めて恐れている地竜マラクを相手に一歩も引いていないどころか、圧倒していた。
地竜はボコボコに殴られ、苦しそうに悲鳴をあげている。
しかしそれでは竜が死なないことをジョンソンは知っていた。
(それではダメだ。竜は龍脈の加護を受けている。通常の手段では滅ぼすことができないんだ)
どんな大怪我を負ってもすぐに治ってしまう龍脈の加護は、竜という生き物を神として崇めるのに足る特性だった。
高い知能を持ち、念話で人と意思疎通を図ることもできる。
そして龍脈の加護によって死なない。
竜は通常の魔物とは一線を画する生態を持っているのだ。
鱗巨人はこのまま殴り続けても地竜が死なないことに気が付いたのか拳を下す。
そして何を思ったのか不思議な形に両手を組んだ。
口が動き何かを呟いているようにも思える。
(あの巨人にも知性があるのか?何をするつもりだ)
『~~~~~、カンマン!』
なにごとかを言い終えた鱗巨人の右手に真っ白な炎が灯る。
それはどこか幻想的な雰囲気のする炎だったが、狩人として培ったジョンソンの危機察知能力が背筋に鳥肌を立てていた。
ぞっとするほどに美しく、ぞっとするほどに恐ろしい炎だとジョンソンは思った。
『あぎゃぁぁぁぁぁぁっ』
地竜マラクの悲痛な叫びと共に、白い炎が古き神を焼いた。
新たな神の誕生だった。
以後数千年にわたって、この地域周辺では真っ赤な鱗の生えた巨人の神が信仰されることになる。
生贄を要求する悪しき神を白き炎で焼いて殺した伝説と共に。
それも強力な魔物がうろつく魔の森に分け入って、生きて帰ってくるだけの力量のある凄腕の狩人だった。
辺境の田舎村には冒険者ギルドなんて無いので冒険者としてのランクは持っていないが、もし登録していれば確実にBランクにはなっただろう。
だが彼は今、かつてないほどに自分の無力さに嫌気がさしていた。
(くそっ、なんで俺の娘なんだよ!エミリアはまだ14歳なんだ。人生これからじゃないか。こんなのあんまりだろ!!)
ジョンソンが生まれ育った村を含む最果ての荒野周辺地域には、一柱の神が存在していた。
それは人々に感謝され、信仰を寄せられるようなありがたい神ではない。
これ以上災いをもたらさないように崇め奉って大人しくしてもらうような悪神の類だ。
人間など水辺に湧く羽虫だとでも思っているような暴虐的な性質と、人の力ではとうていどうすることもできないような強大な力を併せ持つ天災。
それが地竜マラクという存在だった。
かつてマラクは周辺の村を襲っては村人を一人残らず食い尽くす暴食のドラゴンとして恐れられていた。
ジョンソンの祖先にあたる初代最果ての村の長は、どう言い包めたのか毎年数人の生贄を差し出す代わりに村は襲わないという契約をマラクと結ぶことに成功した。
それ以来数百年の間、周辺地域の村々は交代でマラクに生贄を差し出してきたのだ。
マラクは若い未婚の女を好み、それ以外の人間を生贄に差し出した時は10倍の人数を要求してきたこともあるという。
だからいつしか生贄に差し出す人間は若い未婚の女だけとなった。
どこの村の誰を生贄に差し出すのかは周辺村の村長たちが集まって行う会議にて決まることになっており、その結果は各村に伝えられる。
そして今回、村の掲示板に張り出された生贄のリストにはジョンソンの娘であるエミリアの名前が入っていたのだ。
(ずっと他人事だと思っていた。まさか自分の娘が選ばれるわけがないと。生贄は俺たちが生きていくためには仕方がない、必要な犠牲だとずっと目を瞑ってきたんだ。泣き叫ぶ女を地竜のもとまで連れて行ったこともある。俺には悲しみ嘆く資格なんて無いじゃないか!!)
今まで自分たちが行ってきたことを改めて直視してしまえばもう何も考えないようにはできなかった。
どれほどの人間があの地竜に食われてきたのだろう。
どれだけの人間を自分たちは犠牲にして生きてきたのだろう。
そしてまたこれからも犠牲にしていくのだろうか。
こんな生き方は間違っているのではないか。
娘を失う人生に価値なんてあるのか。
こんな自分が生きている価値なんてあるのか。
その日一睡もすることができなかったジョンソンは、おもむろに弓と矢筒を手に取ると夜明け前の村を抜け出して生贄の台地に向かった。
その瞳からはこの世への未練が一切消え去っていた。
ジョンソンは地竜マラクに一矢でも報いて周辺の村々諸共食い殺されるつもりで生贄の台地に来た。
しかし台地に近づくにつれ、地竜の様子がおかしいことに気が付いた。
まるで何かと戦っているかのような地響きが時折聞こえてきたのだ。
心なしか地面も揺れているような気がする。
まるで巨大な怪物同士が取っ組み合いの喧嘩でもしているかのようだ。
(何が起こっている!?まさか俺より先に地竜に仕掛けた奴がいたのか?)
今回の生贄に選ばれたのはジョンソンの娘だけではない。
同じようなことを考えた村人がいてもおかしくはなかった。
しかしあの地竜を相手にそこまで善戦できるような力を持った戦士が周辺の村にいただろうかともジョンソンは思う。
やがて朝日が昇り始め、地竜と戦っている者がジョンソンの目にもはっきりと見えるようになる。
それは二足歩行の巨人でありながら、顔や身体には真っ赤な鱗が生えた奇妙な生き物だった。
(なんだあれは!あんな生き物は見たことがない。高位の魔物か!?)
その生物はジョンソンたちが神と崇めて恐れている地竜マラクを相手に一歩も引いていないどころか、圧倒していた。
地竜はボコボコに殴られ、苦しそうに悲鳴をあげている。
しかしそれでは竜が死なないことをジョンソンは知っていた。
(それではダメだ。竜は龍脈の加護を受けている。通常の手段では滅ぼすことができないんだ)
どんな大怪我を負ってもすぐに治ってしまう龍脈の加護は、竜という生き物を神として崇めるのに足る特性だった。
高い知能を持ち、念話で人と意思疎通を図ることもできる。
そして龍脈の加護によって死なない。
竜は通常の魔物とは一線を画する生態を持っているのだ。
鱗巨人はこのまま殴り続けても地竜が死なないことに気が付いたのか拳を下す。
そして何を思ったのか不思議な形に両手を組んだ。
口が動き何かを呟いているようにも思える。
(あの巨人にも知性があるのか?何をするつもりだ)
『~~~~~、カンマン!』
なにごとかを言い終えた鱗巨人の右手に真っ白な炎が灯る。
それはどこか幻想的な雰囲気のする炎だったが、狩人として培ったジョンソンの危機察知能力が背筋に鳥肌を立てていた。
ぞっとするほどに美しく、ぞっとするほどに恐ろしい炎だとジョンソンは思った。
『あぎゃぁぁぁぁぁぁっ』
地竜マラクの悲痛な叫びと共に、白い炎が古き神を焼いた。
新たな神の誕生だった。
以後数千年にわたって、この地域周辺では真っ赤な鱗の生えた巨人の神が信仰されることになる。
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