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68.唐突に修羅と化す兎

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 村人たちのじゃがいもを強奪する兵士。
 その姿はあちこちで見られた。
 魔王城の結界を突破するのが無理だからといって、村人たちが魔石と交換したじゃがいもを強奪するとは呆れ果てる。
 村人たちが私と取引することと、私が税を治めないことは無関係だろうに。
 村人たちは私と商取引を行っているだけだ。
 町に行って魔石を売ってパンを買うのとなんら変わらない行為だ。
 領主が農作物に税金をかけたり、人頭税を取ったりするのはわかるが、商取引で得たものを奪い取るのはただの盗賊と一緒じゃないのか。
 こんなことで領内の経済が健全に回るのだろうか。
 私は経済のことがある程度わかっていそうな村長連中に尋ねる。

「こういうことはよくあるの?」

「以前はありませんでした。ですが、先代の領主様が亡くなられて今の若様が領主になってからはしょっちゅうです」

「なるほど」

 よくある話だな。
 良い領主が良い親になれるとは限らない。
 馬鹿ボンボンだった領主の息子が馬鹿殿になったか。

「若様を諫める忠臣は罷免され、子供の頃からの悪い仲間たちをどんどん領主軍に引き入れてあの有様です」 

「ああ、それで兵士の質も悪いのか」

 人相は悪くて態度はでかいけど、正直あんまり強そうなやつがいないんだよな。
 私は実戦経験が乏しいから武術の達人みたいに足運びとかを見て強いか弱いかなんて判断できないが、なんとなく脅威に感じない奴ばかりなんだよな。
 まあ数だけは200人くらいはいそうなのでそれだけは脅威だ。
 戦いは数だってひろしの世界では常識だからな。
 ランチェスターの法則だっけな。
 兵の数×武器の性能で戦闘力を計算するというものだったはずだが、武器の性能ってどうやって数値化するんだ。
 まあいいか。
 どのみち個人の戦闘力にアリと象ほどの差が生じることがあるこの世界では単純計算で勝敗を求めることは難しいだろう。
 スキルという力もあるし、種族によっては怪力だったり精霊魔法を使ったりするからな。
 私自身がとんでもないスキルを持っているだけあって、あの全然強そうじゃない兵士たちに対しても油断することはできない。
 正直どう対応するか悩む。

『こら小僧、そのじゃがいもを渡せ!』

『い、嫌だ!!これはお父が働いてもらったものなんだ!!お前らなんかに渡すか!!』

『なんだと貴様!』

 どうしようかと悩んでいると、湖で芋を洗っていた少年から兵士の一人がじゃがいもを強奪しようとしているのが目に入った。
 小周天によって強化された聴覚には遠く離れた場所の会話もしっかり聞こえてくる。
 どうやらあの少年は交換業務を手伝ってもらうためにじゃがいもで雇った村人の息子のようだ。
 あんな子供からも容赦なしか。
 外道だな。

『どうやら礼儀を教えてやる必要があるらしいな』

 そう言って兵士は腰の剣を抜き逆手に構え、少年の太もものあたりに狙いを定めて振りかぶった。
 そこまでするのか。
 私は腰のマジックバッグに手を突っ込み、拳銃を引き抜く。
 しかし私が引き金を引く前に視界の端で白い閃光が迸る。
 瞬きをするよりも早く兵士が吹き飛んだ。
 10メートルほど吹き飛んで木にぶち当たった兵士の首は、曲がってはいけない方向に曲がっていた。
 どう見ても生きてはいないだろう。
 時が止まったかのように静まりかえる湖畔の広場に、フワフワの白い毛をたなびかせて1匹の兎が着地した。
 やってしまったなユキト君。
 あの兵士完全に死んじゃってんじゃん。
 そのモフっとした小さな背中からは、敵は殺すという確固たる意思が伝わってくるようだ。
 そういえば最近忘れていたが、この兎は修羅の世界を生きている兎だった。
 弱肉強食、下剋上上等の兎なのだったな。

「ま、魔女様……、これはまずいのでは」

「やってしまったものはしょうがない。ちょっとすっきりしたし。村長たちは村人を退避させておいて。すべてが終わるまでは近づかないように」

「わ、わかりました」

 村長連中は自分の村の村人たちを取りまとめ、離れていく。
 これで巻き込まれる心配はないか。
 私は拳銃を手に持ったままゆっくりと結界を出た。
 兵士たちはユキトの方を見たまま固まっている。
 なぜだかユキトの周りは空間が歪んでいるかのようにユラユラと陽炎のようなものができていた。
 そしてビリビリと肌を刺す感覚。
 これは私が尻尾を開放した時の感覚に似ている。
 強力な魔力が物理的な圧迫感となって周囲を威嚇しているのだ。
 ユキトは私の尻尾からインスピレーションを受けてまた何かを編み出したようだな。
 おかげで村人たちが逃げるまでの時間は十分稼げた。
 ユキトの隣に立つと、ユキトは魔力の威圧を引っ込めた。
 ちょっと疲れている。
 燃費の悪そうな技だ。

「はぁはぁ、くっ、なんだその兎は」

 兵士たちは威圧が解けてぐったりとしているが、その表情は一様に怒りを表わしていた。
 仲間の一人が殺されれば当然だろう。

「き、貴様ぁ!!よくもやりやがったな!!」

「ぶっ殺してやるぞ兎ぃ!!」

 兵士がわらわらと集まってくる。
 その中には指揮官らしき男と金ぴか鎧の領主の姿もある。

「あの兎、魔女の使い魔でしょうか」

「わからん。だが魔女がようやく出てきた。領主に対する反逆罪で捕らえよ!!生死は問わん!!捕らえた者には褒美を出すぞ!!」

 褒美と聞いて少しにやっとした兵士たちは一斉に槍を振りかぶって襲い掛かってきた。

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