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36.成長した炒飯

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 自分の出したお酒や料理によって、口をポカンと開ける人を見ていると得も言われぬ優越感のようなものが湧き上がってくる。
 いけない、これに飲まれるとラノベ主人公のようになってしまう。
 あれ、私またなんかやっちゃいました?とか言ってしまった日には葬り去りたい黒歴史となることだろう。
 アイテム系チートを持つ者として気を付けていかないと。
 私は瓶ビールをグラスに注ぎ、2人の前に置いた。

「どうぞ。メインはこれから調理しますから、それまでお酒でも飲んで待っていてください」

「ありがとう。いただくわ。すごく綺麗なグラスねぇ」

「冷やしてあるのね。葡萄酒なんかは冷やすと美味しい物もあると聞いたことがあるけれど、こんなにキンキンにしてあるお酒は初めてかも」

「あらぁ、あんた知らないの?ドワーフの作る火酒は氷を浮かべて飲むのよ。ドワーフはそのまま飲むけれど、他の種族には強すぎて喉が焼けてしまうの。まあこのお酒は泡が出ているからそんなに強そうには見えないけど」

 勉強になるな。
 ドワーフの作るお酒はおそらく蒸留酒なのだろう。
 自然発酵で作れるお酒のアルコール度数には限界がある。
 確か20度くらいだったはずだ。
 そのくらいになると自身が分泌したアルコールによって菌が自滅してしまうらしい。
 だからそれ以上のアルコール度数のお酒を作ろうと思ったら蒸留という工程が必要になる。
 ひろしの国では中学校の理科で習うようなことだが、あれの機材を一から作ろうと思ったらガラスや金属の精密な加工技術が必要だ。
 この世界ではドワーフだけがその技術を持っていたということなのだろう。
 それにドワーフはお酒が好きなことでも有名だ。
 お酒にかける情熱もひとしおだったのだろう。
 
「んー美味しい。キリっとしていて甘ったるさが全くないエールって感じ。どんなお料理にも合いそうなお酒ねぇ」

「うん、美味しい。この芋の素揚げにもお肉を揚げた料理にもよく合う。脂っこいお料理には特に合うのかも」

 嬉しい賛辞の言葉を背中に聞きながら、私はメインの調理を開始する。
 炒飯の命は火力。
 あれから私は色々と考えた結果、魔道具を作ることにした。
 炒飯専用のコンロの魔道具だ。
 普通のコンロの魔道具の強火では全く足りていない。
 ひろしの見ていた炒飯動画に出てくる中華料理屋さんのコンロからは、炎がまるでハリケーンのように噴き出ていた。
 あれこそまさに中華料理の神髄。
 あの火力なくして本当の炒飯は作れない。
 私は中途半端になっていた魔法陣の習得を頑張り、高火力のコンロの魔道具を完成させた。
 魚の魔石1個で約6時間炎を継続することのできる高燃費コンロだ。
 つまみを捻り、魔石から魔力を伝導させると五徳の中心から炎が吹き上がる。
 8方向から斜めに炎が噴き出ているために、炎が渦巻いているように見える。
 そうだ、中華料理屋のコンロはこんな感じだった。
 私はそこに中華鍋を乗せ、空焼きしていく。

「ちょ、ちょっとアリアちゃん、火が強くない?何を料理しても焦げちゃいそうだけど……」

「大丈夫です。これが中華ですから」

 中華は炎の料理だ。
 まあ私は炒飯以外の中華料理はほとんど知らないけどな。
 熱々になった中華鍋にラードを垂らし、油を馴染ませていく。
 ここに溶き卵を流し込んでからは時間との勝負になる。
 ジュクジュクという音が響き渡り、卵が焼けるいい匂いがしてきた。
 私はこの瞬間が一番好きかもしれない。
 余韻を楽しんでいる時間が無いのが残念だ。
 卵をお玉で軽くかき混ぜ、そこにご飯を投入。
 3人分なのでいつもより大分多い。
 だが小周天を使うことができるようになった私にならこの重さの鍋も振ることができるはずだ。
 自分を信じて鍋を振る。
 ご飯をお玉で潰し、鍋を振る。
 円を描くように鍋を振りながらご飯をお玉でかき混ぜ、最後に鍋を振ってご飯を躍らせる。
 これだ、このご飯一粒一粒が躍っているような躍動感こそが炒飯の醍醐味。
 チャーシューとネギを入れ、塩コショウを振ってまた鍋を振る。
 
「すごい、こんなの見たことない……」

「いい匂いねぇ。早く食べたいわ」

 背中から聞こえてくる賞賛の声が心地いい。
 私は最後の仕上げにかかる。
 醤油を鍋肌に回しかけて少し焦げさせることにより、香ばしさを出す。
 そして最後に大匙1杯分ほどの水を投入した。
 これはひろしの見ていた動画でも大体の店がやっていたことで、香りが立つとかパラパラになるとか色々な意見がある。
 私も高火力のコンロができたら絶対やろうと思っていたことだ。
 水を入れてから数回鍋を振り、そこで火を止める。
 これが今私に作れる最高の炒飯だ。
 自分でも何度も食べて一応は納得いく味に仕上がってはいる。
 あとは個人の好みの問題となるだろう。
 私は丸いどんぶりを使って炒飯をお店のような丸い形に盛りつけ、2人に出した。
 私が使っているお玉はそんなに大きくないから、あの鍋振りを使ったかっこいい盛り付け方ができないのが悔しい。
 いつかあれもできるようになってやるさ。
 
「炒飯という料理です。温かいうちにどうぞ」

「「ごくりっ」」

 自分の前にも炒飯を置き、まず2人の反応を探る。
 2人は添えられたスプーンを手に取り、ゆっくりと炒飯を掬った。
 こうして見ると、やっぱりレンゲが欲しいな。
 炒飯はレンゲで食べたい。

「い、いただくわねぇ」

「わ、私も」

 2人は掬った炒飯を口に運び、モグモグと咀嚼する。
 自信はあるが、人に食べてもらうのは初めてだからな。
 緊張する。
 
「「お、美味しい」」

 2人は全く同じタイミングで同じ言葉を発したのだった。
 私の勝利である。


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