上 下
32 / 96

32.持久走

しおりを挟む
 めっきり寒い日が減り、温かな春がやってきた。
 最近では近接戦闘を重点的に訓練している。
 直近の目標は魔王城に兵器を追加して武装することだが、いつでも魔王城に籠って防衛戦ができるわけではない。
 魔王城から出ている時にトカゲや巨人のような強い魔物に襲われる可能性だってある。
 だからトカゲや巨人を近接戦闘で倒せるようになるまではいかなくとも、最低限逃げることができるだけの戦闘能力が欲しいところだ。
 私はこれまで魔王城の中でできるトレーニングばかりをやってきたため、走り込みなどの心肺機能や持久力を鍛えるトレーニングが足りていない。
 逃げ足というのは戦闘を左右する重要な能力だと私は考えている。
 魔王城に逃げ込めばトカゲと巨人が同時に襲ってきても勝てるのだから、私の場合は特に重要だ。
 魔王城の結界こそが私にとっての一番の武器なのかもしれない。
 しかし、今のままでは逃げる途中で体力が尽きてしまう。
 私に今最も必要なのはマラソンなのかもしれない。
 南北朝時代の武将中条長秀の教えにも、とりあえず槍持ちは走り込めと書いてあったので森の中を走ることにした。
 コーチは兎のユキト君。
 適度に距離を保ちながら付いてきてくれるうえに、私だけでは対処することのできない敵が現れた時には排除してくれる武闘派コーチだ。
 私の恰好はいつものインナーにワンピース鎧、足元は巨人の皮を使って作ったブーツだ。
 しかしやはりブーツの作りがあまりよくない。
 洋裁入門には革細工の技術なんて書いてなかったので、変成陣を使って手探りで作らざるを得なかったのだ。
 フィッティングが甘く、あとで足が痛くなりそうだ。
 このへんはまだまだ勉強だな。
 腰にはサーベルをぶら下げ、手に2メートルほどの短槍を持っている。
 長秀氏の槍術は基本的に長槍を前提としたものが多かったが、短槍の使い方も書いてあった。
 森の中で長槍を振り回すのは不可能なので短槍を持ってきたのだ。
 槍は脚に負荷をかけるための重りとしての機能も期待しているので、Cランクの武器の中から柄まで鉄でできた一番重そうなのを選んできた。
 これを使いこなすことができれば、どんな槍でもブンブン振り回すことができるだろう。
 頑張ろう。
 ざっざっとブーツが森の土を踏むたびに息が荒くなっていくのがわかる。
 心臓がバクバクと脈動し、足りなくなった酸素を身体中に送り込む。
 バランスをとるのが難しいような悪路に足は疲労し、乳酸が溜まっていく。
 この感覚は悪くない。
 ひろしは辛いことも苦しいことも嫌いだったのでマラソンが大嫌いだったが、私にしてみればこんなことは辛くも苦しくもない。
 本当に辛いのは寒くて眠れないことだし、苦しいのはご飯が食べられないことだ。
 真冬に裸にされて冷たい水で身体を洗われることも辛かったし、理不尽なことで折檻されたことも苦しかった。
 あの孤児院での生活に比べれば、こんなのはただ身体が発する正常な反応にすぎない。
 むしろどんどん私の身体が強くなっていることが実感できて気持ちがいいくらいだ。
 私だって現代っ子であるひろしの記憶を持つ者の端くれだ。
 生身で強くなって私tueeeとかしたいのだ。
 これは私tueeeするためのトレーニングだと考えれば楽しくなってくる。
 私はニヤニヤと笑いながら前方に現れたゴブリンに向かって槍を突き出した。
 ぶしゃっと噴き出した血が私の顔を直撃した。

「…………」

『…………』

 コーチは真っ赤に染まった私の顔を見てコミカルに肩をすくめた。
 そんな仕草も可愛いよ。

 


 トレーニングも一息つき、これから魔王城に帰ろうというときに管理端末が振動する。
 魔王城の結界に攻撃が加えられた時などにこのスマホみたいな管理端末は振動して知らせてくれるようになっている。
 だから私はこの端末の振動がわかるようにストラップを付けていつも首から提げているのだ。

「なんだろう、魔王城のMPが減ってる。攻撃されてる?」

 端末がいきなり振動したので画面を見ると微量だがMPが減っていた。
 これはゴブリンなどがたまに結界に向かって棍棒を振るったときくらいのポイントの減少だ。
 もしかしたらまたゴブリンが魔王城の周辺をうろついているのかもしれない。
 私は一応槍をマジックバッグにしまい、代わりにライフルを取り出して魔王城に向かった。
 トレーニングは終わったのでユキトは私が歩くのに邪魔な木の枝などを足刀で切り落として歩きやすくしてくれる。
 ジェントルメンな兎だ。
 しかしあの足刀どうなっているのだろうか、なんか魔力のようなものを纏っている気がする。
 あんな技があったならトカゲや巨人にも勝てていたかもしれないのでここ最近覚えたのだろうか。
 あの敗北はユキトにとって相当に悔しいものだったのかもしれない。
 敗北を糧にして強くなるその姿勢は真似していきたい。
 というかその魔力を纏ってスパッとやるやつを教えてほしい。
 私は魔王城に着くまでずっとユキトのモフっとした足を観察していた。
 やはり魔力か。
 気は体内に浸透するように使うけど、魔力は外側に纏うのか。
 以前気を剣のように伸ばしたら手刀でなんでもスパスパとぶった切れるのではないかと思って練習したことがある。
 村田流にも外気功というものがあり、気を身体の外に出す技だと書かれていた。
 しかし実際にやってみると気というのは身体の外に出すとあっという間に霧散してしまうものだった。
 その答えがこんなところにあったとはな。
 気が身体の外に出せないのなら、魔力を外に出せばいい。
 それこそが村田流でいう外気功というものに違いない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉
ファンタジー
チートはもらえるけど戦国時代に強制トリップしてしまうボタン。そんなボタンが一人の男の元にもたらされた。深夜に。眠気で正常な判断のできない男はそのボタンを押してしまう。かくして、一人の男の戦国サバイバルが始まる。『チートをもらえるけど平安時代に飛ばされるボタン 押す/押さない』始めました。ちなみに、作中のキャラクターの話し方や人称など歴史にそぐわない表現を使う場面が多々あります。フィクションの物語としてご理解ください。

異世界転移ボーナス『EXPが1になる』で楽々レベルアップ!~フィールドダンジョン生成スキルで冒険もスローライフも謳歌しようと思います~

夢・風魔
ファンタジー
大学へと登校中に事故に巻き込まれて溺死したタクミは輪廻転生を司る神より「EXPが1になる」という、ハズレボーナスを貰って異世界に転移した。 が、このボーナス。実は「獲得経験値が1になる」のと同時に、「次のLVupに必要な経験値も1になる」という代物だった。 それを知ったタクミは激弱モンスターでレベルを上げ、あっさりダンジョンを突破。地上に出たが、そこは小さな小さな小島だった。 漂流していた美少女魔族のルーシェを救出し、彼女を連れてダンジョン攻略に乗り出す。そしてボスモンスターを倒して得たのは「フィールドダンジョン生成」スキルだった。 生成ダンジョンでスローライフ。既存ダンジョンで異世界冒険。 タクミが第二の人生を謳歌する、そんな物語。 *カクヨム先行公開

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

寝て起きたら世界がおかしくなっていた

兎屋亀吉
ファンタジー
引きこもり気味で不健康な中年システムエンジニアの山田善次郎38歳独身はある日、寝て起きたら半年経っているという意味不明な状況に直面する。乙姫とヤった記憶も無ければ玉手箱も開けてもいないのに。すぐさまネットで情報収集を始める善次郎。するととんでもないことがわかった。なんと世界中にダンジョンが出現し、モンスターが溢れ出したというのだ。そして人類にはスキルという力が備わったと。変わってしまった世界で、強スキルを手に入れたおっさんが生きていく話。※この作品はカクヨムにも投稿しています。

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

処理中です...