色欲の陰陽師

兎屋亀吉

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25.困ったお客

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 森本さんの願望を覗き見てまた人の業というものについて考えさせられてしまった。
 人は罪深き生き物だ。
 だが森本さんはこれまでその性癖を深く心の奥に秘めてきた人だ。
 普通にお見合いで出会った奥さんもいるし、子供も3人いるそうだ。
 竹中さんにも家族がいる。
 当然奥さんは現役女子高生ではない。
 竹中さんは現役かどうかはわからない女子高生と危ない橋を渡っていたけれど、森本さんは一切その性癖を表に出すことなく生きてきた人たちなのだ。
 まだ彼らには理性があり、分別がある。
 きっと彼らから理性や分別といったものを無くしたら普通に性犯罪者と化すことだろう。
 彼らの理性のタガを外さないためにも、僕は彼らに夢を売り続けなければならない。
 人には言えない性癖を抱える人たちの受け皿となるためにも。

「ふんっ、しけた店だな」

 受け皿とならなければならないのだけれど、やっぱりお客のほうにも一定水準の態度というものを心がけてほしいものだ。
 僕は君たちの行き場のない欲望を発散させてあげているのだから、少しは感謝してほしい。
 今日のお客は殊更酷い。
 応接用のソファーセットにふんぞり返って外国産の葉巻を吹かす太ったおじさん。
 その後ろには屈強なゴリマッチョSPが2人と秘書のようなひょろ長い男が一人。
 昭和の政治家みたいな人だな。
 こんな人がなんの用だろうか。
 正直大量の金と強い権力があれば法治国家日本であろうと大抵の性癖は満たすことができると思う。
 こんな傲慢そうな人が僕の元へ来るなんて嫌な予感しかしない。

「おい、本当にここで間違いないんだろうな」

「ええ、ここが最近噂の淫夢を売る店です。おそらく店主の異能でしょう。全日本拝み屋協会にもこの店の店主が協会員であることを確認しましたので間違いないかと」

 拝み屋協会は政府の上層部との付き合いもあると聞いたことがある。
 だけどどこの誰々が拝み屋協会に加盟しているかどうかを確認して答えてもらえる人というのは限られるだろう。
 この昭和の政治家、只者ではなかもしれない。
 僕は基本的に権力には従う派だ。
 下手に出まくろう。

「うちはお望みの夢を売るお店でございます。夢の中ではお客様のお望みをなんでも叶えることができます」

「ほう、では現役アイドルのペンペンガールズ牧野美里に拷問をする夢を見させろ」

「ご、拷問でございますか」

 やばい性癖の人が来てしまったな。
 だけどまあサディストとかリョナラーっていうのは常連さんの中にも少数存在している。
 あまり気分はよくないけれどまあそれも夢の中の出来事だ。
 これこそ現実世界では絶対発散できない性癖だ。
 夢の中でよかったね。
 現実ではさすがにやってないよね?
 確認するのは怖すぎる。
 さっさと夢を見て帰ってもらおう。

「ああ、それから、同じ夢を牧野美里本人にも見せろ。もちろん本人目線でな。痛みもリアルに感じさせるのだぞ」

「え……」

「なんだ、できないのか」

 できなくはない。
 呪詛を飛ばせば可能だ。
 住所がわからないけれど精神感応系の術の前にはそんなことは些細なことだ。
 関係者の精神に直接聞けば簡単に調べられる。
 だが、それはちょっとどうなんだろうか。
 たとえば僕が神崎さんとエッチする夢を見るとする。
 その夢を僕に抱かれる神崎さん視点で神崎さんにも見せたとしよう。
 果たしてそれはレイプと言えるのか。
 僕は言えると思う。
 確かに現実世界の神崎さんの身体にはなんの影響もありはしない。
 神崎さんの処女(願望)は無事だ。
 だけれども、神崎さんはきっとショックを受けて僕に対してなんらかの負の感情を抱くことだろう。
 それはもはや現実世界でレイプしたのと変わりはない。
 心の問題だ。
 膜の有無の問題ではないのだ。
 この昭和の政治家が行おうとしている行為は確実に、そのアイドルの牧野さんという女の子の心を傷つける。
 そんな行為に僕は加担したくはない。

「すみません、そういった注文は出来かねます」

「なんだと貴様!この私の命令が聞けないというのか!!」

「君、大学生なんだってね。先生の命令が聞けないならどうなるかわかっているよね。当然大学にはいられないからね。もしかしたら日本にもいられないかもね。君英語とかできるの?海外での一人暮らしは大変だよ?」

 昭和の政治家は顔を真っ赤にしてキレ、秘書のひょろ長は畳みかけるように口から脅し文句を垂れ流す。
 これだから権力者には関わりたくないんだよ。
 とりあえず鎮静化の術で静めておく。

「はれぇ、なんか眠く……zzz」

「せ、先生……zzz」

「「……zzz」」

 しまったな、術が強くかかりすぎて全員眠らせてしまった。
 まあいいか。
 こういうときは拝み屋協会に相談だ。
 拝み屋協会が僕の在籍情報を教えなければこの人たちは店に来なかったかもしれないのだ。
 責任の一端は拝み屋協会にある。
 僕は拝み屋協会のフリーダイヤルに電話をかける。
 協会員はフリーダイヤルにかけることを禁じられているけれど、僕は怒っているんだよ。
 
『お電話ありがとうございます。全日本拝み屋協会でございます。本日はどのような霊障にお困りでしょうか?』

「すみません、協会所属の橘ですけど」

『は?協会員はこの番号にかけるなって決まり知らないのかよ』

「緊急事態なんです。無道さんにつないでください」

『ちっ、会長に怒られても知らねえからな』

 電話口の男はぶつぶつと文句を言いながらもきちんと別のダイヤルに繋いでくれる。
 彼も仕事でやっているのに、少し悪かったかもしれない。
 今度からこんなくだらない嫌がらせはやめよう。

『無道だ。橘君、どうしたのかね』

「あ、無道さん。お疲れ様です。少し困ったことになりまして。昭和の政治家みたいな人が来てアイドルがどうの拷問がどうの……かくかくしかじか。というわけなんですよ」

『なるほど。あの先生にも困ったものだな。わかった。すぐに人を向かわせよう。あとはこちらに任せてくれていい。ご苦労だったね』

「お願いします」

 どうやらあの先生は困った人として有名な人だったらしい。
 まあ無道さんに任せておけば大丈夫だろう。
 なんか気分が悪くなってしまったので神崎さんのバイト先にでも遊びにいくとするかな。


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