15 / 25
15.病院
しおりを挟む
「私の中学のときの同級生なんだけどね、今ちょっと精神疾患で入院しているの」
本で読んだ知識だけれど、精神疾患というのは怖いものだ。
まず社会にほとんど受け入れられていないという点が恐ろしい。
ある日心身に異常をきたし、病院に行って病名を宣告される。
身体の異常もすべて精神を起因とするものであると医師は言う。
当然会社に行っていつもどおり仕事をすることはできないから上司に休みを申請するんだ。
しかし上司は言う。
君、精神疾患って甘えるんじゃないよ。こんなものは病気と認められないよ、と。
病院が宣告したのだからそれは病気に違いないのに、世間は易々と精神疾患を病気とは認めてくれないのだ。
精神の病気だからという理由なのか、罹ったらそれは弱い奴みたいな空気なのだ。
日本人はなにかにつけて根性論でものを言いがちだ。
それは会社などで偉い立場にある年配の人ほど顕著になる。
インフルエンザに罹ったことでさえ本人の心の持ち方でなんとかなったことであると言いたがる。
こうした根性論が、日本における精神疾患への不理解に繋がっているのではないかと僕の読んだ本には書いてあった。
僕はこの本の著者の意見に同意する。
僕の短い人生では説得力がないかもしれないけれど、今まで根性でなんとかなったことよりもならなかったことのほうが圧倒的に多い。
そりゃあ根性はあったほうがいいけれど、それでなんでもできるというのは大間違いだ。
根性なしの僕が保証する。
「病名は統合失調症。酷い幻覚や幻聴で普通に話すのも難しいみたいなの。突然人が変わったみたいに暴れだしたりとか、叫んだりとかするの」
「そうなんだね」
統合失調症くらいは僕でも知っているけれど、入院しているということは医者の治療は一通り受けているということなんだよね。
つまりはそれでも治らなかったということだ。
統合失調症の原因ははっきりとはわかっていないけれど、確か多くの場合脳の伝達物質の関係だったはずだ。
そういった生物学的な要因で病気になっているとしたら、僕にはなんの力になってあげることもできはしない。
心理的要因なら術でなんとかなるんだけどな。
「とりあえずその子と話をしてみないとわからないや」
「話っていってもまともにはもう話せないんだけど、大丈夫?」
「やってみるだけやってみたいんだ」
「ありがとう。じゃあ来週、一緒に病院に行ってくれる?」
「わかった」
神崎さんと予定を合わせ、病院に行く日を決めた。
僕になにかできることがあればいいのだけどな。
そういえば霊感が覚醒してから病院に行くのは初めてだ。
僕は病院が嫌いなので風邪くらいでは病院に行かない。
インフルエンザレベルでも行かない。
自分の力では無理そうな大病でもしないかぎりはおそらく病院に行かないだろう。
だから今まで病院がこんなに恐ろしいところだとは思わなかった。
霊感が覚醒してから僕には人ならざるものを感じることができるようになっている。
強い存在感を持ったやつに至っては姿がはっきり見えるということもあるし声も聞こえることがある。
しかしそういったやつというのはごく稀で、ほとんどは存在が希薄ですぐに消えてしまうレベルのやつばかりだ。
だがここは病院。
死が身近に存在する魔境だ。
殺人や自殺などの強い恨みを抱いた死者の霊は消えづらい。
長い間現世を彷徨った霊は恨みや妬み、憎しみなどの負の感情をエネルギーとして集め、物質世界にも影響を及ぼせるほどの力を得る。
俗に言う妖というやつだ。
負の感情をエネルギーとするものだけが妖と呼ばれるわけではないので一纏めにはできないけれど、概ね妖というやつらは悪いことをするやつらなのだ。
「ふぅ、ふぅ、ひっ」
「ねえ橘君、どこか体調悪いの?ここ病院だから診てもらおう?」
「だ、大丈夫だから。早く行こう」
「無理しないでね。辛かったらすぐ言うんだよ?」
辛いです。
血まみれの男が首を絞めてきて辛いです。
水子が足にしがみついてきて辛いです。
石みたいに重いおじいさんが背中に乗っていて辛いです。
もう帰りたいです。
霊感のある人というのは霊感ゼロの人よりも霊や妖にちょっかいをかけられやすいらしい。
誰しも無反応の人よりも反応してくれる人のほうがちょっかいかけたくなるものだからね。
それゆえに怨霊や妖たちは神崎さんには見向きもせず僕にばかり取り憑いてくるのだ。
しかしこのままでは神崎さんの中学時代の同級生に面会する前に僕が憑き殺されてしまう。
僕の精神感応術でこの状況をなんとかできるとは思えないけれど、ダメ元で術を発動する。
片手で印を結ぶことができ、最近は僕の得意な術のひとつとなってきている精神を鎮静化させる術だ。
悪役が使いそうな術ばかりの精神感応系の術の中にあって、人に対して使っても協会から怒られたりしなさそうな数少ない術だ。
非常に使い勝手はいい。
怨霊や妖にまともな精神と呼べるものがあるのかはわからないけれど、霊力をたっぷり込めた術が無意味ということはないだろう。
おまけに楽しい気分になる術も大盤振る舞いしてあげよう。
ラリッてどっか行ってくれ。
『『『ヴぁぁぁぁぁぁ……』』』
「え、消えてる……」
僕の術によって精神を鎮静化された怨霊や妖たちは、安らかな顔をして消えていった。
なにこれ、成仏したの?
本で読んだ知識だけれど、精神疾患というのは怖いものだ。
まず社会にほとんど受け入れられていないという点が恐ろしい。
ある日心身に異常をきたし、病院に行って病名を宣告される。
身体の異常もすべて精神を起因とするものであると医師は言う。
当然会社に行っていつもどおり仕事をすることはできないから上司に休みを申請するんだ。
しかし上司は言う。
君、精神疾患って甘えるんじゃないよ。こんなものは病気と認められないよ、と。
病院が宣告したのだからそれは病気に違いないのに、世間は易々と精神疾患を病気とは認めてくれないのだ。
精神の病気だからという理由なのか、罹ったらそれは弱い奴みたいな空気なのだ。
日本人はなにかにつけて根性論でものを言いがちだ。
それは会社などで偉い立場にある年配の人ほど顕著になる。
インフルエンザに罹ったことでさえ本人の心の持ち方でなんとかなったことであると言いたがる。
こうした根性論が、日本における精神疾患への不理解に繋がっているのではないかと僕の読んだ本には書いてあった。
僕はこの本の著者の意見に同意する。
僕の短い人生では説得力がないかもしれないけれど、今まで根性でなんとかなったことよりもならなかったことのほうが圧倒的に多い。
そりゃあ根性はあったほうがいいけれど、それでなんでもできるというのは大間違いだ。
根性なしの僕が保証する。
「病名は統合失調症。酷い幻覚や幻聴で普通に話すのも難しいみたいなの。突然人が変わったみたいに暴れだしたりとか、叫んだりとかするの」
「そうなんだね」
統合失調症くらいは僕でも知っているけれど、入院しているということは医者の治療は一通り受けているということなんだよね。
つまりはそれでも治らなかったということだ。
統合失調症の原因ははっきりとはわかっていないけれど、確か多くの場合脳の伝達物質の関係だったはずだ。
そういった生物学的な要因で病気になっているとしたら、僕にはなんの力になってあげることもできはしない。
心理的要因なら術でなんとかなるんだけどな。
「とりあえずその子と話をしてみないとわからないや」
「話っていってもまともにはもう話せないんだけど、大丈夫?」
「やってみるだけやってみたいんだ」
「ありがとう。じゃあ来週、一緒に病院に行ってくれる?」
「わかった」
神崎さんと予定を合わせ、病院に行く日を決めた。
僕になにかできることがあればいいのだけどな。
そういえば霊感が覚醒してから病院に行くのは初めてだ。
僕は病院が嫌いなので風邪くらいでは病院に行かない。
インフルエンザレベルでも行かない。
自分の力では無理そうな大病でもしないかぎりはおそらく病院に行かないだろう。
だから今まで病院がこんなに恐ろしいところだとは思わなかった。
霊感が覚醒してから僕には人ならざるものを感じることができるようになっている。
強い存在感を持ったやつに至っては姿がはっきり見えるということもあるし声も聞こえることがある。
しかしそういったやつというのはごく稀で、ほとんどは存在が希薄ですぐに消えてしまうレベルのやつばかりだ。
だがここは病院。
死が身近に存在する魔境だ。
殺人や自殺などの強い恨みを抱いた死者の霊は消えづらい。
長い間現世を彷徨った霊は恨みや妬み、憎しみなどの負の感情をエネルギーとして集め、物質世界にも影響を及ぼせるほどの力を得る。
俗に言う妖というやつだ。
負の感情をエネルギーとするものだけが妖と呼ばれるわけではないので一纏めにはできないけれど、概ね妖というやつらは悪いことをするやつらなのだ。
「ふぅ、ふぅ、ひっ」
「ねえ橘君、どこか体調悪いの?ここ病院だから診てもらおう?」
「だ、大丈夫だから。早く行こう」
「無理しないでね。辛かったらすぐ言うんだよ?」
辛いです。
血まみれの男が首を絞めてきて辛いです。
水子が足にしがみついてきて辛いです。
石みたいに重いおじいさんが背中に乗っていて辛いです。
もう帰りたいです。
霊感のある人というのは霊感ゼロの人よりも霊や妖にちょっかいをかけられやすいらしい。
誰しも無反応の人よりも反応してくれる人のほうがちょっかいかけたくなるものだからね。
それゆえに怨霊や妖たちは神崎さんには見向きもせず僕にばかり取り憑いてくるのだ。
しかしこのままでは神崎さんの中学時代の同級生に面会する前に僕が憑き殺されてしまう。
僕の精神感応術でこの状況をなんとかできるとは思えないけれど、ダメ元で術を発動する。
片手で印を結ぶことができ、最近は僕の得意な術のひとつとなってきている精神を鎮静化させる術だ。
悪役が使いそうな術ばかりの精神感応系の術の中にあって、人に対して使っても協会から怒られたりしなさそうな数少ない術だ。
非常に使い勝手はいい。
怨霊や妖にまともな精神と呼べるものがあるのかはわからないけれど、霊力をたっぷり込めた術が無意味ということはないだろう。
おまけに楽しい気分になる術も大盤振る舞いしてあげよう。
ラリッてどっか行ってくれ。
『『『ヴぁぁぁぁぁぁ……』』』
「え、消えてる……」
僕の術によって精神を鎮静化された怨霊や妖たちは、安らかな顔をして消えていった。
なにこれ、成仏したの?
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~
絹乃
キャラ文芸
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※表紙はminatoさまのフリー素材をお借りしています。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。
※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
Parfumésie 【パルフュメジー】
隼
キャラ文芸
フランス、パリの12区。
ヴァンセンヌの森にて、ひとり佇む少女は考える。
憧れの調香師、ギャスパー・タルマに憧れてパリまでやってきたが、思ってもいない形で彼と接点を持つことになったこと。
そして、特技のヴァイオリンを生かした新たなる香りの創造。
今、音と香りの物語、その幕が上がる。
大学生になった重遠は全盛期!~未来の娘と紡ぐ室矢家の伝説~
初雪空
ファンタジー
大学生になった、室矢重遠。
ワールドワイドになった彼は、名実ともに全盛期を迎えた!
モラトリアムの4年間。
何をせずとも傅かれる日々が約束された地上にいる超越者は、わずかな自由を満喫する。
彼が大事にするのは、かつての半身である『千陣重遠』との思い出。
そして、室矢家にいる自分の嫁たち。
子供を作ることが現実になった、次世代への過渡期。
色々な理由で未来から訪れる娘たちが、思わぬ波紋をもたらす。
新たな世代と共に、新たな冒険が始まる!?
その気になれば、いつでも世界を滅ぼせる彼らは、いったい何を望み、何を成すのだろうか……。
この物語はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ないことをご承知おきください。
また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※ 小説家になろう、カクヨム、ハーメルンにも連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる