色欲の陰陽師

兎屋亀吉

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15.病院

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「私の中学のときの同級生なんだけどね、今ちょっと精神疾患で入院しているの」

 本で読んだ知識だけれど、精神疾患というのは怖いものだ。
 まず社会にほとんど受け入れられていないという点が恐ろしい。
 ある日心身に異常をきたし、病院に行って病名を宣告される。
 身体の異常もすべて精神を起因とするものであると医師は言う。
 当然会社に行っていつもどおり仕事をすることはできないから上司に休みを申請するんだ。
 しかし上司は言う。
 君、精神疾患って甘えるんじゃないよ。こんなものは病気と認められないよ、と。
 病院が宣告したのだからそれは病気に違いないのに、世間は易々と精神疾患を病気とは認めてくれないのだ。
 精神の病気だからという理由なのか、罹ったらそれは弱い奴みたいな空気なのだ。
 日本人はなにかにつけて根性論でものを言いがちだ。
 それは会社などで偉い立場にある年配の人ほど顕著になる。
 インフルエンザに罹ったことでさえ本人の心の持ち方でなんとかなったことであると言いたがる。
 こうした根性論が、日本における精神疾患への不理解に繋がっているのではないかと僕の読んだ本には書いてあった。
 僕はこの本の著者の意見に同意する。
 僕の短い人生では説得力がないかもしれないけれど、今まで根性でなんとかなったことよりもならなかったことのほうが圧倒的に多い。
 そりゃあ根性はあったほうがいいけれど、それでなんでもできるというのは大間違いだ。
 根性なしの僕が保証する。

「病名は統合失調症。酷い幻覚や幻聴で普通に話すのも難しいみたいなの。突然人が変わったみたいに暴れだしたりとか、叫んだりとかするの」

「そうなんだね」

 統合失調症くらいは僕でも知っているけれど、入院しているということは医者の治療は一通り受けているということなんだよね。
 つまりはそれでも治らなかったということだ。
 統合失調症の原因ははっきりとはわかっていないけれど、確か多くの場合脳の伝達物質の関係だったはずだ。
 そういった生物学的な要因で病気になっているとしたら、僕にはなんの力になってあげることもできはしない。
 心理的要因なら術でなんとかなるんだけどな。

「とりあえずその子と話をしてみないとわからないや」

「話っていってもまともにはもう話せないんだけど、大丈夫?」

「やってみるだけやってみたいんだ」

「ありがとう。じゃあ来週、一緒に病院に行ってくれる?」

「わかった」

 神崎さんと予定を合わせ、病院に行く日を決めた。
 僕になにかできることがあればいいのだけどな。





 そういえば霊感が覚醒してから病院に行くのは初めてだ。
 僕は病院が嫌いなので風邪くらいでは病院に行かない。
 インフルエンザレベルでも行かない。
 自分の力では無理そうな大病でもしないかぎりはおそらく病院に行かないだろう。
 だから今まで病院がこんなに恐ろしいところだとは思わなかった。
 霊感が覚醒してから僕には人ならざるものを感じることができるようになっている。
 強い存在感を持ったやつに至っては姿がはっきり見えるということもあるし声も聞こえることがある。
 しかしそういったやつというのはごく稀で、ほとんどは存在が希薄ですぐに消えてしまうレベルのやつばかりだ。
 だがここは病院。
 死が身近に存在する魔境だ。
 殺人や自殺などの強い恨みを抱いた死者の霊は消えづらい。
 長い間現世を彷徨った霊は恨みや妬み、憎しみなどの負の感情をエネルギーとして集め、物質世界にも影響を及ぼせるほどの力を得る。
 俗に言う妖というやつだ。
 負の感情をエネルギーとするものだけが妖と呼ばれるわけではないので一纏めにはできないけれど、概ね妖というやつらは悪いことをするやつらなのだ。
 
「ふぅ、ふぅ、ひっ」

「ねえ橘君、どこか体調悪いの?ここ病院だから診てもらおう?」

「だ、大丈夫だから。早く行こう」

「無理しないでね。辛かったらすぐ言うんだよ?」

 辛いです。
 血まみれの男が首を絞めてきて辛いです。
 水子が足にしがみついてきて辛いです。
 石みたいに重いおじいさんが背中に乗っていて辛いです。
 もう帰りたいです。
 霊感のある人というのは霊感ゼロの人よりも霊や妖にちょっかいをかけられやすいらしい。
 誰しも無反応の人よりも反応してくれる人のほうがちょっかいかけたくなるものだからね。
 それゆえに怨霊や妖たちは神崎さんには見向きもせず僕にばかり取り憑いてくるのだ。
 しかしこのままでは神崎さんの中学時代の同級生に面会する前に僕が憑き殺されてしまう。
 僕の精神感応術でこの状況をなんとかできるとは思えないけれど、ダメ元で術を発動する。
 片手で印を結ぶことができ、最近は僕の得意な術のひとつとなってきている精神を鎮静化させる術だ。
 悪役が使いそうな術ばかりの精神感応系の術の中にあって、人に対して使っても協会から怒られたりしなさそうな数少ない術だ。
 非常に使い勝手はいい。
 怨霊や妖にまともな精神と呼べるものがあるのかはわからないけれど、霊力をたっぷり込めた術が無意味ということはないだろう。
 おまけに楽しい気分になる術も大盤振る舞いしてあげよう。
 ラリッてどっか行ってくれ。

『『『ヴぁぁぁぁぁぁ……』』』
 
「え、消えてる……」

 僕の術によって精神を鎮静化された怨霊や妖たちは、安らかな顔をして消えていった。
 なにこれ、成仏したの?


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