14 / 25
14.お正月
しおりを挟む
楽しい忘年会も終わり、新年がやってきた。
孤独な元日が過ぎ、今日は2日。
全日本拝み屋協会には神社仏閣の関係者も多く在籍しており、局地的に新年は超多忙な人が存在しているので新年会はやらないそうだ。
そんな新年が稼ぎ時の人たちと違い、僕は超暇である。
大晦日と三が日くらいは実家で過ごそうかとも思ったのだが実家には兄の奥さんと子供が3人来ていてその騒がしさに1日で離脱してきた。
あの環境で正月3日間を過ごすのは僕には無理だ。
「はぁ、誰からも新年会のお誘いとかないな」
ほとんど皆無な大学関係の知り合いはもちろんのこと、高校時代の同級生からもなんの連絡もない。
そもそも卒業式の後は誰とも会ってないし連絡もとってない。
風の噂で高校時代の担任が別の学校に転勤になるのでクラスみんなで集まってお別れ会をしたと聞いた。
当然僕は呼ばれていない。
クラスみんなっていったい。
「だめだ。涙が出てきた……」
こんなときは神崎さんのバイト先にお邪魔するに限る。
たしかマスターは2日から店を開けると言っていた。
お正月だから神崎さんはいないかもしれないけれどマスターの淹れてくれる美味しいコーヒーを飲めばまた明日も生きていこうという気分になれるはずだ。
「あ、神崎さん」
「いらっしゃい。明けましておめでとう橘君」
「おめでとう。今年もよろしく」
お正月だというのに神崎さんは働いていた。
なんて働き者なんだ。
ありがたやありがたや。
神崎さんに出会うことができただけで生きていく気力が湧いてくる。
マスターのコーヒーとの相乗効果で今年1年くらいは頑張れるだろう。
「コーヒーでいい?」
「うん。今日はサンドイッチも頼もうかな」
「お金はなんとかなったんだね」
「ちょっと副業を始めてね」
本業は学生で副業は古書店だから陰陽師は副業のそのまた副業だけどね。
古書店に未だに一人たりとも本を買いにきたお客さんがいないのだから仕方がない。
「そうなんだね。よかった。どんなお仕事なの?」
「うーん、カウンセリングみたいな感じかな」
僕には本物の魑魅魍魎を退けることはできない。
だからできることといえば精神感応系の術を使って精神を安定させて幻覚などを払拭するくらいだ。
やっていることはカウンセラーとそれほど変わりないので嘘はついていないだろう。
「カウンセリングか。なんか橘君に合ってるね。橘君ってなんか一緒にいると安心するから」
「え、そうかな」
なんかうれしいような、そうでもないような。
一緒にいると安心する、は受け取り方によっては男として見られていない場合もある。
優しいだけの男がもてないように、女性というのは男にある程度の刺激を求めているものだと聞いたことがある。
その視点から見れば一緒にいると安心するは刺激ゼロを意味している。
刺激的な男ってどうすればなれるのだろうか。
お風呂に香辛料でも入れればいいのかな。
「お待たせしました。ミックスサンドです。カツサンドは店長からサービスだって」
「ありがとう」
店長もいつもありがとうございます。
僕は店長の仏みたいな顔に向かって祈りを捧げる。
本当に店長にはもう足を向けて眠れないよ。
まあ店長の家の方角がわからないんだけどね。
もしかしたら偶然足の方向が店長の家だったかもしれない。
今度調べて布団の向きを調整しよう。
「ねえ橘君。橘君ってカウンセリングの副業を始めるくらいだから精神疾患とかって詳しかったりする?」
「へ、精神疾患?うーん……」
詳しくない。
確かに僕は土御門一門に伝わるという晴明様の精神感応術を学んだから精神の構造やそれに働きかける術は詳しいけれど、医学的に精神の病気に詳しいかと聞かれれば詳しくないと答えるしかない。
でもカウンセリングを副業でやっているのに精神疾患に詳しくなかったら怪しい商売をやっているのではないかと思われちゃうんじゃないかな。
陰陽師は十分怪しいかもしれないけれど、僕は誰にも胸を張れないような商売はしていない。
親に言えるかと聞かれたら言えないけど。
エッチな夢を売る仕事をしているなんて言えるかい。
なんと答えていいのか迷った僕はあやふやな答えを返す。
「げ、幻覚とか発狂とかはちょっと詳しいかな……」
「本当!?」
「ち、近い……」
曖昧な答えにもかかわらず、神崎さんはすがるように僕の肩を掴む。
神崎さんの整った顔が息のかかりそうな距離まで近づいてくる。
胸の先が少しだけぷにっと僕の腕に当たっている。
漂ってくる良い匂いに頭がくらくらしてきた。
「ねえ橘君。私の依頼を受けてくれない?ちゃんとお礼はするから」
神崎さんにこんな風に縋りつかれて耳もとでささやくようにお願いされたら断ることができる男なんているのかな。
これだから男は馬鹿なんだと言われてしまうかもしれないけれど、神崎さんはきっとわかってやってないはずだ。
いまだかつて女性のあざとさを見抜けた試しはないけれど、この必死な感じは計算ではないと思う。
僕は無言で首を縦に振った。
「ありがとう」
こちらこそ。
孤独な元日が過ぎ、今日は2日。
全日本拝み屋協会には神社仏閣の関係者も多く在籍しており、局地的に新年は超多忙な人が存在しているので新年会はやらないそうだ。
そんな新年が稼ぎ時の人たちと違い、僕は超暇である。
大晦日と三が日くらいは実家で過ごそうかとも思ったのだが実家には兄の奥さんと子供が3人来ていてその騒がしさに1日で離脱してきた。
あの環境で正月3日間を過ごすのは僕には無理だ。
「はぁ、誰からも新年会のお誘いとかないな」
ほとんど皆無な大学関係の知り合いはもちろんのこと、高校時代の同級生からもなんの連絡もない。
そもそも卒業式の後は誰とも会ってないし連絡もとってない。
風の噂で高校時代の担任が別の学校に転勤になるのでクラスみんなで集まってお別れ会をしたと聞いた。
当然僕は呼ばれていない。
クラスみんなっていったい。
「だめだ。涙が出てきた……」
こんなときは神崎さんのバイト先にお邪魔するに限る。
たしかマスターは2日から店を開けると言っていた。
お正月だから神崎さんはいないかもしれないけれどマスターの淹れてくれる美味しいコーヒーを飲めばまた明日も生きていこうという気分になれるはずだ。
「あ、神崎さん」
「いらっしゃい。明けましておめでとう橘君」
「おめでとう。今年もよろしく」
お正月だというのに神崎さんは働いていた。
なんて働き者なんだ。
ありがたやありがたや。
神崎さんに出会うことができただけで生きていく気力が湧いてくる。
マスターのコーヒーとの相乗効果で今年1年くらいは頑張れるだろう。
「コーヒーでいい?」
「うん。今日はサンドイッチも頼もうかな」
「お金はなんとかなったんだね」
「ちょっと副業を始めてね」
本業は学生で副業は古書店だから陰陽師は副業のそのまた副業だけどね。
古書店に未だに一人たりとも本を買いにきたお客さんがいないのだから仕方がない。
「そうなんだね。よかった。どんなお仕事なの?」
「うーん、カウンセリングみたいな感じかな」
僕には本物の魑魅魍魎を退けることはできない。
だからできることといえば精神感応系の術を使って精神を安定させて幻覚などを払拭するくらいだ。
やっていることはカウンセラーとそれほど変わりないので嘘はついていないだろう。
「カウンセリングか。なんか橘君に合ってるね。橘君ってなんか一緒にいると安心するから」
「え、そうかな」
なんかうれしいような、そうでもないような。
一緒にいると安心する、は受け取り方によっては男として見られていない場合もある。
優しいだけの男がもてないように、女性というのは男にある程度の刺激を求めているものだと聞いたことがある。
その視点から見れば一緒にいると安心するは刺激ゼロを意味している。
刺激的な男ってどうすればなれるのだろうか。
お風呂に香辛料でも入れればいいのかな。
「お待たせしました。ミックスサンドです。カツサンドは店長からサービスだって」
「ありがとう」
店長もいつもありがとうございます。
僕は店長の仏みたいな顔に向かって祈りを捧げる。
本当に店長にはもう足を向けて眠れないよ。
まあ店長の家の方角がわからないんだけどね。
もしかしたら偶然足の方向が店長の家だったかもしれない。
今度調べて布団の向きを調整しよう。
「ねえ橘君。橘君ってカウンセリングの副業を始めるくらいだから精神疾患とかって詳しかったりする?」
「へ、精神疾患?うーん……」
詳しくない。
確かに僕は土御門一門に伝わるという晴明様の精神感応術を学んだから精神の構造やそれに働きかける術は詳しいけれど、医学的に精神の病気に詳しいかと聞かれれば詳しくないと答えるしかない。
でもカウンセリングを副業でやっているのに精神疾患に詳しくなかったら怪しい商売をやっているのではないかと思われちゃうんじゃないかな。
陰陽師は十分怪しいかもしれないけれど、僕は誰にも胸を張れないような商売はしていない。
親に言えるかと聞かれたら言えないけど。
エッチな夢を売る仕事をしているなんて言えるかい。
なんと答えていいのか迷った僕はあやふやな答えを返す。
「げ、幻覚とか発狂とかはちょっと詳しいかな……」
「本当!?」
「ち、近い……」
曖昧な答えにもかかわらず、神崎さんはすがるように僕の肩を掴む。
神崎さんの整った顔が息のかかりそうな距離まで近づいてくる。
胸の先が少しだけぷにっと僕の腕に当たっている。
漂ってくる良い匂いに頭がくらくらしてきた。
「ねえ橘君。私の依頼を受けてくれない?ちゃんとお礼はするから」
神崎さんにこんな風に縋りつかれて耳もとでささやくようにお願いされたら断ることができる男なんているのかな。
これだから男は馬鹿なんだと言われてしまうかもしれないけれど、神崎さんはきっとわかってやってないはずだ。
いまだかつて女性のあざとさを見抜けた試しはないけれど、この必死な感じは計算ではないと思う。
僕は無言で首を縦に振った。
「ありがとう」
こちらこそ。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい
凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※6話は3/30 18時~更新します。間が空いてすみません!
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
俺の部屋はニャンDK
白い黒猫
キャラ文芸
大学進学とともに東京で下宿生活をすることになった俺。
住んでいるのは家賃四万五千円の壽樂荘というアパート。安さの理由は事故物件とかではなく単にボロだから。そんなアパートには幽霊とかいったモノはついてないけれど、可愛くないヤクザのような顔の猫と個性的な住民が暮らしていた。
俺と猫と住民とのどこか恍けたまったりライフ。
以前公開していた作品とは人物の名前が変わっているだけではなく、設定や展開が変わっています。主人公乕尾くんがハッキリと自分の夢を持ち未来へと歩いていく内容となっています。
よりパワーアップした物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
小説家になろうの方でも公開させていただいております。
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

後宮の才筆女官
たちばな立花
キャラ文芸
後宮の女官である紅花(フォンファ)は、仕事の傍ら小説を書いている。
最近世間を賑わせている『帝子雲嵐伝』の作者だ。
それが皇帝と第六皇子雲嵐(うんらん)にバレてしまう。
執筆活動を許す代わりに命ぜられたのは、後宮妃に扮し第六皇子の手伝いをすることだった!!
第六皇子は後宮内の事件を調査しているところで――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる