色欲の陰陽師

兎屋亀吉

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12.忘年会

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 12月下旬。
 今日は全日本拝み屋協会の忘年会の日だ。
 会場は東京の有名ホテルの大ホール。
 そんな場所を貸し切って料理やら飲み物やらを手配するのはかなりの大金が吹き飛ぶことになるだろう。
 拝み屋さんの協会っていうのはずいぶん羽振りがいいんだな。
 僕などは最近やっと牛丼並盛に豚汁と温泉卵がつけられるようになったばかりだというのに。
 いや需要はあるんだ。
 きっと僕に足りていないのは信頼と実績と営業努力。
 焦ることはない。
 地道に霊力アップを繰り返し、お客さんの欲望に真摯に向き合い続ければきっとリピーターは増えていくはずだ。
 僕はトイレでもう一度ネクタイが曲がっていないかどうか確認して気を引き締め、パーティ会場に向かった。
 スーツなんて着るのは大学の入学式以来人生二度目だ。
 どことなくスーツに着られている感は否めない。
 いつかかっこよくスーツを着こなせる大人になりたいものだ。

「あの、全日本拝み屋協会の忘年会会場はこちらでしょうか」

「うぃっす。ここであってます。招待状ありますか?」

「あ、はい」

 受付に座っていたのは僕よりも5歳くらい上であろう青年。
 暗めの金髪を逆立てて顔中にピアスをしている。
 スーツを着てネクタイを絞めていなかったら完全に輩だ。
 きっと絶対に話しかけたりはしなかっただろう。
 僕は招待状を見せて名簿に名前を書くと逃げるように会場に入った。
 ここで受付をしているということはあの人も拝み屋さんなんだろうか。
 バンドマンとか言われたほうがしっくりくるのだが。

「お飲み物はいかがでしょうか」

「あ、はい。いただきます」

 会場内をうろついていると給仕の人に声をかけられた。
 手に持ったシルバーのお盆の上にはグラスに入った様々な飲み物が。
 どれが何かよくわからないので適当にジンジャエールっぽい色のものを受け取って一口飲む。

「うわ、これお酒じゃないか」

 渋いような酸っぱいような味がして炭酸がジュワジュワと喉を刺激する。
 通り抜けた喉と胃のあたりがカッと熱くなる。
 あんまり美味しいとは思わないな。
 お酒の味は僕にはまだわからない。
 給仕の人がまた通りがかったのでお酒じゃない飲み物を持ってきてもらった。
 給仕さんが持ってきたのはおしゃれなグラスに入ったコーラだった。
 やっぱりジュースのほうが美味しいな。
 それからしばらく料理を食べたりジュースを飲んだりと忘年会を楽しんだ。
 忘年会といっても僕には知り合いなんかいないから普通に食べ放題飲み放題のお店に入って食事をするのと変わらない。
 それも料金は全部タダだ。
 忘年会なんて初めて来たけれどこういう忘年会なら毎年でも来たいくらいだ。
 
「ははは、楽しんでくれているみたいだね橘君」

「むぐぅっ!?」

 料理と飲み物を貪る僕に、突然髭ダンディ中年が話しかけてきた。
 驚いてローストビーフを丸のみしてしまい息ができなくなる。
 白目を剥く僕に誰かが飲み物を渡してくれた。
 僕は喉に詰まったローストビーフをコーラで流し込み九死に一生を得る。

「はぁ、ありがとうございます」

「いや」

 飲み物を渡してくれたのは僕にこのパーティの招待状を渡してくれた無表情イケメンだった。
 無表情イケメンは表情ひとつ変えずにすっと髭ダンディの後ろに下がる。
 もしかしたらこの髭ダンディは無表情イケメンの上司の偉い人なのかもしれない。
 僕は慌てて姿勢を正す。

「すまないね、突然話しかけて驚かせてしまったみたいだ。そんなに改まらなくてもこの組織に明確な上下関係はない。私は組織のまとめ役を押し付けられてしまったただの運の悪い中年さ」

「は、はぁ……」

 確かに会社組織でもないなら上司って感じにはならないよね。
 でも協会員だからといってその協会の会長にため口っていうのもありえないだろう。
 適度に失礼のない感じで接しておけばいいかな。

「自己紹介が遅れたね。私は無道むどう領郭りょうかく。静岡にある掛川退魔塾の塾長をしている。全日本拝み屋協会の会長とその下位組織である日本退魔師連盟の会長も兼任しているんだ。よろしくね」

「あ、はい。僕は橘悠馬といいます。陰陽師……は官職なんだった。魑魅魍魎の相手もできないから拝み屋さんでもない。無職?いえ、学生ですかね」

 無職と自分で口に出すと少し衝撃が大きいな。
 今は大学に通っているから大学生と名乗ることができるけれども、それを失った瞬間に僕は無職になってしまうんだ。
 社会人になるのも怖いけれど無職になるのも怖いなあ。

「ははは。そんなに難しく考えることはない。たとえ祓魔系の術の適正がなかったとしても、術が使えたら君は拝み屋さ。全日本拝み屋協会はそういった広義の意味での拝み屋さんたちの互助組織だ。さらに祓魔・退魔系の術が使えるなら下位組織の日本退魔師連盟のほうに加盟してもらうことになる」

「なるほど。じゃあ僕も拝み屋でいいんですね」

「そうとも。ようこそ拝み屋協会へ」

 どうやら僕は拝み屋さんと名乗ることを許されたようだ。
 でも同窓会とかで今何やってるの?って聞かれて拝み屋とは答えづらいな。
 まあ同窓会なんて呼ばれるかわからないけど。
 いやたぶん呼ばれない。

「何を落ち込んでいるんだい?」

「いえ。それよりも拝み屋協会って入会金とか年会費とかってかかるんですか?それと僕はいつ入会したんでしょうか」

「ああ、そういうのはかからないよ。勝手に入会させておいて入会金や会費を払えっていうのは詐欺師のやることだからね。安心してくれていい。入会に関しては申し訳ないのだが術に目覚めた日本人には例外なく入会してもらう決まりになっていてね。人類全員が君のように理性的だったらこんなことも必要ないんだけどね。力を持った人というのはその力を振るってみたくなるものなんだ。君も、その精神感応の力で女の子にエッチないたずらをしてみたいと思ったことがちょっとくらいはあるだろう?」

「え、ええ」

 否定はできない。
 僕がそういうことをしなかったのは理性的だったからではない。
 きっとこの協会のように異能を持った人たちがたくさん集まる業界団体があるはずだと思ったからだ。
 そしてその人たちは異能の使用に関してある程度の規範を設けているだろうと。
 法律と同じだ。
 やってはいけないと決まっているからやらなかった。
 ただそれだけのことだ。
 おそらく特別な力を持つ人間が僕だけだと確信できたらやっていたに違いない。
 そして人は得てしてそう思い込みたくなってしまう生き物なんだ。
 特別なのは自分だけ、自分は選ばれた存在だ、自分だけは何をしても許される、と。
 この協会は仕事や情報、人材などを融通し合うという目的以外にも、そういった人間を取り締まるために存在しているのかもしれない。


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