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11.全日本拝み屋協会
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「これでよし、と」
古書店のガラス戸に貼られた1枚の紙。
県民共済のチラシの裏に書かれた簡素な文言。
『陰陽師はじめました』
こんなものではお客さんなんて来ないかもしれないけれど、陰陽師をやっていますよということはアピールしておかなくては。
そもそも古書店にもお客なんて来ないから誰も見ないかもしれないけど。
しかし街角でおっさんに声をかける営業によって淫夢のほうはそこそこの売り上げになってきている。
生活にも余裕ができてきたから、あとはのんびり新規のお客さんを増やしていけばいいかなって思う。
今まで僕からエッチな夢を買ってくれたお客さんの中でまた夢を買いたいという人は今度からこの店まで出向いてもらえば少しずつ固定客は増えていくことだろう。
「さて、いつものごとくランニングにいくとしよう」
どんどん霊力アップして陰陽師としてもステップアップしていこう。
「はぁはぁ、今日は4キロくらい走れたかな……」
昔から体力には自信がなかったけれど、半年以上トレーニングを続けているのに4キロ走り切るのがやっとな自分の才能の無さに嫌気がさす。
ボールを投げれば明後日のほうに飛んでいくし、体力はないし走るのは遅いし。
運動音痴というにもほどがあるよ。
神様は僕の運動の才能をどこに振ってしまったんだろうか。
特に勉強ができるわけでもないし、なにかの才能に極振りしていないとこうはならないと思うんだ。
まあそんなことを嘆いて現実逃避したところで実際にはなんの才能もない人間というのも存在するわけで。
そしてそれはたぶん僕だ。
「はぁ、なんだか人生で頑張ったらできるようになったっていう経験が陰陽術しかないような気がする」
じゃあ僕には陰陽術の才能があるのかと言われればそれも微妙だよね。
だって僕には精神感応系以外の術の適正が無い。
結局、僕はこの程度の人間だってことだよね。
なんだかへこんできた。
「ん?お客さんかな」
おじいちゃんの古書店に戻ってくると、店のガラス戸の前で背の高い男の人が佇んでいた。
黒いスーツに黒いコートを羽織った少し怖い感じのする人だ。
僕が店に近づくと振り向いてこちらを見る。
イケメンだ。
でもその顔には表情が全くなく仮面みたいで少し気味が悪い。
「橘悠馬さん?」
「そ、そうですけど」
「お届け物です」
「え、あ、ありがとうございます」
無表情のイケメンは僕に1通の便箋を手渡すとすたすたと大股で帰って行ってしまった。
いったいなんだったんだろう。
郵便屋さん、じゃないよね。
僕は渡された手紙の差出人を確認する。
真っ白な和紙でできた便箋には達筆な毛筆で全日本拝み屋協会と記されていた。
「全日本拝み屋協会……」
普通に考えたら僕のようになんらかの術を使えるようになった人たちの互助組織かなにかかな。
店先にこんな貼り紙をしていたらそういう団体から声がかかってもおかしくはないだろう。
僕が陰陽術で夢を売る商売を始めてそろそろ八カ月になる。
陰陽師はじめましたという貼り紙を見て怪奇現象について相談されたことも数回。
怪奇現象というのはほとんどの場合気のせいであることが多い。
幽霊の正体見たり枯れ尾花というくらいだ。
人の精神はときに強い感情によって見えざるものを見せる。
そういった場合、僕の精神感応術で依頼者の精神を鎮静化させて安心させてあげることで解決することができた。
僕が受けた数回の相談はすべてそのケースだったから僕でも解決することができていたのだ。
しかし、おそらくだけどこの世には本物の怪奇現象というものが存在している。
土御門氏は本の中で退魔業は供給過多だと記していた。
つまりは退魔業を営む人はかなりの数存在しているのだ。
その相手となる魑魅魍魎の類も存在しているに違いない。
もし僕のところにそのような本物の魑魅魍魎の相談が来てしまったらどうしようかというのがお金で悩む必要の無くなった僕の最近の悩みだった。
この手紙はその悩みを解決してくれる可能性を秘めている。
全日本拝み屋協会がもし僕の思うような互助組織だった場合、僕のところに来た僕には解決できない依頼を協会に丸投げすることができるかもしれないのだ。
僕は便箋を破り、中の手紙を取り出した。
「ん?忘年会パーティのお誘い?」
手紙には協会への所属でも促す文言が書かれているかと思っていたのだけれど、僕の予想は斜め上に外れた。
便箋の中にはなぜか忘年会パーティの招待状が入っていたのだ。
協会員の皆さまは奮ってご参加くださいとしっかり明記されている。
さっきの無表情イケメンさんはしっかりと僕の名前を確認してこれを手渡していったよね。
ということはこの手紙は間違いではないわけだ。
どうやら僕はいつの間にか全日本拝み屋協会の協会員になってしまっていたようだ。
古書店のガラス戸に貼られた1枚の紙。
県民共済のチラシの裏に書かれた簡素な文言。
『陰陽師はじめました』
こんなものではお客さんなんて来ないかもしれないけれど、陰陽師をやっていますよということはアピールしておかなくては。
そもそも古書店にもお客なんて来ないから誰も見ないかもしれないけど。
しかし街角でおっさんに声をかける営業によって淫夢のほうはそこそこの売り上げになってきている。
生活にも余裕ができてきたから、あとはのんびり新規のお客さんを増やしていけばいいかなって思う。
今まで僕からエッチな夢を買ってくれたお客さんの中でまた夢を買いたいという人は今度からこの店まで出向いてもらえば少しずつ固定客は増えていくことだろう。
「さて、いつものごとくランニングにいくとしよう」
どんどん霊力アップして陰陽師としてもステップアップしていこう。
「はぁはぁ、今日は4キロくらい走れたかな……」
昔から体力には自信がなかったけれど、半年以上トレーニングを続けているのに4キロ走り切るのがやっとな自分の才能の無さに嫌気がさす。
ボールを投げれば明後日のほうに飛んでいくし、体力はないし走るのは遅いし。
運動音痴というにもほどがあるよ。
神様は僕の運動の才能をどこに振ってしまったんだろうか。
特に勉強ができるわけでもないし、なにかの才能に極振りしていないとこうはならないと思うんだ。
まあそんなことを嘆いて現実逃避したところで実際にはなんの才能もない人間というのも存在するわけで。
そしてそれはたぶん僕だ。
「はぁ、なんだか人生で頑張ったらできるようになったっていう経験が陰陽術しかないような気がする」
じゃあ僕には陰陽術の才能があるのかと言われればそれも微妙だよね。
だって僕には精神感応系以外の術の適正が無い。
結局、僕はこの程度の人間だってことだよね。
なんだかへこんできた。
「ん?お客さんかな」
おじいちゃんの古書店に戻ってくると、店のガラス戸の前で背の高い男の人が佇んでいた。
黒いスーツに黒いコートを羽織った少し怖い感じのする人だ。
僕が店に近づくと振り向いてこちらを見る。
イケメンだ。
でもその顔には表情が全くなく仮面みたいで少し気味が悪い。
「橘悠馬さん?」
「そ、そうですけど」
「お届け物です」
「え、あ、ありがとうございます」
無表情のイケメンは僕に1通の便箋を手渡すとすたすたと大股で帰って行ってしまった。
いったいなんだったんだろう。
郵便屋さん、じゃないよね。
僕は渡された手紙の差出人を確認する。
真っ白な和紙でできた便箋には達筆な毛筆で全日本拝み屋協会と記されていた。
「全日本拝み屋協会……」
普通に考えたら僕のようになんらかの術を使えるようになった人たちの互助組織かなにかかな。
店先にこんな貼り紙をしていたらそういう団体から声がかかってもおかしくはないだろう。
僕が陰陽術で夢を売る商売を始めてそろそろ八カ月になる。
陰陽師はじめましたという貼り紙を見て怪奇現象について相談されたことも数回。
怪奇現象というのはほとんどの場合気のせいであることが多い。
幽霊の正体見たり枯れ尾花というくらいだ。
人の精神はときに強い感情によって見えざるものを見せる。
そういった場合、僕の精神感応術で依頼者の精神を鎮静化させて安心させてあげることで解決することができた。
僕が受けた数回の相談はすべてそのケースだったから僕でも解決することができていたのだ。
しかし、おそらくだけどこの世には本物の怪奇現象というものが存在している。
土御門氏は本の中で退魔業は供給過多だと記していた。
つまりは退魔業を営む人はかなりの数存在しているのだ。
その相手となる魑魅魍魎の類も存在しているに違いない。
もし僕のところにそのような本物の魑魅魍魎の相談が来てしまったらどうしようかというのがお金で悩む必要の無くなった僕の最近の悩みだった。
この手紙はその悩みを解決してくれる可能性を秘めている。
全日本拝み屋協会がもし僕の思うような互助組織だった場合、僕のところに来た僕には解決できない依頼を協会に丸投げすることができるかもしれないのだ。
僕は便箋を破り、中の手紙を取り出した。
「ん?忘年会パーティのお誘い?」
手紙には協会への所属でも促す文言が書かれているかと思っていたのだけれど、僕の予想は斜め上に外れた。
便箋の中にはなぜか忘年会パーティの招待状が入っていたのだ。
協会員の皆さまは奮ってご参加くださいとしっかり明記されている。
さっきの無表情イケメンさんはしっかりと僕の名前を確認してこれを手渡していったよね。
ということはこの手紙は間違いではないわけだ。
どうやら僕はいつの間にか全日本拝み屋協会の協会員になってしまっていたようだ。
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