色欲の陰陽師

兎屋亀吉

文字の大きさ
上 下
1 / 25

1.おじいちゃんの店

しおりを挟む
 僕、橘悠馬は今年から大学生だ。
 自宅から大学までは、通えないことはないくらいの距離だ。
 だけど一人暮らしをしたかった僕は両親との話し合いの結果、亡くなった後そのままになっているおじいちゃんの家から通うことになった。
 生活用品などを整理しただけで、おじいちゃんが細々と経営していた古書店や膨大な古書コレクションなどはそのままになっているらしい。
 今は2月、入学式がある4月までには住めるように掃除しなくてはいけない。
 両親からは店舗スペースの掃除なども頼まれている。
 おじいちゃんの家に住んでいい代わりに両親からの仕送りもないので、アルバイトも探さなくてはいけない。
 人生初の一人暮らしを満喫している時間はあまりなさそうだ。
 そんなこんなで1週間、掃除に費やした。
 やっと古書コレクションの整理に入れる。
 アルバイト探しはまだ猶予がある。
 きっと大丈夫だろう。
 僕はおじいちゃんの古書コレクションを整理するのが何気に楽しみだったりする。
 小さい頃から何度もおじいちゃんに遊んでもらっていた僕は、おじいちゃんの古書コレクションを何度か見たことがある。
 外国語でなんて書いてあるのか分からない本や、すごく古い本など、たくさん珍しい本があって楽しかった。
 店舗スペースの奥、倉庫にはたくさんのおじいちゃんのコレクションがある。
 でも本当におじいちゃんが大切にしていたのは、その奥の休憩室にある大きな金庫の中の本だ。
 おじいちゃんがそこに入っている本を楽しそうに眺めていたのを僕はよく覚えている。
 僕は父さんから聞いてきた番号通りにダイヤルを回し、鍵を差し込み金庫を開ける。
 金庫の中には、1から15まで番号の振られたジュラルミンケースが入っており、ケースにはさらに鍵がかかっていた。
 おじいちゃんがどれだけこの本を大事にしていたのかが伝わってくる。
 僕は1から15までのジュラルミンケースを全部開けてみる。
 ジュラルミンケースの中には、それぞれ緩衝材と布で厳重に梱包された本が入っていた。
 日本語で書かれているのは数冊だけで、ほとんどの本は何語かもわからない。
 僕はその本のタイトルを、分かるものだけスマホで検索していく。
 ほとんどは何の情報も出てこなかったけれど、価値が分かったものが数冊あった。
 過去売りに出されたことがあるその数冊は、とんでもない価格だった。
 おじいちゃんはこの本をどこで手に入れたのだろうか。
 売りたいという衝動に駆られるが、これらの本はお金には代えられない価値があることは明白なので我慢する。
 なんの情報も出てこなかった本のうちの一冊に気になる本があったのでジュラルミンケースから出し、手にとって見る。
 この一冊だけわりと新しい。
 タイトルは『陰陽師になろう~この本を読めば今日からあなたも陰陽師です~』だ。
 非常に胡散臭い。
 他の本よりも明らかに安っぽく、価値がなさそうなこの本をおじいちゃんはなぜ他の14冊と同じように保管していたのだろうか。
 おじいちゃんが目を付けるなにかが、この本にあるのだろうか。
 僕は改めて本の表紙を見る。
 作者の名前は土御門秀親、原作は……安倍晴明!?
 すごい本物感。
 おじいちゃんのコレクションに入っていたということはきっと本物なのだろう。
 おじいちゃんの本を見る目は確かだ。
 間違いない、この怪しい謳い文句の本はプロの陰陽師が使う教本なんだ。
 ぱらぱらとめくってみると、難しい用語などにはちゃんと説明があり、かなり分かりやすく書かれている。
 面白い。
 いずれはおじいちゃんのコレクションを全部読むつもりだけど、この本を最初の一冊にしよう。
 僕はウキウキしながら他の本を金庫に戻し、休憩室を出る。
 楽しい大学生活になりそうだ。





 僕は思った。
 ろくなバイトがない。
 高校時代バイトなどせず、実家でぬくぬくしていた僕に現実というものが襲い掛かってくる。
 働きたくない。
 僕にとっては人生初の労働だ。
 最初の一歩がなかなか踏み出せない。
 具体的には面接のアポイントの電話をかけることができない。
 だって電話口の人はみんななんか声が怖い気がするんだ。
 とくに面接の電話だとわかると急にタメ口になるおっさん。
 怖くてやっぱいいですと言って電話を切ってしまった。
 もう同じとこに電話できない。
 電話はやめよう。
 最近はバイトアプリや求人サイトなどから応募フォームで応募できるんだ、よし応募フォームから応募しよう。
 良さそうなアルバイトの求人を見つけ、スマホの応募フォームに情報を入力していく。
 全て入力し終わり、あとは応募ボタンをタッチするだけだ。
 そこで手が止まる。
 この応募ボタンを押すと、向こうに通知が行き、向こうから面接の電話がかかってくるはずだ。
 知恵袋にそう書いてあった。
 しかしその電話口の人物が、またタメ口のおっさんだったらどうする?
 またやっぱりいいですと言って切るのか?
 だめだ、やっぱりこのボタンは押すことができない。
 僕はいったいどうしたらいいんだ。
 いや、今はまだ2月だ、まだ時間はある。
 そうだ、まだ高校の卒業式が終わるまではバイトに来いと言われても困るじゃないか。
 まだ早いんだ、うん。
 すべては高校の卒業式が終わってからだな。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

陰陽師の溺愛花嫁

綾瀬ありる
恋愛
京の都を守るのは、安倍晴明の直系の子孫であり「陰陽少将」の位を戴く若き陰陽師・安倍明隆。 ワケあって通う相手もなく独身を貫く明隆だったが、帝から直々に「結婚して子を成せ」とのお言葉が下される。 相手に選ばれたのは、帝の異母弟・中務郷の宮の姫君。世間では「わがまま姫」と名高い姫のはずが、実際に明隆の元にやってきたのは、ガリガリに痩せ、間に合わせの衣装を身につけた少女・沙映だった。 継母に虐げられ、諦めと共に生きてきた少女が、ワケあり陰陽師に愛されて幸せになる物語。 ◇◇◇他サイトでは別名義で投稿しています◇◇◇

廻り捲りし戀華の暦

日蔭 スミレ
恋愛
妖気皆無、妖に至る輪廻の記憶も皆無。おまけにその性格と言ったら愚図としか言いようもなく「狐」の癖に「狐らしさ」もない。それ故の名は間を抜いてキネ。そんな妖狐の少女、キネは『誰かは分からないけれど会いたくて仕方ない人』がいた。 自分の過去を繫ぐもの金細工の藤の簪のみ。だが、それを紛失してしまった事により、彼女は『会いたかった人』との邂逅を果たす。 それは非ず者の自分と違う生き物……人の青年だった。 嗜虐癖ドS陰陽師×愚図な狐 切なめな和ファンタジーです。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi
ファンタジー
記憶をなくした少女が出会ったのは、両親を妖に殺され復讐を誓った陰陽師の少年だった。 なぜ記憶がないのか、自分はいったい何者なのか。 自分を知るために、陰陽師たちと行動を共にするうち、人と妖のココロに触れていく。 ・・・人と妖のはざまで、少女の物語は途方もない長い時間、紡がれてきたことを知る。 ◆◆◆ 第零章は人物紹介、イラスト、設定等、本編開始前のプロローグです。 ちょこちょこ編集予定の倉庫のようなものだと思っていただければ。 ざっくり概要ですが、若干のネタバレあり、自前イラストを載せていますので、苦手な方はご注意ください。 本編自体は第一章から開始です。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...