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5.人間の街
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「儂はリザール守備軍軍団長のビブリオ・セルジュと申す。お主、名はなんという」
「レド」
「そうか、レドよ。うちの若いもんが失礼なことを言ってすまなかったの。人間の街では、大体どこでも身分証というものを提示せねば街に入れぬようになっておるのじゃ。人間でそれを知らぬのであれば、相当な田舎から出てきたものしかおらぬ。この若者の言葉はそういう意味であって、お主の故郷である竜人の里を馬鹿にしたわけではないということをわかってほしい」
「ああ、理解した」
「そうか。それはありがたい。皆のもの、この男は竜人族じゃ。白髪金眼というのが竜人族の特徴なので覚えておくように。今回のようなトラブルはこれっきりにしてくれ」
「「「はっ」」」
先ほどまでの殺気立った雰囲気は霧散する。
なにがどうなっているのかは分からないが、あの男の言葉はここの者たちにとっては特別なのだろう。
リザール守備軍の軍団長という地位にあると言っていたが、族長のようなものだと思えばいいのだろうか。
「さて、お主の身分は儂が仮に保証しよう。金は持っておるか?人間の街に入るにはめんどうなことが多くてな、銅貨が5枚必要じゃ。無ければ立て替えておくが」
この男には色々と聞いてみたいことがある。
金が無いわけでもないし、払っておくか。
「いや、金はある。ここに来る途中に盗賊を殺したからな」
「それはありがたい。盗賊は街道の安全を脅かす害悪じゃからな」
俺は背負い袋の中から銀貨を一枚取り出す。
確かこれ一枚で銅貨10枚分の価値があると本には書かれていた。
銅貨5枚分の価値は確実にあるはずだ。
「誰か釣り銭渡してやれ」
「はっ」
槍を構えて俺を囲んでいた男たちも槍を下げて俺と男の会話に耳を傾けている。
なんとか人間の街には入れそうだな。
別にこの街に入れなくても他の街に行けばいいだけなのだが、距離もあるし時間がかかってしまうだろう。
「ほれ、これが仮の身分証じゃ。だがあくまでもこれは仮のものなのでな。正式な身分証を手に入れる必要がある。それにはどこかのギルドに所属するというのが早道じゃな」
「ギルド?」
「そうじゃ。まあお主なら冒険者ギルド一択じゃろうな」
「冒険者……」
本の中に出てきた職業だ。
人間の書いた冒険譚には必ずといっていいほどに出てきた職業だ。
未開の地やダンジョンを冒険し、未知を既知とすることを生業とする人たち。
若い頃父も冒険者だったと聞かされたことがあったが、それは何かの比喩かと思っていた。
まさかそんな職業が実在していたとは。
俺は年甲斐も無く心が熱くなるのを感じた。
「冒険者に憧れでもあったようだの。だが、あまり期待しないほうがええ。いずれ幻滅することになるじゃろうからの」
「なんのことだ?」
「まあ今は冒険者ギルドに登録するということだけ覚えておけばよい」
「わかった」
「あとは、なるべく街の中では人を殺さんようにしてくれんか」
「殺されそうになってもか」
「お主ならできるだろう?」
そう言われてできないと答えるのは癪だった。
俺は渋々了承する。
人間の街には人間の街の掟がある。
俺も一歩足を踏み出したのならば、それに従ったほうがいいのだろう。
確かに殺さないと殺されるから殺すというのは、弱者の理屈だ。
俺は自分が強者であると信じたかった。
「ああそれと言い忘れていたが、リザールの街へようこそ」
俺は生まれて初めての人間の街に足を踏み入れた。
俺は人間の街の雑多な雰囲気に、少々気疲れしていた。
なにより人が多い。
竜人の里に暮らす竜人族の数はせいぜい3000ほどだ。
この街では目に入る人間の数だけでもそれくらいはいるだろう。
人間は数が多いと聞いていたが、これほどとはな。
きっと鼠がたくさんの子を産むような、脆弱な種族だからこその繁殖能力なのだろうな。
俺は人のあまり居ない場所を探す。
街の人間を観察していると、必ず避けて通っている道があることに気がついた。
何があるというのだろうか。
俺はその道に近づいてみる。
その道は薄汚れていて人通りが少ない。
休憩くらいはできそうだな。
俺は通路の脇に置かれた木箱に腰掛けて休憩する。
「はぁ……」
自分の口から自然と溜息が出るのに軽く驚く。
身体は疲れていない。
疲れているとすれば精神だろう。
まだ里を出て1日も経っていない。
色々なことがあって、いちいちそれに苛立って、少しいいことがあればすぐに悪いことがやってきて。
里の外っていうのは、こんなところだったんだな。
俺は何も知らなかった。
何も知ろうとしなかった。
族長が言う大切なものっていうのも、知ろうと思えばいつでも教えてもらえたのかもしれない。
だがもう何もかもが遅い。
俺はこれからどうしていくべきなのだろうか。
見ず知らずの人間の街で、俺は一人途方に暮れる。
金はあるのだからしばらくはのんびりしようか。
とりあえずは冒険者ギルドに登録というのをして、それから宿をとって……それから。
「おいてめぇ」
俺の思考を遮るのはまだ声変わりもしていないような子供の声。
なんだというんだ。
「聞いてんのかこら」
俺は声のするほうに目をやる。
そこにはガリガリに痩せた汚いガキが2人。
ナイフを突きつけて俺を睨んでいる。
脅しているつもりなのか。
「死にたくなけりゃ金目の物全部出せ」
俺はガキの顔面を掴んで軽く力を入れる。
「いだだだだだっ、やめっ、やめろっ」
おおかた親でも死んでこんな野良犬のようなことをしているのだろう。
竜人族の里ではこんな生き方をしているガキはいなかったな。
ガキにナイフを突きつけられて怖がる竜人なんて居ないからな。
野生動物にも殺されるような脆弱な下等種族特有の現象かもしれない。
人間というものは、本当に色々なのがいるな。
「や、やめろぉ、兄ちゃんを放せ!」
小さいほうのガキがナイフを俺の腕目がけて振り下ろす。
だがガキの力で竜人族の筋肉に刃を突き立てることは不可能だ。
ナイフは俺の肌を小さく切り裂いて引っかき傷のような蚯蚓腫れを作るばかり。
「ば、ばけものがぁ!うぁぁぁん」
仕舞いには小さいほうのガキが泣き出す始末だ。
俺はこの状況でどうすればいいというのだ。
「レド」
「そうか、レドよ。うちの若いもんが失礼なことを言ってすまなかったの。人間の街では、大体どこでも身分証というものを提示せねば街に入れぬようになっておるのじゃ。人間でそれを知らぬのであれば、相当な田舎から出てきたものしかおらぬ。この若者の言葉はそういう意味であって、お主の故郷である竜人の里を馬鹿にしたわけではないということをわかってほしい」
「ああ、理解した」
「そうか。それはありがたい。皆のもの、この男は竜人族じゃ。白髪金眼というのが竜人族の特徴なので覚えておくように。今回のようなトラブルはこれっきりにしてくれ」
「「「はっ」」」
先ほどまでの殺気立った雰囲気は霧散する。
なにがどうなっているのかは分からないが、あの男の言葉はここの者たちにとっては特別なのだろう。
リザール守備軍の軍団長という地位にあると言っていたが、族長のようなものだと思えばいいのだろうか。
「さて、お主の身分は儂が仮に保証しよう。金は持っておるか?人間の街に入るにはめんどうなことが多くてな、銅貨が5枚必要じゃ。無ければ立て替えておくが」
この男には色々と聞いてみたいことがある。
金が無いわけでもないし、払っておくか。
「いや、金はある。ここに来る途中に盗賊を殺したからな」
「それはありがたい。盗賊は街道の安全を脅かす害悪じゃからな」
俺は背負い袋の中から銀貨を一枚取り出す。
確かこれ一枚で銅貨10枚分の価値があると本には書かれていた。
銅貨5枚分の価値は確実にあるはずだ。
「誰か釣り銭渡してやれ」
「はっ」
槍を構えて俺を囲んでいた男たちも槍を下げて俺と男の会話に耳を傾けている。
なんとか人間の街には入れそうだな。
別にこの街に入れなくても他の街に行けばいいだけなのだが、距離もあるし時間がかかってしまうだろう。
「ほれ、これが仮の身分証じゃ。だがあくまでもこれは仮のものなのでな。正式な身分証を手に入れる必要がある。それにはどこかのギルドに所属するというのが早道じゃな」
「ギルド?」
「そうじゃ。まあお主なら冒険者ギルド一択じゃろうな」
「冒険者……」
本の中に出てきた職業だ。
人間の書いた冒険譚には必ずといっていいほどに出てきた職業だ。
未開の地やダンジョンを冒険し、未知を既知とすることを生業とする人たち。
若い頃父も冒険者だったと聞かされたことがあったが、それは何かの比喩かと思っていた。
まさかそんな職業が実在していたとは。
俺は年甲斐も無く心が熱くなるのを感じた。
「冒険者に憧れでもあったようだの。だが、あまり期待しないほうがええ。いずれ幻滅することになるじゃろうからの」
「なんのことだ?」
「まあ今は冒険者ギルドに登録するということだけ覚えておけばよい」
「わかった」
「あとは、なるべく街の中では人を殺さんようにしてくれんか」
「殺されそうになってもか」
「お主ならできるだろう?」
そう言われてできないと答えるのは癪だった。
俺は渋々了承する。
人間の街には人間の街の掟がある。
俺も一歩足を踏み出したのならば、それに従ったほうがいいのだろう。
確かに殺さないと殺されるから殺すというのは、弱者の理屈だ。
俺は自分が強者であると信じたかった。
「ああそれと言い忘れていたが、リザールの街へようこそ」
俺は生まれて初めての人間の街に足を踏み入れた。
俺は人間の街の雑多な雰囲気に、少々気疲れしていた。
なにより人が多い。
竜人の里に暮らす竜人族の数はせいぜい3000ほどだ。
この街では目に入る人間の数だけでもそれくらいはいるだろう。
人間は数が多いと聞いていたが、これほどとはな。
きっと鼠がたくさんの子を産むような、脆弱な種族だからこその繁殖能力なのだろうな。
俺は人のあまり居ない場所を探す。
街の人間を観察していると、必ず避けて通っている道があることに気がついた。
何があるというのだろうか。
俺はその道に近づいてみる。
その道は薄汚れていて人通りが少ない。
休憩くらいはできそうだな。
俺は通路の脇に置かれた木箱に腰掛けて休憩する。
「はぁ……」
自分の口から自然と溜息が出るのに軽く驚く。
身体は疲れていない。
疲れているとすれば精神だろう。
まだ里を出て1日も経っていない。
色々なことがあって、いちいちそれに苛立って、少しいいことがあればすぐに悪いことがやってきて。
里の外っていうのは、こんなところだったんだな。
俺は何も知らなかった。
何も知ろうとしなかった。
族長が言う大切なものっていうのも、知ろうと思えばいつでも教えてもらえたのかもしれない。
だがもう何もかもが遅い。
俺はこれからどうしていくべきなのだろうか。
見ず知らずの人間の街で、俺は一人途方に暮れる。
金はあるのだからしばらくはのんびりしようか。
とりあえずは冒険者ギルドに登録というのをして、それから宿をとって……それから。
「おいてめぇ」
俺の思考を遮るのはまだ声変わりもしていないような子供の声。
なんだというんだ。
「聞いてんのかこら」
俺は声のするほうに目をやる。
そこにはガリガリに痩せた汚いガキが2人。
ナイフを突きつけて俺を睨んでいる。
脅しているつもりなのか。
「死にたくなけりゃ金目の物全部出せ」
俺はガキの顔面を掴んで軽く力を入れる。
「いだだだだだっ、やめっ、やめろっ」
おおかた親でも死んでこんな野良犬のようなことをしているのだろう。
竜人族の里ではこんな生き方をしているガキはいなかったな。
ガキにナイフを突きつけられて怖がる竜人なんて居ないからな。
野生動物にも殺されるような脆弱な下等種族特有の現象かもしれない。
人間というものは、本当に色々なのがいるな。
「や、やめろぉ、兄ちゃんを放せ!」
小さいほうのガキがナイフを俺の腕目がけて振り下ろす。
だがガキの力で竜人族の筋肉に刃を突き立てることは不可能だ。
ナイフは俺の肌を小さく切り裂いて引っかき傷のような蚯蚓腫れを作るばかり。
「ば、ばけものがぁ!うぁぁぁん」
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俺はこの状況でどうすればいいというのだ。
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