ウサ耳バレット

兎屋亀吉

文字の大きさ
上 下
6 / 9

6.先住民

しおりを挟む
「あのぉ、すみませんが何か食べ物とか持ってませんか?」

「おわっ、びっくりした」

 牢の中には俺一人かと思いきやまさかの先客がいたようだ。
 かけられた声はずいぶんと高い。
 まるで声変わり前の少年のような声だ。
 声のするほうを見れば、想像したとおり同年代か少し年下くらいの少年だった。
 このへんでは珍しい黒目黒髪の人族の少年だ。
 勇者ヤマダも黒目黒髪だったらしいが、容姿については勇者の遺伝子は現代にほとんど受け継がれていない。
 兎獣人もドワーフも基本的に白髪と赤い目をしており、村で生まれるのは不思議とこのどちらかの種族だ。
 勇者ヤマダの血は確実に受け継がれているというのに、生まれてくる種族はドワーフか兎獣人だというのはヤマダ村にいくつかある謎の一つだ。
 俺たちは面白がって変態勇者の呪いと呼んでいるが。
 それゆえに目の前の少年の髪が珍しく、俺はまじまじと見てしまった。

「な、なんですか……」

「いや、珍しいなと」

 それにしても純朴そうな少年だ。
 そばかすの多い顔に素直そうな大きな目。
 こんなところにいるということは本物の犯罪者か俺のように嵌められたかのどちらかなのだろうが、この虫も殺せそうにない少年が前者だとしたら相当怖いな。
 そういうのなんて言うんだったか。
 ユーリーが難しそうな本を読んでなんか話していた気がする。
 たしか、サイコパス。
 俺は少年の純朴そうな顔が狂気に歪むのを想像して鳥肌が立った。
 
「あの、食べ物とか……」

「あ、ああ。確か持ってるはず。ちょっと待って」

 恐怖で少し声が裏返ってしまった。
 やばいな、何がきっかけでスイッチが入るかわかったものじゃないぞ。
 俺は狂気の犯罪者の気に障らないように収納魔道具に入れてあった保存食の入った箱を取り出す。
 いざという時のために節約すれば半年は生き延びられる量の保存食を収納魔道具に入れていたのが功を奏したな。

「え、それ収納魔道具ですか?」

「ああ。入学祝いに幼馴染の父親にもらったんだ」

 もう学校には行けなくなるかもしれないけどな。
 いかにヤマダ村の出身者といえど、魔法学園は前科のある者は受け入れないだろう。
 前科か。
 俺前科もんになってしまうんだよな。
 きっとこれからの俺の人生、どこに行ってもこの前科は付きまとうだろう。
 もうまともなところには就職できないな。
 いいさ、刑期が明けたらすぐに村に帰って一生グレートディアでも狩って暮らしてやる。
 村の子供には俺の経験から都会の怖さを教えてやるんだ。
 都会は怖いところだぞ、が口癖のじいさんになって天寿を全うしてやろう。

「あの、食べてもいい?」

「ああ悪い。現実逃避していた。俺も腹が減ったし一緒に食べよう」

 村の保存食はなかなかに美味い。
 小さい頃はお菓子と区別がつかなくて保存食を食べてしまってよく怒られたものだ。
 俺は銀の包み紙に包まれた保存食を一つ取り出し、少年に渡す。
 自分も一つ取って包み紙を開けてかぶりついた。
 クッキーよりも少し柔らかい食感と鼻に抜けるチーズのフレーバー。
 しかしパサパサとしていて口の中の水分を全て奪っていく。
 美味いけどやっぱり喉が渇くな。
 牢内を見回すと水瓶が置いてあり、それが飲料水だということがわかる。
 しかし覗き込むと水瓶がかなり汚れていることに気づいた。
 ゴミも浮いている。
 最悪だな。

「これ飲めるの?」

「今までは仕方なく飲んでいましたが、初日はお腹を壊して寝込みました」

 こんなの飲むのは嫌だな。
 俺は収納魔道具に入っている水を飲むことにした。
 樹脂製のボトルに入った清潔な水を飲み、村の生活のありがたさを実感する。

「んぐんぐ、ぷはぁ。少年、君も飲むだろ」

「あ、はい。いただきます」

 少年はまともな水を飲むのも久しぶりなのか凄い勢いで水を飲み干した。
 理論はよくわからないが水というのは人の身体にとって非常に重要なものらしい。
 しかし水は食べ物よりも必要量が多く嵩張るために収納魔道具の中にあまり入れられなかった。
 人の身体は食べ物無しでも1か月は生きられるが水無しでは3日と生きられない。
 それほどに人の身体が求める水の量というのは多いのだ。
 100万リットルという収納魔道具の容量を水だけでうめてしまうわけにもいかないから水はせいぜい1か月分くらいしか入っていない。
 2人で飲んだら15日くらいだ。
 死ぬギリギリまで水を節約したとしても1カ月が限界だろう。
 それまでにこの状況をどうにかしなければな。





 少年の名前はエリックと言うらしい。
 当初は純朴そうな少年を装う狂気の犯罪者かと思ったのだが、どうやら本当に純朴な少年らしい。
 エリックは俺のように無実の罪で投獄されたわけではないようだが、投獄の理由はやはり理不尽なものだったようだ。

「僕はテイマーなんです」

 テイマーというのは魔物や動物を従える者のことだ。
 エリックは昔から生き物が好きで、動物や魔物と気持ちが通じ合えばいいのにと思っていた。
 その願いを神が叶えたのかはわからないが、10歳になったばかりの頃に動物や魔物の気持ちがわかるという特殊能力が発現したそうだ。
 魔法ではないそういった不思議な力を持った者は能力者と呼ばれ、ごく稀に存在する。
 エリックはその能力者になったというわけだ。
 王立魔法学園は能力者のスカウトもしており、エリックは能力者枠での入学が決まっていたそうだ。
 まさか同じ学園入学予定者だったとは。

「それで、どうしてここにぶち込まれたんだよ」

「僕の愛犬のメリッサが……」

 エリックにはメリッサという愛犬がいた。
 愛犬といっても人が乗れるほどに大きなグレイハウンドだ。
 テイマーとしての能力を使って仲良くなった相棒らしい。

「僕、村から出たことがなかったから世間知らずで悪い人に騙されちゃって、そこを助けてくれた人にも騙されて、それを慰めてくれた女の子にも騙されて……」

 人間不信になってもおかしくない騙されっぷりだな。
 おそらく俺もこんな牢屋で出会わなければかなり警戒されていたことだろう。

「それで、人買いに連れていかれそうになっているところをメリッサが人買いに噛みついて助けてくれたんです。でも、駆け付けた衛兵さんが人を傷つけた魔物は殺処分されちゃうって……」

 そしてエリックはメリッサを街の外に逃がした。
 メリッサを逃がしたエリックは罪に問われ、ここにぶち込まれたというわけか。
 
「そのメリッサが殺処分されるって言ってた衛兵ってさ、なんかチャラそうな奴じゃなかった?」

「え?そういえばチャラそうでしたね。髪型を常に気にしてて、唇にピアスを付けてました。痛そうでした」

 ああ、やっぱりか。
 おそらく俺をここにぶち込んだ奴と同一人物だ。
 そいつこそがこの街の衛兵隊の腐敗の原因菌に違いない。
 まあそれがわかったところで何をどうすればいいのかはわからないが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧乏男爵家の三男は今日もガチャを回す

兎屋亀吉
ファンタジー
ひとりにひとつ神様からスキルを授かる世界で、主人公ダグラス・マイエルは【ガチャ】という謎のスキルを持って生まれる。男爵家の三男であるダグラスは優れたスキルを持って生まれた2人の兄と比べられながらも、自分のスキルに無限の可能性を感じ一発逆転を賭けて今日もガチャを回すのであった。

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...