ウサ耳バレット

兎屋亀吉

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1.魔法学園

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 雨の後の森は水滴が鬱陶しい。
 雨はとっくに止んでいるというのに、体中がびしょびしょに濡れて服が張り付く。
 狙撃は集中力が大事だっていうのに、こんなんじゃ全然集中できない。
 別に集中しなきゃ当たらない距離じゃないからいいんだけど。

「出た、距離450メートル。15頭ほどの群れだ」

「距離450メートルっと」

 俺は従兄のニールに言われたとおりスコープの角度を450メートルに合わせる。
 子供のときから使っている愛銃だ、距離を言われれば弾道計算が瞬時に出てくるくらいには付き合いが長い。
 俺はボルトハンドルを引き、薬室に弾丸を送り込む。

「撃つぞ」

「了解」

 スコープに映るのは湖に水を飲みにきた魔物、グレートディアの群れ。
 その中の体格のいい1匹に狙いを定め、静かに引き金を引く。
 轟音がパタリと畳んだ耳を叩き、銃弾が命中したグレートディア以外はすべて逃げてしまった。

「あーあ、エアライフルだったらあと1匹くらいは狩れたのによ」

「うるさいな。エアライフルは好きじゃないんだよ」

 銃には発射方式が大まかに3種類ある。
 そのうち1つは超高威力の銃にしか使われない斥力魔法方式なので、獣や中型以下の魔物なんかを撃つ銃に使われるのは実質2種類だ。
 小規模の火魔法を爆発させて弾丸を飛ばす火魔法方式と、風魔法の空気圧によって弾丸を飛ばす風魔法方式。
 エアライフルというのは風魔法方式のライフル銃のことだ。
 風魔法方式は火魔法方式に比べて発砲音が小さいという利点がある。
 昔は銃の造りが今ほど精密じゃなくて、風魔法方式の銃には威力が出難いという難点があったようだが今は火魔法方式と大差ない威力を実現することができている。
 発砲すると大きな音が出る火魔法方式の銃を狩猟で使う人も少なくなっているようだ。
 今撃ったグレートディアも、エアライフルを使っていれば撃った瞬間群れごと逃げ出すこともなかっただろう。
 しかし俺は風魔法方式の銃があまり好きじゃない。
 パスパスという発砲音もなんか情けなくて好きになれないし、なにより反動がほとんど無い。
 俺は銃を撃ったときの反動が一番好きなんだ。
 反動が無い銃なんか認めるわけにはいかない。

「お前も頑固だね。まあいい、さっさとグレートディアの肉を冷やすぞ。臭くなっちまう」

「あいよ」

 俺は薬室に残った薬きょうを排出し、新しく装填された弾も取り出してライフルを背中に背負った。
 グレートディアってクソ重たいんだよな。
 
「はぁ、ドワーフの誰かを連れてくるんだったな」

 俺は仕方なく腕に魔力を集中させてグレートディアの足を持ち上げた。





 
 夜、柔らかくワインで煮込まれたグレードディアの肉を味わった俺は食後のコーヒーを飲んでいた。
 やはりグレードディアのワイン煮込みは美味い。
 毎日でもいいくらいだ。
 毎日グレートディアを狩っていたらたぶん怒られるからやらないけど。
 グレートディアを毎日狩るのは諦め養殖する方法を模索しながらコーヒーの香りを楽しんでいると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴りバタバタと母さんが玄関に向かう音が聞こえてきた。
 こんな夜に客だろうか。
 母さんはすぐにバタバタと戻ってきて、俺の部屋をノックする。

「キリク、ユーリーちゃんが来てるわよ?」

「ユーリーが?すぐいくよ」

 ユーリーというのは近所に住むドワーフの女で、幼い頃から一緒に育った幼馴染というやつだ。
 といっても安い恋愛小説のような関係ではなく、こんな小さな村では村の子供はみんな幼馴染みたいなものなのだが。
 俺は一気に飲むにはまだ少し熱いコーヒーを無理やり飲み干し、玄関に向かう。
 やはり少し熱すぎたようで喉がヒリヒリする。
 横着をせずに後で冷たくなったコーヒーを温めなおして飲めばよかったと少し後悔した。
 玄関に出るとすでに母さんは台所に引っ込んだようでユーリーが一人で待っていた。
 ドワーフの女特有の子供みたいな体格に浅黒い肌、銀の髪。
 ギラリと光る赤い瞳を少し吊り上がらせた気の強そうな女だ。
 俺は長年の力関係から軽く気圧されながらも強がって平静を装い要件を尋ねた。

「なんだよ、こんな時間に」

「要件はわからないけど、なんか村長が呼んでる」

「村長が?呼ばれたのは俺だけなのか?」

「あんたと私だけ」

 ユーリーと俺だけか。
 なんの用事かは全く想像できない。
 まあ行ってみればわかるか。
 俺は自室に戻って上着を羽織り、村長の家に向かった。





「お前たち2人には王都にある王立魔法学園に行ってもらおうと思っとる」

「魔法学園?それって去年ニールが卒業したやつでしょ?」

「そうだ」

 王立魔法学園というのはその名の通り魔法を勉強するための学校で、この村からも何年かに一度数人の人間が入学している。
 俺の従兄であるニールは去年そこを卒業したばかりなのだ。
 魔法学園を卒業すれば魔法関係の仕事への就職は容易だと言われている中、ほとんど有用な魔法を覚えずに在学中4年間を遊んで過ごしたニールは当然どこにも就職できずに村に帰ってきた。

「ニール、お前のせいでこの2人の中の魔法学園のイメージが悪くなったじゃろうが!まったくお前というやつは……」

「悪かったってじいちゃん。でも俺だって何も魔法を覚えなかったわけじゃない」

「何を覚えたって言うんじゃ。やってみい」

「いくぜ、【着火】!!」

 ニールの魔力が不器用にゆらゆら動き、微妙に歪んだ魔法陣を形作る。
 そしてニールの指先に小さな小さな火が灯る。
 ニールはめちゃくちゃドヤ顔をしているが、この程度の魔法は当然魔法学園に行かなくても覚えることができる。
 魔法屋に行って銀貨の1枚でも支払えば半日ほどで使えるように指導してもらえることだろう。
 大体村にだってその程度の魔導書はある。
 独学でも頑張れば覚えることは可能だ。
 要は学園に行っていた4年間はずっと遊んでいたということだ。

「はぁ……。ニール、少し黙っておれ」

「はい」

 ニールの集中が途切れた瞬間に指先の火は揺らいで消えた。
 ニールは壁際に下がってお口にチャックのジェスチャーをする。

「話が少し逸れたが、今年15歳になる子供の中で魔法の才があるのはお前たち2人だけじゃ。できればどちらか1人、もしくは2人とも魔法学園に入学してほしいんじゃがの」

「俺は別にいいけど、ユーリーはどうする?」

「私も行ってもいい。村では学べない魔法も学べるんでしょ?」

「ああ、魔法学園の教育のレベルは保証する。確実に、お前たち2人のプラスになるはずじゃ」

 俺はともかく、ユーリーは本物の天才だ。
 すでにいくつかの魔法が使えることは知っているし、この調子で知識を吸収していけばきっと村にある魔導書に書かれた魔法すべてを使えるようになるだろう。
 将来のことはまだわからないけど、俺にとってもユーリーにとっても魔法学園はいい環境だと思う。

「村長が私たちに求めているのは学園に入学することだけ?」

「いや、まあニールのようになるなとは言わん。学園に行って友だちを作り、遊ぶこともお前たちには大事なことだと思うからじゃ。しかし、まあ村としてはちょっとだけ勉学にも力を入れてほしいと思っとる」

「これ以上ニールみたいな感じの奴が出たら村の恥になっちゃうから少しは勉強頑張れってことか」

「端的に言えばそうじゃ」

 まあよほど遊び呆けない限りはニールみたいなことにはならないだろう。
 

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