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132.田中君の葛藤
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「ごめんクロード、真田。本当にごめん。特に真田には謝っても許されることじゃないとはわかっているんだけど、謝らせてくれ。酷いことをして本当にごめん」
僕は突然の光景に目の前で食べようと思っていた焼き鳥(タレ)を取り落としそうになる。
僕の足元では、野球部っぽい坊主頭の田中君が地面に頭を擦り付けて頭を下げていた。
次の日になって、昨日トラブルを起こしそうになったクラスメイトたちが僕たちのいる廃墟風建築物にやってきたまでは僕も予想していたことだった。
しかしそのクラスメイトたちの中から田中君が進み出てきて、僕と志織ちゃんの足元で土下座し始めるというのは誰が予想しただろうか。
きっと他のクラスメイトたちも予想していなかったことだったのだろう。
皆一様にぽかんと口を開けて馬鹿みたいな顔で田中君の土下座を見つめている。
「昨日、こいつらが馬鹿なことをした。女子に乱暴しようとしたんだ」
「お、おいっ、田中!お前何言って……」
「馬鹿なことだと思って止めた。だけど、同時に思ったんだ。なんで俺は真田やクロードのことを無視することに加担したのに、今更いい子ぶってるのかって。なんで女子に乱暴するのはダメで、真田やクロードを無視するのは良いと思ってしまったのか。そう思ったら、後悔で胸がいっぱいになった。どうしようもなく、過去の自分を殴りたくなった」
田中君は何も考えていないような顔をして、色々と考えていたんだな。
思春期の少年少女は様々な葛藤を抱えて生きていると聞く。
僕はどんなことを悩んでいたのかあまり思い出せないけれど、何かしら悩んでいた気はする。
田中君も例外ではないのだろう。
「今更許してもらえるとは思っていない。だけど、頭を下げずにはいられないんだ」
頭を下げ続ける田中君の顔から、ぽたりぽたりと雫が滴り落ちる。
鼻水じゃなければ涙だろう。
普段泣きそうにない人の涙に絆されたわけではないが、僕は少し田中君のことを見直した。
僕は田中君の襟首を持ち、立ち上がらせる。
「クロード?ぶへっ」
僕の右ストレートが田中君の左頬にめり込む。
拳が非常に痛い。
骨にヒビが入っているかもな。
あとでゴブヒールに治療してもらおう。
「田中君。過去の君は殴れないから、今の君を殴った。僕はこれで許すよ。志織ちゃんはどうする?」
「うん。わたしも」
「ごっはっ」
志織ちゃんの左フックが田中君の右顎を抉るように捉える。
僕のへなちょこストレートとは違って腰の入った重い一撃だ。
田中君は白目を向いて、ガクガクと膝を振るわせる。
脳を揺らされて失神寸前だな。
「わたし、田中君はそこまで許せないわけじゃないの。クラス中に無視されて目も合わせてもらえないときに、田中君だけは時々目が合って申し訳なさそうに目を伏せていたから。わたしには目でごめんって言っているように見えた」
「あ、ありがとう……」
田中君はそれだけ言うと前のめりに倒れこむ。
僕は慌ててその身体を支える。
「効いた……」
田中君が言っているのが、僕のパンチのことではないのは明白だ。
僕は田中君に肩を貸して、建物の中に寝かせて戻る。
あれは少しの間立てないだろうな。
そして廃墟風建築物の前には、田中君がいなくなってしんと静まり返るクラスメイトたち。
「さて、お昼ご飯の続きといこうか、志織ちゃん」
「うん!」
田中君と和解して、少しだけ心が上向いた志織ちゃん。
心なしか笑顔が柔らかくなったような気がする。
僕は網の上でジュージューと暴力的な匂いを発する焼き鳥(タレ)をひっくり返していく。
ビールが飲みたいなぁ。
異世界だから未成年の飲酒に関する法律なんて無いと言いたいが、それでは昨日女子に乱暴しようとした男子たちと変わらないしな。
しょうがないので我慢する。
代わりに網の上で焼かれているライ麦パンをスライスして焼き鳥(タレ)を串から外して挟む。
芸がないようだけど結局、こうやって食べるのが一番美味しいんだよね。
僕と志織ちゃんは、多くのクラスメイトたちが見守る中で大きな口を開けてサンドイッチにかぶりついた。
「うん、美味しい」
「美味しい!!」
「「「ごくり……」」」
クラスメイトたちは一言も発することは無い。
何を言っていいのか迷っているのかな。
「お、おい、お前らその食料どうやって手に入れたんだ?」
「パンは僕の一昨日のお昼ご飯で、鳥はそのへん歩いていたよ」
また適当な嘘をつく。
本当はスーパーで買った鶏ももだ。
「な、なあ、その食料さ……」
「あれ?土下座する気になったの?僕は昨日土下座したら分けてあげるって言ったはずだけど」
「ちっ、マジでうぜぇ。おいみんな。ここは異世界だぜ。弱肉強食だ。ここに食料があって、それを持ってるのはもやし野朗だ。奪えばいいんだよ、食料なんてな!」
「そうよ、ここは異世界よ。真田、あんたママに助けでも呼んでみたらどうよ。できるものならね!」
「食料やら水を見つけたくらいで調子にのりやがって。ここには法律も警察もないんだよ」
そうだね、ここでは法律も警察も守ってくれない。
そんなことは良く知っている。
志織ちゃんが僕の服の袖をぎゅっと握り、不安そうに身を寄せてくる。
僕は志織ちゃんを安心させるために、背中をポンポンと2回軽く叩く。
前世でよく母さんがそうしてくれたことを覚えている。
背中に感じる手のひらの温もりが、なんとなく安心するんだよね。
「大丈夫、ちょっと下がってて」
「クロード……」
そんな泣きそうな顔をしなくても大丈夫なのに。
志織ちゃんは僕の召喚したガルーダとかを見ているはずなんだけどな。
僕は少しだけ前に出て、志織ちゃんを背中に庇う。
「勇敢じゃねえかよ、もやしがぁ!」
クラスメイトA、B、Cが殴りかかってくる。
しかしこれは、遅すぎる。
僕は体術はからっきしだけど、今まで僕が相手にしてきた人たちは強さは様々なれど戦闘のプロばかりだった。
それに比べたら、クラスメイトABCの動きはヨチヨチ歩きの乳幼児にしか感じない。
視力強化で強化された動体視力だけで十分に対処できる。
僕はクラスメイトAのだるんだるんのテレフォンパンチを避けて、向こう脛に思い切り蹴りを入れる。
「いってぇぇぇっ」
それだけでクラスメイトAは脛を押さえて悶絶する。
クラスメイトBのパンチはそもそも僕に当てる気がない。
人を殴ることにまだ躊躇がある。
クラスメイトCは重心が前に傾きすぎている。
パンチを避けて足を引っ掛けただけで簡単に転んだ。
僕は転んだクラスメイトCの鳩尾に爪先を叩き込む。
「ぐぼぁっ」
「ここは異世界で、弱肉強食なんだっけ?法律や警察も守ってくれないから何やってもいいんだっけ?」
僕はクラスメイトCの脇腹に蹴りを入れて転がすと、股間に足を乗せてグリグリと踏み潰す。
「んぐぁぁぁぁぁっ、や、やめろっ。やめてくれっ。潰れるっ、潰れちゃうっ」
「あははっ、何で僕がやめないといけないんだよ。君たちが襲い掛かってきたんじゃないか」
「ごべんなざい。俺が、俺がわるがっだからぁぁぁっ、もう、やめてくださいっ」
僕は股間からぱっと足を離す。
嫌な感触だ。
帰ったらお母様に膝枕してもっらって忘れたいね。
「奪いたいなら奪えばいいけど、反撃は覚悟してれるとありがたいね。次はやめろって言われてもやめないと思うから」
クラスメイトたちは青い顔で後ずさる。
その程度の覚悟で、よく人から奪おうとしたものだ。
僕は軽く呆れた。
「ほら、来なよ。来ないならどっかいってくれないか?僕たちはこれからお昼ご飯なん……」
だからと言おうとしたが、足元に揺れを感じて言いよどむ。
なんだ、地震か?
ごごごごっと荒野全体が揺れているような気がする。
次の瞬間、地面が割れた。
「「「うわぁぁぁぁぁっ!!」」」
「志織ちゃん、僕に掴まって」
「うん!」
割れた地面の下から、なにやらもにょもにょと透明な物体が這い出てくる。
それは見たこともないほどに巨大なスライムだった。
僕は突然の光景に目の前で食べようと思っていた焼き鳥(タレ)を取り落としそうになる。
僕の足元では、野球部っぽい坊主頭の田中君が地面に頭を擦り付けて頭を下げていた。
次の日になって、昨日トラブルを起こしそうになったクラスメイトたちが僕たちのいる廃墟風建築物にやってきたまでは僕も予想していたことだった。
しかしそのクラスメイトたちの中から田中君が進み出てきて、僕と志織ちゃんの足元で土下座し始めるというのは誰が予想しただろうか。
きっと他のクラスメイトたちも予想していなかったことだったのだろう。
皆一様にぽかんと口を開けて馬鹿みたいな顔で田中君の土下座を見つめている。
「昨日、こいつらが馬鹿なことをした。女子に乱暴しようとしたんだ」
「お、おいっ、田中!お前何言って……」
「馬鹿なことだと思って止めた。だけど、同時に思ったんだ。なんで俺は真田やクロードのことを無視することに加担したのに、今更いい子ぶってるのかって。なんで女子に乱暴するのはダメで、真田やクロードを無視するのは良いと思ってしまったのか。そう思ったら、後悔で胸がいっぱいになった。どうしようもなく、過去の自分を殴りたくなった」
田中君は何も考えていないような顔をして、色々と考えていたんだな。
思春期の少年少女は様々な葛藤を抱えて生きていると聞く。
僕はどんなことを悩んでいたのかあまり思い出せないけれど、何かしら悩んでいた気はする。
田中君も例外ではないのだろう。
「今更許してもらえるとは思っていない。だけど、頭を下げずにはいられないんだ」
頭を下げ続ける田中君の顔から、ぽたりぽたりと雫が滴り落ちる。
鼻水じゃなければ涙だろう。
普段泣きそうにない人の涙に絆されたわけではないが、僕は少し田中君のことを見直した。
僕は田中君の襟首を持ち、立ち上がらせる。
「クロード?ぶへっ」
僕の右ストレートが田中君の左頬にめり込む。
拳が非常に痛い。
骨にヒビが入っているかもな。
あとでゴブヒールに治療してもらおう。
「田中君。過去の君は殴れないから、今の君を殴った。僕はこれで許すよ。志織ちゃんはどうする?」
「うん。わたしも」
「ごっはっ」
志織ちゃんの左フックが田中君の右顎を抉るように捉える。
僕のへなちょこストレートとは違って腰の入った重い一撃だ。
田中君は白目を向いて、ガクガクと膝を振るわせる。
脳を揺らされて失神寸前だな。
「わたし、田中君はそこまで許せないわけじゃないの。クラス中に無視されて目も合わせてもらえないときに、田中君だけは時々目が合って申し訳なさそうに目を伏せていたから。わたしには目でごめんって言っているように見えた」
「あ、ありがとう……」
田中君はそれだけ言うと前のめりに倒れこむ。
僕は慌ててその身体を支える。
「効いた……」
田中君が言っているのが、僕のパンチのことではないのは明白だ。
僕は田中君に肩を貸して、建物の中に寝かせて戻る。
あれは少しの間立てないだろうな。
そして廃墟風建築物の前には、田中君がいなくなってしんと静まり返るクラスメイトたち。
「さて、お昼ご飯の続きといこうか、志織ちゃん」
「うん!」
田中君と和解して、少しだけ心が上向いた志織ちゃん。
心なしか笑顔が柔らかくなったような気がする。
僕は網の上でジュージューと暴力的な匂いを発する焼き鳥(タレ)をひっくり返していく。
ビールが飲みたいなぁ。
異世界だから未成年の飲酒に関する法律なんて無いと言いたいが、それでは昨日女子に乱暴しようとした男子たちと変わらないしな。
しょうがないので我慢する。
代わりに網の上で焼かれているライ麦パンをスライスして焼き鳥(タレ)を串から外して挟む。
芸がないようだけど結局、こうやって食べるのが一番美味しいんだよね。
僕と志織ちゃんは、多くのクラスメイトたちが見守る中で大きな口を開けてサンドイッチにかぶりついた。
「うん、美味しい」
「美味しい!!」
「「「ごくり……」」」
クラスメイトたちは一言も発することは無い。
何を言っていいのか迷っているのかな。
「お、おい、お前らその食料どうやって手に入れたんだ?」
「パンは僕の一昨日のお昼ご飯で、鳥はそのへん歩いていたよ」
また適当な嘘をつく。
本当はスーパーで買った鶏ももだ。
「な、なあ、その食料さ……」
「あれ?土下座する気になったの?僕は昨日土下座したら分けてあげるって言ったはずだけど」
「ちっ、マジでうぜぇ。おいみんな。ここは異世界だぜ。弱肉強食だ。ここに食料があって、それを持ってるのはもやし野朗だ。奪えばいいんだよ、食料なんてな!」
「そうよ、ここは異世界よ。真田、あんたママに助けでも呼んでみたらどうよ。できるものならね!」
「食料やら水を見つけたくらいで調子にのりやがって。ここには法律も警察もないんだよ」
そうだね、ここでは法律も警察も守ってくれない。
そんなことは良く知っている。
志織ちゃんが僕の服の袖をぎゅっと握り、不安そうに身を寄せてくる。
僕は志織ちゃんを安心させるために、背中をポンポンと2回軽く叩く。
前世でよく母さんがそうしてくれたことを覚えている。
背中に感じる手のひらの温もりが、なんとなく安心するんだよね。
「大丈夫、ちょっと下がってて」
「クロード……」
そんな泣きそうな顔をしなくても大丈夫なのに。
志織ちゃんは僕の召喚したガルーダとかを見ているはずなんだけどな。
僕は少しだけ前に出て、志織ちゃんを背中に庇う。
「勇敢じゃねえかよ、もやしがぁ!」
クラスメイトA、B、Cが殴りかかってくる。
しかしこれは、遅すぎる。
僕は体術はからっきしだけど、今まで僕が相手にしてきた人たちは強さは様々なれど戦闘のプロばかりだった。
それに比べたら、クラスメイトABCの動きはヨチヨチ歩きの乳幼児にしか感じない。
視力強化で強化された動体視力だけで十分に対処できる。
僕はクラスメイトAのだるんだるんのテレフォンパンチを避けて、向こう脛に思い切り蹴りを入れる。
「いってぇぇぇっ」
それだけでクラスメイトAは脛を押さえて悶絶する。
クラスメイトBのパンチはそもそも僕に当てる気がない。
人を殴ることにまだ躊躇がある。
クラスメイトCは重心が前に傾きすぎている。
パンチを避けて足を引っ掛けただけで簡単に転んだ。
僕は転んだクラスメイトCの鳩尾に爪先を叩き込む。
「ぐぼぁっ」
「ここは異世界で、弱肉強食なんだっけ?法律や警察も守ってくれないから何やってもいいんだっけ?」
僕はクラスメイトCの脇腹に蹴りを入れて転がすと、股間に足を乗せてグリグリと踏み潰す。
「んぐぁぁぁぁぁっ、や、やめろっ。やめてくれっ。潰れるっ、潰れちゃうっ」
「あははっ、何で僕がやめないといけないんだよ。君たちが襲い掛かってきたんじゃないか」
「ごべんなざい。俺が、俺がわるがっだからぁぁぁっ、もう、やめてくださいっ」
僕は股間からぱっと足を離す。
嫌な感触だ。
帰ったらお母様に膝枕してもっらって忘れたいね。
「奪いたいなら奪えばいいけど、反撃は覚悟してれるとありがたいね。次はやめろって言われてもやめないと思うから」
クラスメイトたちは青い顔で後ずさる。
その程度の覚悟で、よく人から奪おうとしたものだ。
僕は軽く呆れた。
「ほら、来なよ。来ないならどっかいってくれないか?僕たちはこれからお昼ご飯なん……」
だからと言おうとしたが、足元に揺れを感じて言いよどむ。
なんだ、地震か?
ごごごごっと荒野全体が揺れているような気がする。
次の瞬間、地面が割れた。
「「「うわぁぁぁぁぁっ!!」」」
「志織ちゃん、僕に掴まって」
「うん!」
割れた地面の下から、なにやらもにょもにょと透明な物体が這い出てくる。
それは見たこともないほどに巨大なスライムだった。
応援ありがとうございます!
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