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94.悪徳商人
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次の日だ。
僕たちが向かったのはとある高級旅館。
昨日はその宿よりもワンランク下の宿屋に泊まった僕たち一行。
本来ならばリグリット様ともあろう方が泊まるべきはこの町で一番の宿であるその旅館であるはずだったのだが、件の商人が泊まっている宿に一緒に泊まるわけにもいくまい。
僕たちにとってはワンランク下の宿でも十分にいい宿だったのだけれど、リグリット様たちはなにか屈辱感のようなものを感じたらしく今日はその商人への当たりが相当にきつくなるものと思われる。
さて、海千山千の悪徳商人相手にどんな立ち回りを見せるのか。
傍観者気分で眺めていたいけれど、僕たちはそのリグリット様の護衛なんだよね。
向こうにも腕の立つ護衛とかはいるだろうし、ゴブ次郎には頑張ってもらわないと。
僕?いやそういう至近距離での切った貼ったは生憎と苦手中の苦手でして。
リグリット様たちの肉壁に務めて参りたい所存。
肉壁ってなんかエロいよね、言葉の響きが。
「それで貴族のご子息が護衛を大勢引き連れていったいなんの用事なのでしょうかね?」
僕たち伯爵家側の悪徳商人調査チームと、悪徳商人チームが旅館のロビーで対峙する。
ソファーテーブルを挟んでこちら側にはリグリット様たち伯爵家チーム15人プラス僕たち。
あちら側には悪徳商人とその愉快な仲間たち20人。
ちなみに愉快な仲間たちはみんな世紀末からやってきたように強面で、本当に愉快な顔をしている。
件の悪徳商人はまさに悪徳商人を絵に描いたような人物だった。
でっぷりと太っていて、全身を煌びやかなアクセサリーで飾り立てた悪趣味な男。
しかしそのナマズとゴリラを足して2で割って1余ったような顔には、余裕の表れなのかニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「そういえば、昨日は市井の下賎な宿にお泊りになったとか。言ってくださればこちらの宿にお泊りになる代金くらいはお貸ししたんですけどねぇ」
明らかな挑発なのだけど、この言葉に伯爵家側は僕たちを覗いて一人残らず顔を真っ赤にして激昂する。
向こうはこちらを怒らせてなんらかの反応を引き出そうとしているのだろうか。
商人側としても伯爵家と事を起こすなんてデメリットしかないように思えるのだけどね。
何かがおかしい。
リグリット様たちは少し熱くなりすぎているような気もする。
これは、精神に作用するスキルを使っている可能性もあるな。
「貴様らには2つの嫌疑がかかっている」
そんな皆が怒りの感情に支配されてしまいそうな中でも、リグリット様は自分の仕事を忘れない。
なかなか尊敬できる自制心だ。
僕には無理そうだね。
お腹が空いているときに目の前にドーナツが出されたとしたら、仕事を優先することなんてできやしない。
「1つは1年半ほど前、エルフの行商人に対して販売禁止指定のスキルを販売した嫌疑」
「ほう?1年半ほど前ですか。それで、そのエルフの行商人は捕まったんですかね?その行商人から私の名前でも聞きましたか?」
向こうはこちらがエルフを捕らえることが出来なかったことを知っているとみえる。
これだけの宿に泊まることができる商人なのだ、独自の情報網のひとつやふたつはありそうだ。
しかしエルフが捕まらなかったことは痛いけれど、捕まっていてもなんか微妙な気分になるな。
エルフとは本当に厄介な存在だ。
「残念ながらエルフの行商人を捕まえることはできなかった。しかし、お前とエルフの行商人が会ってなにやら話をしていたと証言するものがいるのだ」
「しかし、その証言が本当である証拠はどこにもありませんよね。会って話しただけでご禁制品の密売をした証拠にもなりませんし」
確固たる証拠がないというのが辛いな。
貴族の強権で逮捕することもできはするのだろうが、強権を発動したという前例を残すことになる。
証拠もなく人を捕らえるというのは民衆と支配者の間の軋轢に繋がりかねない。
それが何かの拍子に暴発すれば、最悪武装蜂起になる可能性もある。
強権の発動とは、諸刃の剣なのだと会長がさっきこっそり教えてくれた。
「ふー……」
リグリット様はやはり自分のメンタルになにか違和感を感じたのか、クールダウンするために深呼吸を始める。
そしてキリッと顔を引き締めたときにはもう若獅子のような精悍な顔になっていた。
「なるほど。確かに証拠がない。1年半前の事件はな。しかしつい先日の事件はどうだ。これが2つ目の嫌疑だ。貴様にはワイバーン襲撃事件に関与した疑いがかけられている」
「ほう、それで?そちらの嫌疑に対しては明確な証拠を提示していただけるのですよね?」
「いや、残念ながらそちらにも明確な証拠は無い。すべて状況証拠ばかりだ」
「リグリット様ともあろうお方が、それで人を捕縛できると考えてはおいでになりませんよね?私どもといたしましても、そちらが根拠のない罪で不当に捕縛に乗り出すと申されるのであれば抵抗くらいはさせていただきますのであしからず」
そう言って悪徳商人は脇を固める強面の男達をチラリと見て、ニヤリと笑った。
抵抗くらいとは言っているものの、なかなかの戦力だ。
周りを固めている男達を一人ひとり鑑定していくが、全員レベル6以上のスキルを一つは持っている。
これは騎士と同じくらいの強さはある。
しかし育ちは悪そうに見えるのでどこかの盗賊まがいの傭兵団といったところか。
僕たち抜きの伯爵家チームだけでは、怪我人がたくさん出ていたかもしれない。
しかしそれだけに、こんなところで商人の護衛として駐留させておくには大きすぎる戦力な気もする。
いったい何をたくらんでいるんだ。
「そうかっかするなよ。何も証拠もなしに捕縛するなどとは言っていない」
「別に苛立ってなどおりませんよ?私どもの覚悟をお伝えしただけにございます」
悪徳商人は余裕の態度を崩さない。
その余裕は後ろに控える戦力のおかげなのか、それとも何かたくらみがあるのか。
しかしリグリット様もまた取り乱すことは無い。
余裕たっぷりに足など組んで、足が長くて羨ましいです。
「確かに、貴様らが此度のワイバーン襲撃事件に関わっていた証拠は無いが、別に僕はそんなことで貴様を捕縛しに来たわけでは無い。さっき嫌疑が2つと言ったが、実は確定している罪がもう一つあるんだ。悪徳商人マルロー・レイニア、貴様を国家反逆罪で捕縛する」
「こ、国家反逆罪でございますか?私が何か国に対して不利益をもたらすようなことをしたでしょうか」
悪徳商人は白々しく困ったような顔をする。
また証拠が無いのではないかと思っているのだろう。
でもあのリグリット様の様子では、多分なにか掴んでいると思うんだよな。
「貴様、帝国軍人籍を持っているな?何ゆえに帝国軍人である貴様が我が国で商人なんぞやっている?」
「なにかの間違いではございませんか?」
いつまでも余裕の態度を崩さない悪徳商人。
リグリット様は更にたたみ掛ける。
「とぼけるな。貴様が帝国軍人であり、本国と密接に連絡を取り合っているという証拠は上がっている。年貢の納め時だぞ、マルロー・レイニア。いや、帝国軍人ポルコ・レイアース」
ピクリ、と悪徳商人改め帝国軍人のポルコの眉がわずかに反応した。
いままでニヤニヤとした気持ちの悪くなるニヤケ面だったポルコの顔が能面のように無表情になる。
「なるほど、そこまで調べていらっしゃるのであればもはや隠し立てする意味もありませんね」
「認めるのだな?」
「ええ、私が帝国東部方面軍所属、第十三分隊隊長のポルコ・レイアースです」
「捕らえ……」
捕らえろ!そう言おうとしたリグリット様に向かって四方八方から魔法が放たれた。
僕たちが向かったのはとある高級旅館。
昨日はその宿よりもワンランク下の宿屋に泊まった僕たち一行。
本来ならばリグリット様ともあろう方が泊まるべきはこの町で一番の宿であるその旅館であるはずだったのだが、件の商人が泊まっている宿に一緒に泊まるわけにもいくまい。
僕たちにとってはワンランク下の宿でも十分にいい宿だったのだけれど、リグリット様たちはなにか屈辱感のようなものを感じたらしく今日はその商人への当たりが相当にきつくなるものと思われる。
さて、海千山千の悪徳商人相手にどんな立ち回りを見せるのか。
傍観者気分で眺めていたいけれど、僕たちはそのリグリット様の護衛なんだよね。
向こうにも腕の立つ護衛とかはいるだろうし、ゴブ次郎には頑張ってもらわないと。
僕?いやそういう至近距離での切った貼ったは生憎と苦手中の苦手でして。
リグリット様たちの肉壁に務めて参りたい所存。
肉壁ってなんかエロいよね、言葉の響きが。
「それで貴族のご子息が護衛を大勢引き連れていったいなんの用事なのでしょうかね?」
僕たち伯爵家側の悪徳商人調査チームと、悪徳商人チームが旅館のロビーで対峙する。
ソファーテーブルを挟んでこちら側にはリグリット様たち伯爵家チーム15人プラス僕たち。
あちら側には悪徳商人とその愉快な仲間たち20人。
ちなみに愉快な仲間たちはみんな世紀末からやってきたように強面で、本当に愉快な顔をしている。
件の悪徳商人はまさに悪徳商人を絵に描いたような人物だった。
でっぷりと太っていて、全身を煌びやかなアクセサリーで飾り立てた悪趣味な男。
しかしそのナマズとゴリラを足して2で割って1余ったような顔には、余裕の表れなのかニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「そういえば、昨日は市井の下賎な宿にお泊りになったとか。言ってくださればこちらの宿にお泊りになる代金くらいはお貸ししたんですけどねぇ」
明らかな挑発なのだけど、この言葉に伯爵家側は僕たちを覗いて一人残らず顔を真っ赤にして激昂する。
向こうはこちらを怒らせてなんらかの反応を引き出そうとしているのだろうか。
商人側としても伯爵家と事を起こすなんてデメリットしかないように思えるのだけどね。
何かがおかしい。
リグリット様たちは少し熱くなりすぎているような気もする。
これは、精神に作用するスキルを使っている可能性もあるな。
「貴様らには2つの嫌疑がかかっている」
そんな皆が怒りの感情に支配されてしまいそうな中でも、リグリット様は自分の仕事を忘れない。
なかなか尊敬できる自制心だ。
僕には無理そうだね。
お腹が空いているときに目の前にドーナツが出されたとしたら、仕事を優先することなんてできやしない。
「1つは1年半ほど前、エルフの行商人に対して販売禁止指定のスキルを販売した嫌疑」
「ほう?1年半ほど前ですか。それで、そのエルフの行商人は捕まったんですかね?その行商人から私の名前でも聞きましたか?」
向こうはこちらがエルフを捕らえることが出来なかったことを知っているとみえる。
これだけの宿に泊まることができる商人なのだ、独自の情報網のひとつやふたつはありそうだ。
しかしエルフが捕まらなかったことは痛いけれど、捕まっていてもなんか微妙な気分になるな。
エルフとは本当に厄介な存在だ。
「残念ながらエルフの行商人を捕まえることはできなかった。しかし、お前とエルフの行商人が会ってなにやら話をしていたと証言するものがいるのだ」
「しかし、その証言が本当である証拠はどこにもありませんよね。会って話しただけでご禁制品の密売をした証拠にもなりませんし」
確固たる証拠がないというのが辛いな。
貴族の強権で逮捕することもできはするのだろうが、強権を発動したという前例を残すことになる。
証拠もなく人を捕らえるというのは民衆と支配者の間の軋轢に繋がりかねない。
それが何かの拍子に暴発すれば、最悪武装蜂起になる可能性もある。
強権の発動とは、諸刃の剣なのだと会長がさっきこっそり教えてくれた。
「ふー……」
リグリット様はやはり自分のメンタルになにか違和感を感じたのか、クールダウンするために深呼吸を始める。
そしてキリッと顔を引き締めたときにはもう若獅子のような精悍な顔になっていた。
「なるほど。確かに証拠がない。1年半前の事件はな。しかしつい先日の事件はどうだ。これが2つ目の嫌疑だ。貴様にはワイバーン襲撃事件に関与した疑いがかけられている」
「ほう、それで?そちらの嫌疑に対しては明確な証拠を提示していただけるのですよね?」
「いや、残念ながらそちらにも明確な証拠は無い。すべて状況証拠ばかりだ」
「リグリット様ともあろうお方が、それで人を捕縛できると考えてはおいでになりませんよね?私どもといたしましても、そちらが根拠のない罪で不当に捕縛に乗り出すと申されるのであれば抵抗くらいはさせていただきますのであしからず」
そう言って悪徳商人は脇を固める強面の男達をチラリと見て、ニヤリと笑った。
抵抗くらいとは言っているものの、なかなかの戦力だ。
周りを固めている男達を一人ひとり鑑定していくが、全員レベル6以上のスキルを一つは持っている。
これは騎士と同じくらいの強さはある。
しかし育ちは悪そうに見えるのでどこかの盗賊まがいの傭兵団といったところか。
僕たち抜きの伯爵家チームだけでは、怪我人がたくさん出ていたかもしれない。
しかしそれだけに、こんなところで商人の護衛として駐留させておくには大きすぎる戦力な気もする。
いったい何をたくらんでいるんだ。
「そうかっかするなよ。何も証拠もなしに捕縛するなどとは言っていない」
「別に苛立ってなどおりませんよ?私どもの覚悟をお伝えしただけにございます」
悪徳商人は余裕の態度を崩さない。
その余裕は後ろに控える戦力のおかげなのか、それとも何かたくらみがあるのか。
しかしリグリット様もまた取り乱すことは無い。
余裕たっぷりに足など組んで、足が長くて羨ましいです。
「確かに、貴様らが此度のワイバーン襲撃事件に関わっていた証拠は無いが、別に僕はそんなことで貴様を捕縛しに来たわけでは無い。さっき嫌疑が2つと言ったが、実は確定している罪がもう一つあるんだ。悪徳商人マルロー・レイニア、貴様を国家反逆罪で捕縛する」
「こ、国家反逆罪でございますか?私が何か国に対して不利益をもたらすようなことをしたでしょうか」
悪徳商人は白々しく困ったような顔をする。
また証拠が無いのではないかと思っているのだろう。
でもあのリグリット様の様子では、多分なにか掴んでいると思うんだよな。
「貴様、帝国軍人籍を持っているな?何ゆえに帝国軍人である貴様が我が国で商人なんぞやっている?」
「なにかの間違いではございませんか?」
いつまでも余裕の態度を崩さない悪徳商人。
リグリット様は更にたたみ掛ける。
「とぼけるな。貴様が帝国軍人であり、本国と密接に連絡を取り合っているという証拠は上がっている。年貢の納め時だぞ、マルロー・レイニア。いや、帝国軍人ポルコ・レイアース」
ピクリ、と悪徳商人改め帝国軍人のポルコの眉がわずかに反応した。
いままでニヤニヤとした気持ちの悪くなるニヤケ面だったポルコの顔が能面のように無表情になる。
「なるほど、そこまで調べていらっしゃるのであればもはや隠し立てする意味もありませんね」
「認めるのだな?」
「ええ、私が帝国東部方面軍所属、第十三分隊隊長のポルコ・レイアースです」
「捕らえ……」
捕らえろ!そう言おうとしたリグリット様に向かって四方八方から魔法が放たれた。
応援ありがとうございます!
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