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91.騎士と貴族

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「はへ?」

 あまりにも、マヌケな声が出た。
 
「グギャグギャ(火遁の術)」

 いまにもギルドの訓練場に突っ込みそうなワイバーンを止めたのは、うちの超優秀な忍だった。
 人間が何人も入ってしまいそうな大きさの火球がワイバーンに飛んでいき、爆発する。
 チリチリと肌を焼くような熱風が吹き荒れる。
 僕は飛ばされそうになってミゲル君に首根っこを掴まれた。

「ぐぇっ」

 もうちょっとやさしくして。
 それにしてもファインプレーだよゴブ次郎。
 お前の好きなキャラメルフラペチーノを買ってあげよう。
 黒焦げになったワイバーンが冒険者ギルドから少し離れた場所に落ちてくる。
 地響きを上げてワイバーンは近所の雑貨屋に落ちた。
 
「あああ、俺の店が……」

 雑貨屋の店主であろう人物が嘆き、膝から崩れ落ちる。
 あれは僕のせいじゃないよね。
 逃がした騎士団が悪いんだもの。
 ゴブ次郎が止めなかったらここに突っ込んで怪我人もしくは死人が出ていたかもしれない。
 
「おい、今やったの誰だ?火魔法の使い手だと思うんだが」

「うちだ!うちのケリーがやった!!レベル5以上の火魔法使いがいるのはうちだけだ!!」

 冒険者たちはすでに論功を話し合っている。
 まだワイバーンの脅威は去ったわけではないというのに。
 というかやったのはゴブ次郎なのに……。
 しかしゴブ次郎がやったと名乗り出ることはメリットよりもデメリットのほうが多いように思える。
 お金も名誉も冒険者ランクも、そこまでして欲しいものでもない。
 僕のスキルやゴブ次郎の存在を明かすリスクに見合うものではない。
 ここはどこかの誰かに譲っておこう。
 
「街中までワイバーンを入れてしまうなんて、騎士団はなにをやっているんだ」

「そうだぜ、おかげで俺の店が潰れちまった!」

 民間人たちもワイバーンがあっという間に火魔法で黒こげになったことによって危機感が薄れてしまったようだ。
 そうなるとワイバーンを街中に入れてしまった騎士団に不満の矛先は向いてしまう。
 民間人はガヤガヤと口々に不満を漏らし始める。
 みんないきなりのワイバーンの襲来でストレスが限界だったのだろう。
 全く、押すなしゃべるな慌てるなというのは避難の常識だというのに。
 そこにタイミング悪く入ってくる騎士団。
 外の討伐が終わって、市民の様子を見に来たのだろうがちょっと間が悪い。
 
「静かにせよ!!」

「外のワイバーンの討伐が終わった。この後は夕方まで様子を見て夜には各自家に帰っていい」

 騎士団は1匹逃したことを謝りもせず、高圧的にそう言い放った。
 もうちょっと空気を読もう、僕のように。
 
「1匹逃がしたくせに偉そうに……」

 一人の冒険者がぼそりと呟く。
 しかし静まり返ったギルドの中にはその微かな声でさえよく響いた。

「貴様ら、今陰口を叩いたのはどいつだ!!俺達は街のために命をかけて戦ったのだぞ!!」

「普段偉そうにしてるんだからこういう時に命をかけるのは当たり前だろ……」

「俺達だって命くらい毎日かけてるっての……」

「俺の店は誰が補償してくれるんだ……」

 市民と冒険者、騎士団の間になんともいえない空気が流れ始める。
 こういう空気は嫌だね。
 騎士団も頑張ったし、冒険者たちも別に何もしてないんだから文句言わなくたっていいのに。
 雑貨屋の店主は、まあがんばれ。
 
「貴様ら、我ら騎士を愚弄するか!!」

「何が騎士だ!パパに買ってもらったスキルを振り回してるだけだろうが!!」

 おいおい、やばいってこれは。
 冒険者は今回何もしてないんだからちょっと黙っててくれないかな。
 一触即発の空気だ。

「ま、まあまあ両者ともにちょっと熱くならずに」

「冒険者はちょっと黙れ!」

 うちの空気読める代表の会長と、冒険者ギルドのギルドマスターが冒険者と騎士たちを宥め始める。
 ギルドマスターは元Aランク冒険者で、引退した今でもかなり強い。
 冒険者の中にはギルドマスターに恩があるものも多いので従いやすい。
 冒険者側はギルドマスターの一声で黙った。
 まあ彼ら基本的に何もしてないからね。
 市民に便乗して不満を口にしていただけだ。
 しかし平民に宥められても納まらないのが騎士たちだ。
 
「触るな!!」

 ばい菌がうつるとばかりに宥めようとした会長を突き飛ばす騎士。
 ぞわり、と僕の背中が殺気に震える。
 背中を見ると鬼が居た。
 ちょっとリリー姉さん、騎士相手はまずいって。
 僕は慌ててリリー姉さんの肩を押さえるが、僕の力ではビクともしない。
 そのまま引きずられて僕は一緒に騎士の前に踊り出た。
 
「ちょっとあんた!うちのパーティメンバーはあんたたちのためを思って宥めてくれてたのに、あんたのその態度はなんなのよ!!」

「なんだ、貴様は!!」

「あんたこそなんなのよ!!」

 もはや会話はかみ合っていない。
 これまでか。
 僕の安寧の時間は短かったな。
 冤罪で犯罪奴隷にされて、やっと出てこられたと思ったのに。
 僕が諦めかけたそのとき、ギルドのドアを潜って煌びやかな人たちが入ってきた。
 それは忘れもしない金髪のイケメン。
 僕よりも年下なのにすでに王者の風格を漂わせるその人物こそは、この伯爵領を治める伯爵家の三男にしてお貴族様冒険者パーティのリーダー、リグリット様だ。
 後ろからパーティメンバーでありやはり全員貴族のロクサス様とクリスティーナ様、ミランダ様も続く。
 服が少し汚れているところを見るに、外でワイバーンと戦っていたのかもしれない。
 しかしそんな衣服の汚れもまたアクセサリーなのかと感じさせてしまうような気品溢れるイケメン力と女子力(謎)。
 場の空気はあっという間に変わった。

「貴様ら、何をしている」

「は!み、民間人に、討伐終了をお知らせしております!」

「1匹逃がしたそうだが、そのことはきちんと謝ったのか?」

「い、いえ、それは、その……」

「馬鹿者が!!」
 
 リグリット様は騎士たちの中の責任者っぽい人を思い切り殴り飛ばす。
 なんらかのマジックアイテムであろう全身鎧を着た人物が、リグリット様に殴られて壁際まで吹き飛んだ。
 しかしなんとか気絶はしていないようで、生まれたての小鹿のようなガクガクの足で立ち上がろうとする。

「も、申し訳、ございません」

「皆のもの、このたび騎士団はワイバーンを1匹街に入れてしまうというミスを犯した。市民の皆を危険にさらしてしまい大変申し訳なかった。倒壊した建物の補償も、伯爵家で行うと約束しよう」

 リグリット様は真剣な顔で、市民に対して頭を下げた。
 落ちてきたワイバーンの下敷きとなって倒壊してしまった雑貨屋の店主は胸をなでおろす。
 なんとか騎士団と市民の軋轢は解消されたみたいだ。
 やっぱり市民感情をコントロールするということも上に立つものには必要なんだな。
 そのへんのバランス感覚が、領地を持つ貴族である伯爵家に属するものとその陪臣の違いなのかな。
 騎士は貴族出身が多いけど、みんな三男や四男が多いから当主としての教育とか受けてないものね。
 それにしても、あの強そうな騎士を殴りとばせるようになるとは。
 リグリット様はゴブリンに追いかけられていた頃とは別人のように強くなられた。
 まあ自慢じゃないけど僕も強くなったけどね。
 仲間もできたし。



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