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75.怒り

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「アニキ、俺、すげぇ臆病者なんだよ。いつもナイフを持ち歩いていないと怖くて仕方がねえ」

 千刃の拓はそうして作られたんだね。
 でもその気持ちが分からないこともない。
 こちらの世界には魔物は居ないけれど、人間がたくさんいる。
 人間は魔物と比較できないくらい醜くて怖い、狂った生き物だ。
 僕は明らかに集団で暴行されたであろう隣に眠る女の子にちらりと目をやる。
 人間はこんなに高度な文明を作り上げたのに、未だやってることはゴブリンと変わりない。
 理性というものがあるのに、それを振り切って本能のままに振舞う人間という生き物が怖くて仕方が無いよ。

「どいつもこいつも俺を見下しているように見えてムカついた。だからナイフを出して脅した。そしたらみんな俺にビビッて金を差し出した。なんか、俺が凄くなったみたいで気持ちよかった」

 それは暴力によって誰かを虐げる快感。
 今まで劣等感を味わってきたものほど、その快感を無視するのは難しい。
 だけど、そんなものは一時の快感に過ぎないんだ。
 ここが弱肉強食の自然界でもない限りは、そんなことを続けていればいつか破滅する。
 拓君が僕に出会ったように。
 そして、今こんな状況になっているように。

「ある日アニキと出会った。この世にこんな圧倒的な力が存在すると思わなかった。今までナイフなんて振り回してイキがってたのがバカらしくなった」

 僕と出会ったことが、拓君にとってはたして良いことであったのかは分からない。
 でもきっと、あのまま街角で人に迷惑をかけ続ける生活を送っているよりは良かったのだと思いたい。
 この青年は心根は優しいのだ。
 僕はすべての人間が心に善を宿しているというような考えは持っていないが、拓君はまだやり直せる。
 そう思ったから僕はこちらでのビジネスのパートナーに拓君を選んだのだ。

「アニキといると毎日楽しくて、こんな俺でも生きてていいんだって思えた。許されたって思えたよ」

 ところが運命というものは、なかなかそううまくは回らない。
 過去に犯した罪に対する罰というのは、えてして幸福の絶頂の中にやってくる。
 この世界、いや、すべての世界はそういう風にできているのだと思う。
 
「これは報いなんだよ……。そこの娘をヤったのも、俺をやったのも、俺が仲間だと思っていた奴等なんだよ!!」

 それは、なんともな運命じゃないか。
 マイルドヤンキーというのは仲間を大事にすると聞いたことがあるが、ガチモンのヤンキーは仲間なんてなんとも思っていないのだろうか。
 しょせん本物の仲間と呼ぶにはあまりにも薄っぺらい友達ごっこに過ぎなかったのかもしれない。
 金のためなら平然とその暴力を向けられる程度の繋がり。
 けれど、拓君はきっと本物の仲間だと思っていたんだ。
 だから裏切られたような気持ちになっている。
 信じていたものに裏切られるのはとても辛い。
 
「この娘は俺のバイト先の知り合いなんだ。俺と一緒にいただけで、巻き込んじまった。もう、俺は、どうしたらいいのか……」

「落ち着くんだ」

「アニキ……」

「人間、生きていれば色んなことがある。もう生きていたくないと思うようなこともあるだろう」

 僕にこんな物語の主人公みたいに人を諭す役目なんていうのは少し荷が重い。
 でも、ここには僕しかいない。
 ガラじゃないけれど、拓君には僕のビジネスパートナーを続けて欲しいからね。
 この隣の女の子も僕にはどうすることもできないから拓君になんとかしてほしいし。

「そういうときは、一度人間としての思考をやめてみるんだ」

 あかん、もう挫けそうだ。
 自分でも意味分からんことを言っている自覚はある。

「そ、そうだ。忘れたのか?僕は宇宙人だぞ。宇宙人からしたら罪を犯したのも、ヤンキーにボコられたのも、レイプされたのもあれだよ全然平気だよ」

 やっぱり僕にこういう役目は向いてないんだよ。
 
「拓君、宇宙からしたら全部小さなことだ。次はもうこんなことは起きない。何があっても僕が守ってあげるよ。だから罪を償うためにどうしたらいいのか考えれば良い。その女の子は気の毒だけど、生きてさえいればまた笑えるようになる日も来るかもしれない」

「あ、アニギィィ……」

 ああ、泣きはじめてしまった。
 でも泣くのは悪いことじゃない。
 涙と一緒にいろんなものが胸の中から流れ出てくれる。
 泣き止めばきっと今までよりもすっきりとした気分になるはずだ。
 さて、僕は扉の前で帰ってくるのを待とうかな。
 クズ共が。





「ぎゃはははっ、俺こんな高い寿司なんて食うの初めてだっ」

「マジ拓様様だよなぁ」

「あいつにこのまま稼いでもらえば俺ら大金持ちじゃね?」

「腕圧し折ったのはマズッたか?まあいいか、最悪足でやらせればいい」

「ああ、腹いっぱいになったらムラムラしてきちまった。早くあの娘とヤリてぇ!!」

「さんざんやったのにまだやるのかよ。猿だな」

「ん?なんだおまっ……」

 グシャリ、と音がする。
 それは何かが潰れる音。
 彼のナニが潰れた音。

「んぐぁぁぁぁぁっ」

「なんだてめ…んがぁぁぁぁっ」

 また一つ潰した。
 こいつらにコレは必要ない。
 一つ残らず潰そう。
 話はそれからだ。
 幸いにも女は一人もいない。
 気がねなく酷いことができるというものだ。
 僕は怒っている。
 未だかつてこれほど怒りという感情が湧いたことがあっただろうか。
 前世と今世合わせても無い。
 親しい人を傷つけられるというのは、これほどに怒りが湧いてくるものだったんだな。
 マイルドヤンキーの気持ちも分かるというもの。
 僕は怒りに任せてクズ共のゴールデンボールを毛魔法の触腕で潰していく。
 1分ほどで去勢が完了する。
 
「も、もう、やめてください……。本当に勘弁してくださ…んぐぁぁぁぁ!」

 僕は潰したばかりのアレをグリグリと踏みつけてやる。

「君達は今までそう言った人になにをしたんだ?」

「お、俺達はなにも…んがぁぁぁぁ!」

 言い訳は無用だ。
 僕は今最高にキレちまってるんだよ。
 こんなもんで終わらないぞ。
 二度と外を歩こうなんて思わないくらいの恐怖を刻み込んでやる。
 来い、デイジー、バラライカ、ゴブ次郎、ついでにゼロワンも。
 僕の背後に巨大な鳥が2羽現れ、クズ共は騒然となる。
 
「ひっ、なんなんだよ!!なんだよこれ!!」

「クェェェェェェッ!!」

「キェェェェェェッ!!」

「た、助けて、助けて……」

「助けは来ない。警察も消防も自衛隊も、ここには来ない。ゆっくりと話し合えるようにしたからね」

 僕はゴブ次郎にお願いしてここら一帯に誰も来ないようにしてもらった。
 夢幻魔法の力を使えば簡単だろう。
 誰もここには来ない。
 さあ、続きといこうか。
 上空何千メートルからのヒモなしバンジーがいいか、それとも触手による触手のためのヌルヌル水泳がいいか。
 僕はにやりと笑う。
 クズ共はビクリと震えた。

「た、助けて、悪かった、謝る。謝るから、た、たすけ…んぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 
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