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74.拓君の異変

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 リリー姉さんの解放までの日数も残り10日をきった。
 スタークも無事社会的に死亡し、会長のお父さんの訴えが聞き入れられて会長を含め今までスタークに不当に犯罪奴隷に落とされた人たちも解放されることとなった。
 後はミゲル君を僕が管理官から買い取れば4人揃ってこの鉱山から出ることができる。
 少し前にここから出られたらみんなで祝杯を挙げようなどと死亡フラグ臭いことをみんなで話し合ったのだけれど、今のところ何事も無く出られそうだ。
 僕は今日は休みなので、これから異世界に行って祝杯で飲むお酒の買出しをするつもりだ。
 あれから地方都市在住の鳩を何匹か使役したけれど、やっぱり買い物なら東京かな。
 僕はシロを召喚して東京に向かった。
 いつものように僕は高層ビルの屋上にあるシロの巣に降り立つ。
 こちらは夜のようだ。
 この場所からは東京の夜景が良く見える。
 この夜景を見ながら何組のカップルがいちゃこらしているのか。
 そう思うと無性に壁を殴りたくなる。
 僕は怒りに任せて高層ビルの屋上から飛び降りる。
 怒りによるアドレナリンの影響か、いつもよりも恐怖が少ないような気がした。
 今度から高いところからのダイブはイラつく出来事を思い浮かべて飛ぼう。
 僕は反転魔法を発動し、難なく地面に着地した。
 時刻は7時か、まだやっているスーパーはあるな。
 拓君も誘って買い物に行こうかな。
 しかし拓君の家に行くには電車に乗らなければならない。
 僕電車って嫌いなんだよな。
 前世では地方都市で一生を終えた僕にとって、移動といえば車だったんだよ。
 車の運転は多少面倒だけれど、気楽でいいからね。
 それに比べて電車は不特定多数の人間が大量に存在している空間で駅に着くまで辛抱しなければならない。
 電車は嫌だな。
 僕は手を上げて1台のタクシーを止める。
 ちょっと贅沢だけど、お金が無いわけじゃないし拓君の家までタクシーで行こう。
 運転手さんに拓君の住んでいるマンションの住所を告げ、タクシーは走り出した。
 拓君の住んでいるマンションはここから4駅くらいの場所なので、タクシーはすぐに目的地に到着した。
 運転手さんにお金を払い、領収書をもらう。
 経費になるかもしれないからね、なるべくお金を払うときには領収書をもらうようにしている。
 動画投稿のほうは英語字幕をつけたら再生数が倍くらいになって、そこそこの金額が入ってきそうなので税金対策をしなきゃ。
 でも異世界の動画なんて何億再生とかいってもいいと思ったんだけど、そこまでの再生数にはならないね。
 まあ再生数が少ないのならば、数を投稿すればいいだけの話だよ。
 ゴブリンVSオーク第二段とか、ガルーダの背中からの動画とかをたくさん投稿したおかげで僕の懐は暖かい。
 そろそろ拓君もこのマンションから引っ越せるかもしれない。
 僕はそろそろ見納めになるかもしれないワンルームマンションのチャイムを鳴らす。
 合鍵ももらっているのだけど、一応彼が家主だからね。
 しかし待てども待てども拓君の応答は無い。
 おかしいな。
 この時間なら居るはずなんだけどな。
 コンビニでも行ってるんだろうか。
 僕は合鍵で扉を開け、拓君の部屋に入る。

「おじゃましまーす……」

 電気もついていないじゃないか。
 出かけたまま帰ってないのかな。
 僕は扉の横の照明の電源スイッチを押す。

「なんだこれ……」

 拓君の部屋はまるで空き巣に荒らされたようにグチャグチャになっていた。
 しかし何かを盗みに入ったというよりは、まるでここで猛獣でも暴れたかのように色んなものが壊れている。
 僕の物はあまり置いてないから良かったけれど、僕が買ってあげたデスクトップパソコンが無残に破壊されていた。
 床には明らかに土足で踏み入れたような靴跡。
 これは尋常ではない。
 僕はブラックキューブからスマホを取り出すと、GPSで拓君の位置を割り出す。
 こんなこともあろうかと拓君にはスマホのGPS追跡機能を許可してもらっている。
 拓君のスマホは東京の端と言ってもいいような郊外にあった。
 なんでこんな場所に?
 何が起きているのかわからないけれど、この部屋の荒らし方から考えるに急いだほうがよさそうだ。
 僕はまたシロを召喚してシロの巣まで強引に転移する。
 そして次にゴブ次郎を召喚。
 
「ゴブ次郎、これからガルーダを召喚するから他の人から見られないように夢幻魔法で隠してくれ」

「グギャ(了解)」

 僕はバラライカを召喚する。
 ゴブ次郎の夢幻魔法が無かったら大変な騒ぎになっていただろう。
 僕はバラライカに乗って東京の空に飛び立つ。
 間に合ってくれよ。
 拓君、無事でいてくれ。
 出会いこそ最悪だったけれど、今では僕の大切なビジネスパートナーだ。
 こちらの世界での唯一の友人と言ってもいい。
 バラライカは僕の焦燥を汲み取るかのように高速で飛行する。
 数分で目的地に到着する。

「ありがとう、バラライカ。ゴブ次郎もとりあえず還ってくれ」

 僕はバラライカとゴブ次郎を送還し、目的地に降り立つ。
 元はどこかの会社の工場であったであろう建物だ。
 しかし今は地元のガラの悪い兄ちゃん姉ちゃんのたまり場になっているのだろう。
 安っぽい落書きで壁一面が彩られている。
 なんか案外拓君のお仲間だったりするのだろうか。
 僕は錆びた扉を開けて中に入る。
 ギイギイうるさい扉だ。
 油くらい差しておけ。
 中は意外にも照明がついていて明るい。
 どこからか拾ってきたのか、ボロいソファーやら液晶テレビやらが置かれていて居心地は良さそうな空間だ。
 秘密基地みたいで楽しそうじゃないか。
 しかし次に目に入ってきたものによって、僕の気分は一気に下げられる。
 女の子だ。
 それもボロボロの。
 半裸で、身体中に色々な汁が付着している。
 身体のあちこちに殴られたような痣がある。

「なんで、こんなっ……」

 いつの間にか僕の喉はカラカラに乾いている。
 かすれた声が空気を震わせる。

「あ、アニキ……」

 微かに響く僕以外の声に、ふとそちらを見ればボロボロの拓君が横たわっていた。

「拓君!」

「アニキ、ごめん、俺……」

 ひどい怪我だ。
 顔面は殴られすぎて原型が分からないくらいに腫れてしまっている。
 腕も変な方向に曲がってしまって、相当な激痛が身体中を苛んでいるだろう。

「しゃべるんじゃない。痛いと思うけど、ちょっとだけ我慢するんだ」

 僕は拓君の変な方に曲がってしまった腕を無理矢理もとの位置に戻す。

「んがぁぁぁぁぁ!!」

 僕はすぐにブラックキューブから取り出した中級ポーションを全身に降りかけた。
 内臓も損傷しているといけないから口からも飲ませる。

「に、苦っ……」

「我慢して飲むんだ」

「アニキ、ごめん、アニキの金、とられちゃった……」

「金なんてどうでもいい!!」

 どうでも良くはないけど。
 でも今は拓君の怪我の治療のほうが重要だ。
 中級でまだ悪いところが残るようなら上級を飲ませないと。

「これは、報いなんだ……」

「報い?なんの」

「アニキ、俺、アニキよりも前にナイフで人を脅したことがあるんだ……」

「そっか……」

 そりゃあ僕だって笑顔の練習している途中に、目が合っただけでナイフを出して脅されたわけだからね。
 他にもやっていてもおかしくは無い。
 てことは、これはそいつらの仕返しなんだろうか。
 でもこの隣の女の子のことはどうなるんだろうか。
 僕はとりあえず女の子に毛布をかけてあげる。
 胸が上下しているから生きていると思うけれど、一応目が覚めたらポーションを飲ませるか。
 拓君の独白は続く。


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