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20.オーク狩り紀行8

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 オークは投げ槍を避けるとそのままの勢いで僕に突っ込んでくる。
 そして大剣を肩に担ぐようにして突進のエネルギーを全て剣に乗せて振り下ろした。
 胸の辺りに衝撃が走るが、痛みは無い。
 ちゃんと髪の鎧は機能しているようだ。
 表層の毛が少し切られて装甲が薄くなったが、すぐに別の場所から寄り集まって元どおりになった。
 昔子供向けアニメの悪役でこんな奴いたな。
 まあビジュアルなんてどうでもいいさ。
 とにかく、あいつの剣は僕には届かない。
 多少力押しでも問題は無さそうだ。
 僕は触腕による手数の多さを利用して攻撃し始めた。
 何も持っていない触腕で殴って隙を作り、2本のナイフを持った触腕で大ダメージを与える。
 そんな作戦だ。
 しかし僕のような接近戦の素人が考えた作戦がうまくいくはずもなく、オークは余裕で避ける。
 戦闘経験の差が出てしまっているようだ。
 オークの剣は僕の毛の鎧に阻まれて僕には届かないし、僕の攻撃はオークにすべて避けられる。
 このまま長期戦になることを予想した僕だけれど、その予想はオークによって破って捨てられた。
 オークが一端距離を取ったのだ。
 そして大剣を正眼に構えるとなにやら気合を入れる。
 嫌な予感しかしない。
 オークは今までにないほどに鋭い踏み込みで、僕の懐に飛び込んでくる。
 そして次の瞬間僕の左脇腹には激痛が走った。

「あああぁぁ!!なんだこれ!!い、痛いぃっ!!」

 オークは再び距離を取り、にやりと笑った。
 僕は痛みで涙が滲む目を見開き、オークを観察した。
 なんで切られたんだ?
 オークの剣はさっき確かに僕の毛の鎧で防げたはず。
 集中して本気で切ったから切れたとかそんな馬鹿げた理由なのか?
 しかしそうではないことに僕はオークの大剣を見て気が付く。
 オークの持つ大剣、その上の空間が揺らいでいたのだ。
 それは密度の違う大気が混ざり合うことで光が屈折して歪んで見える現象。
 夏のアスファルトでよく見るその現象を陽炎と言った。
 高温に熱せられた空気が上昇気流を生み出して、密度の違う大気が混ざり合うことで発生する陽炎。
 それがあの剣には起きている。
 つまりは、僕の鎧は高温の剣で焼き切られたのだ。
 なんなんだあの剣は。
 オークのスキルか?
 それとも魔剣の類か。
 いや、いまはそんなことはどうでもいい。
 とにかくあの剣をこれ以上受けるわけにはいかない。
 幸いにも高温の剣で焼ききられたおかげで脇腹の傷から出血はしていないようだ。
 鎧で威力が軽減されたおかげでそれほど深い傷でもない。
 しかし今のが小手調べだとしたら、次は食らうわけにはいかない。
 僕はじりり、じりりと後ずさった。
 オークはせっかく僕が開けた距離を一歩また一歩とつめてくる。
 やばいな、絶体絶命だ。
 オークが飛び込んでくる。
 剣筋は全く見えないけれど、僕はあてずっぽうに液体窒素を発生させて先ほどのように【重力(仮)魔法lv2】で浮遊させた。
 どうやら偶然オークの剣と液体窒素が接触したようで、爆発的に白い煙が発生して視界が悪くなった。
 僕は距離を取る。
 あの剣に当たってはいけない以上僕に必要なのは距離だ。
 しかしオークはそれを許してはくれない。
 オークにとっては距離が離れると攻撃手段が無くなるのだから当然だ。
 オークは僕を叩き切ろうと大剣を振り上げる。
 僕は切られまいと何本もの触腕でガードする。
 しかしあの剣と僕の毛魔法は相性がよほど悪いのか、触腕はスパスパと切られてしまった。
 僕はほんの思いつきであの剣、もしくはオーク本体を【重力(仮)魔法lv2】で狙ってみることにした。
 奴の身体に【重力(仮)魔法lv2】が当たれば無重力で動きが鈍るし、大剣に当たったとしても浮かび上がるほど軽い剣なんていままでどおり振り回して敵を切るなんてできないと思ったのだ。
 重力魔法の発動範囲は自分の身体から半径30センチほどとかなり狭く、はかなり近づかないと発動することはできないが、僕には毛魔法がある。 
 毛髪は身体の一部とみなされるようで、触腕を30センチ以内まで近づければ魔法を発動することは可能だ。
 そして触腕の犠牲を気にしなければ、そのくらい敵に近づけるのは難しくない。
 僕は触腕を数本オークに伸ばし、うまく攻撃しながら隙をうかがう。
 あのオークは武人気質なのか、無駄な動きが少ない。
 しかしそれは避けるときも大きく避けることはせず、必要最低限の動きで避けるということだ。
 僕はそこにチャンスがあると思った。
 案の定オークは必要最低限の力で僕の攻撃を避けていく。
 僕は当たったんじゃないかと思うほど紙一重で避けたその攻撃に【重力(仮)魔法lv2】を乗せて発動した。
 途端にオークは動きがおかしくなる。
 うん?
 なんか思ったのと違う。
 オークは身体を動かして今までどおりに攻撃をしようとするけれども、動きがちぐはぐだ。
 少しジャンプしただけで飛んでいってしまったりしてどこかに突っ込んで自滅するとかそういった動きを期待していたのだけれど、オークのその動きは想像とは少し違った。
 身体が思うように動かないのか?

「ブヒィィィィ!!」

 オークは雄たけびを上げると、ひとりでに後ろに吹っ飛んで勝手にすっ転んだ。
 どうなっている?
 オークは立ち上がろうとするが、何故か立ち上がれないようだ。
 しきりに地面に顔を押し付けて苦しんでいる。
 なんだ?この現象は。
 いったい何が起きている?
 僕がずっと重力魔法だと思っていた魔法は、いったいなんなんだ。
 これはいったなんの魔法なんだ。
 僕は足元に落ちていた石を拾い、その魔法をかけてみる。
 石は確かに重さを失い、浮遊した。
 僕はその石を、オークに向かって投げてみる。
 しかし石は全く逆、僕の後ろに向かって飛んでいった。
 ん?
 なんだねこれは。
 僕はもう一度石を拾いその魔法をかける。
 今度はそれを地面に投げつけてみた。
 石は地面に叩きつけられることはなく空高く飛んでいった。
 なるほど。
 この魔法の本質が分かってきた気がする。
 それは力の反転。
 僕はこれをずっと重力魔法だと思っていたからスキルはそれに答えて重力を反転させていたんだ。
 だけど今回はオークの動きを阻害するということを念頭に入れてスキルを使った。
 だからスキルはそれに答え、本来の能力である力の反転を発動させた。
 このスキルは重力魔法ではなく、反転魔法だ。
 これはまたすごいチートスキルを手に入れてしまったかもしれない。
 ベクトル操作のあいつみたいなことができるかもしれないってことじゃないか。
 僕はこのスキルでできることを色々と考えながら立ち上がろうともがいているオークに槍の投擲でトドメを刺した。
 ああもう脇腹と肩痛い。
 もう街に帰ろう。
 お貴族様、治療費とかくれるかな。


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