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1.追放
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父であるヨナーク伯爵家現当主アビゲイルが亡くなったとの知らせを受けたのはよく晴れた冬の日の朝だった。
時に不審な死を遂げることもある貴族だが、普段から怒りっぽくて塩辛い物が好きだった父が卒中で倒れるのは何もおかしなところはない。
普通の病死として処理されたそうだ。
特に可愛がられた記憶も無かったので私の中に悲しいという感情が生まれることも無かった。
貴族の親子なんて血が繋がっていようがこんなものだ。
いや、特に私は父への愛情が薄い部類かもしれない。
私は小さい頃の事故で顔に大きな傷を負ってしまっている。
醜い傷が走るこの顔では、政略結婚の駒として使うことはできない。
父は私をいないものとして扱った。
そこまでされたらもはや関係は他人以下だ。
そんな人が亡くなったからといって何を悲しむことがあろうか。
しかし問題が無いわけでもない。
それは次にこの家の当主になるであろう人物が、自分に対してどういう対応をとってくるかということだ。
『お嬢様、これから僕たちどうすればいいんですか?』
窓辺に腰掛けてお茶をしばく私の傍らで、10歳くらいの少年が私にそう問いかけてくる。
彼の身体は透き通って向こう側が見えていた。
そう、霊である。
私は幼い頃の事故のおり、傷の影響で熱を出して生死の境をさまよった。
その後回復して目が覚めてみると人には見えないものが見えるようになっていたのだ。
この屋敷に居座っていた先祖の霊によれば、このヨナーク伯爵家は建国時には死霊術師の家系だったらしい。
だが死霊を使役する術は風聞が悪いので秘密にし、密かに王国を裏から守護してきた。
しかしどこでその術が途絶えたのかは知らないが、今では完全にそんなことは忘れられて普通の領主貴族となっていた。
だから私が死霊術師としての力に目覚めたのは別に珍しいことではないのだという。
荒ぶる死霊を落ち着かせ、使役するその力は世間で言われているほどに邪悪なものではないしかなり役に立つ。
私は死霊術を勉強した。
そのための文献なんかは屋敷内の隠し部屋にたくさんあった。
存在ごと忘れ去られた隠し部屋も、ご先祖様の霊にとっては昨日まで使っていた自室のようなものだ。
この力のおかげで冷遇されていた私の生活は一変した。
死霊は基本的に生前持っていた力を使うことはできないけれど、それも私の死霊術が上達すれば段々とできるようになった。
私は色々な霊の怒りや恨みを鎮め、私が死ぬまで守護霊になってもらう契約を結びまくった。
この少年はその一人であり、私の護衛兼荷物持ちのルークだ。
彼は生前魔導士の卵で、空間魔術の中でも収納とバリアの魔術だけならばすでに大人顔負けの腕前を持つ。
私は伯爵家の中でも立場が弱い。
そんな私が価値のある物なんか持っていようものならあっという間に取り上げられてしまうだろう。
だから人には見えない収納係というのは本当にありがたい存在だ。
常人には見ることもできず、何かあったらバリアを張って守ってくれる可愛いナイト。
最高かよ。
もしルークに収納やバリアといった魔術を使う能力が無かったとしても私は常に側においていたことだろう。
私は三度の食事よりも子供が好きなのだ。
いや変な意味ではなく。
『アリシア様?』
「ああ、ごめん。とりあえず待機。父のように私をいないものとして扱ってくれれば今までどおりでいいんだけど、何か害を加えてくるつもりなら無理やりにでも出ていこう」
『アリシア様は絶対僕がお守りします!』
「ふみゃっ、可愛すぎる!滾る、滾るわ!!」
『あ、アリシア様?』
「う、ううん。ごめん取り乱したわ。ありがとうルーク。頼りにしているわ」
やばかった。
今のは凄かった。
もう可愛すぎて思わずルークを実体化させて撫でまわしたくなったわ。
でもこんな屋敷中がバタバタしているときにそんなことをしたら誰に見られるかわかったものではない。
ルークの可愛さは私だけが知っていればいいのだ。
絶対誰にも見せたくない。
『アリシア様……』
ルークが私にお茶のおかわりを淹れてくれようと手を伸ばした時、突如として扉が開き誰かが私の部屋にズカズカと入ってきた。
誰かといってもこの屋敷には使用人を除くと私の他には妹のミーシャとその入り婿ケインくらいしかいないのだが。
せっかくルークが頑張って淹れてくれたお茶を楽しんでいたというのに、無粋な人たちだ。
「アリシアお姉さま、お父様が亡くなったことはご存知ですね?」
「ええ、今朝亡くなったとか」
「平然と言うのだな。薄情な女だ。見た目も醜いし、こんな女がミーシャの姉だとは到底思えない」
夏場のセミのごとくうるさくまくし立てるのは妹の夫でケインという。
どこぞの子爵家の3男だか4男だかで、男児のいないこの家に婿入りすればいずれは当主になれると期待して妹と結婚した男だ。
今は意外と早く父が死んだので機嫌がいいのかもしれない。
嫌味もいつもより薄味だ。
いつもは胸が絶壁だとか使ってないから股にカビが生えてそうだとか、そういう性的な嫌味もネチネチと言ってくる気持ち悪い奴なのだ。
「お父様はそんな人に見せられないような顔のお姉さまでも何かに使えるかもとこの家に置いていたみたいですけど、私はそうは思わないわ」
「わかったわ。出ていけばいいのね。すぐに荷物を纏めます」
「その必要はありませんわ。お姉さまの荷物なんて何ひとつないでしょう?すべてはお父様が与えた物で、もとはと言えば伯爵家の財産じゃありませんか。すべて置いて行ってください。ああ、せめてもの慈悲です。今お召しになっている服だけは餞別に差し上げますわ」
なかなかの鬼畜に育ってしまってお姉ちゃん悲しいな。
まあいいや。
大事なものはすべてルークの収納に入っている。
出ていけというなら出て行ってあげましょう、着の身着のままでね。
時に不審な死を遂げることもある貴族だが、普段から怒りっぽくて塩辛い物が好きだった父が卒中で倒れるのは何もおかしなところはない。
普通の病死として処理されたそうだ。
特に可愛がられた記憶も無かったので私の中に悲しいという感情が生まれることも無かった。
貴族の親子なんて血が繋がっていようがこんなものだ。
いや、特に私は父への愛情が薄い部類かもしれない。
私は小さい頃の事故で顔に大きな傷を負ってしまっている。
醜い傷が走るこの顔では、政略結婚の駒として使うことはできない。
父は私をいないものとして扱った。
そこまでされたらもはや関係は他人以下だ。
そんな人が亡くなったからといって何を悲しむことがあろうか。
しかし問題が無いわけでもない。
それは次にこの家の当主になるであろう人物が、自分に対してどういう対応をとってくるかということだ。
『お嬢様、これから僕たちどうすればいいんですか?』
窓辺に腰掛けてお茶をしばく私の傍らで、10歳くらいの少年が私にそう問いかけてくる。
彼の身体は透き通って向こう側が見えていた。
そう、霊である。
私は幼い頃の事故のおり、傷の影響で熱を出して生死の境をさまよった。
その後回復して目が覚めてみると人には見えないものが見えるようになっていたのだ。
この屋敷に居座っていた先祖の霊によれば、このヨナーク伯爵家は建国時には死霊術師の家系だったらしい。
だが死霊を使役する術は風聞が悪いので秘密にし、密かに王国を裏から守護してきた。
しかしどこでその術が途絶えたのかは知らないが、今では完全にそんなことは忘れられて普通の領主貴族となっていた。
だから私が死霊術師としての力に目覚めたのは別に珍しいことではないのだという。
荒ぶる死霊を落ち着かせ、使役するその力は世間で言われているほどに邪悪なものではないしかなり役に立つ。
私は死霊術を勉強した。
そのための文献なんかは屋敷内の隠し部屋にたくさんあった。
存在ごと忘れ去られた隠し部屋も、ご先祖様の霊にとっては昨日まで使っていた自室のようなものだ。
この力のおかげで冷遇されていた私の生活は一変した。
死霊は基本的に生前持っていた力を使うことはできないけれど、それも私の死霊術が上達すれば段々とできるようになった。
私は色々な霊の怒りや恨みを鎮め、私が死ぬまで守護霊になってもらう契約を結びまくった。
この少年はその一人であり、私の護衛兼荷物持ちのルークだ。
彼は生前魔導士の卵で、空間魔術の中でも収納とバリアの魔術だけならばすでに大人顔負けの腕前を持つ。
私は伯爵家の中でも立場が弱い。
そんな私が価値のある物なんか持っていようものならあっという間に取り上げられてしまうだろう。
だから人には見えない収納係というのは本当にありがたい存在だ。
常人には見ることもできず、何かあったらバリアを張って守ってくれる可愛いナイト。
最高かよ。
もしルークに収納やバリアといった魔術を使う能力が無かったとしても私は常に側においていたことだろう。
私は三度の食事よりも子供が好きなのだ。
いや変な意味ではなく。
『アリシア様?』
「ああ、ごめん。とりあえず待機。父のように私をいないものとして扱ってくれれば今までどおりでいいんだけど、何か害を加えてくるつもりなら無理やりにでも出ていこう」
『アリシア様は絶対僕がお守りします!』
「ふみゃっ、可愛すぎる!滾る、滾るわ!!」
『あ、アリシア様?』
「う、ううん。ごめん取り乱したわ。ありがとうルーク。頼りにしているわ」
やばかった。
今のは凄かった。
もう可愛すぎて思わずルークを実体化させて撫でまわしたくなったわ。
でもこんな屋敷中がバタバタしているときにそんなことをしたら誰に見られるかわかったものではない。
ルークの可愛さは私だけが知っていればいいのだ。
絶対誰にも見せたくない。
『アリシア様……』
ルークが私にお茶のおかわりを淹れてくれようと手を伸ばした時、突如として扉が開き誰かが私の部屋にズカズカと入ってきた。
誰かといってもこの屋敷には使用人を除くと私の他には妹のミーシャとその入り婿ケインくらいしかいないのだが。
せっかくルークが頑張って淹れてくれたお茶を楽しんでいたというのに、無粋な人たちだ。
「アリシアお姉さま、お父様が亡くなったことはご存知ですね?」
「ええ、今朝亡くなったとか」
「平然と言うのだな。薄情な女だ。見た目も醜いし、こんな女がミーシャの姉だとは到底思えない」
夏場のセミのごとくうるさくまくし立てるのは妹の夫でケインという。
どこぞの子爵家の3男だか4男だかで、男児のいないこの家に婿入りすればいずれは当主になれると期待して妹と結婚した男だ。
今は意外と早く父が死んだので機嫌がいいのかもしれない。
嫌味もいつもより薄味だ。
いつもは胸が絶壁だとか使ってないから股にカビが生えてそうだとか、そういう性的な嫌味もネチネチと言ってくる気持ち悪い奴なのだ。
「お父様はそんな人に見せられないような顔のお姉さまでも何かに使えるかもとこの家に置いていたみたいですけど、私はそうは思わないわ」
「わかったわ。出ていけばいいのね。すぐに荷物を纏めます」
「その必要はありませんわ。お姉さまの荷物なんて何ひとつないでしょう?すべてはお父様が与えた物で、もとはと言えば伯爵家の財産じゃありませんか。すべて置いて行ってください。ああ、せめてもの慈悲です。今お召しになっている服だけは餞別に差し上げますわ」
なかなかの鬼畜に育ってしまってお姉ちゃん悲しいな。
まあいいや。
大事なものはすべてルークの収納に入っている。
出ていけというなら出て行ってあげましょう、着の身着のままでね。
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