陰陽師ちゃんと時をかける式神

兎屋亀吉

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 時は平安の世。
 しかしながら、平安なのは帝や貴族たちの頭の中だけだ。
 市井では一粒の米を巡って争いが起き、それを治める者はいない。
 冥府の門には長大な行列ができていることだろう。
 あの世に行きそこなった亡者が現世に溢れている。
 そんな亡者や魑魅魍魎から民を守る者たちのことを、人は陰陽師と呼ぶ。

「では蘭子らんこ、浮遊霊を式神にしてみせよ」

 大勢の兄弟子たちが見守る中、師匠が開始の号令をかける。
 私は気合を入れ、師匠に答える。

「はい」

 兄弟子たちから見下すような視線を感じる。
 耳を澄ませば小さな嘲笑も聞こえてくる。
 師匠のもとに弟子入りして3年。
 早ければそろそろ一人前の陰陽師として独り立ちする人もいるくらいの頃だ。
 それなのに私はまだろくに術も扱えず、見習いのままだ。
 いくら馬鹿な私でもそろそろ気づく。
 私には才能がない。
 下級貴族の三女として生まれた私に、唯一あった才能である見鬼の才。
 それは亡霊や、あやかしの類を視ることができる能力だ。
 何も考えずに隠居した陰陽師がやっているという私塾に入門したが、私には見ることが限界だったようだ。
 小さい頃から瞑想を続け、霊力はそれなりにあると自分では思っているけれど、それを使う才能が欠如している。
 現に、見習いの卒業試験である弱い浮遊霊の式神化すらまともにできない。
 どれだけ頑張ってもできない自分。 
 そして私の10分の1も努力していないくせにできる兄弟子達。
 できるからといってできないものを笑いものにし、侮蔑の視線を投げかけるその人間の浅ましさ。
 いままで積もり積もった鬱憤が、私の中で嵐のように吹き荒れた。
 いつになく霊力の高まりを感じる。
 なるほど、感情が高ぶると霊力も高まるのか。
 だから師匠は普段から自分の心を制御しろとか訳のわからないことを言っていたのか。
 最初からそう説明しろ。
 私の怒りはピークに達した。

「お、おい、蘭子。なにをしておる!!」

「式神を、作ろうとしています」

「それは分かっておる!!お主は式神1体になんという霊力を込めておるのだ!!」

「いえ、どうせ私には普通の方法では式神は作れませんから」

「霊力を込めればできるという問題ではないだろう!」

「師匠、もう私は疲れました…」

「話を聞け!!」

 私は怒りで高めた霊力を、全て解き放った。
 その瞬間、すさまじい暴風が吹き荒れ、私は目があけていられなくなった。
 師匠や兄弟子の悲鳴が遠ざかっていく。
 きっとこの暴風に吹き飛ばされたのだろう、ざまぁ。
 いや、良く考えたら師匠は八つ当たりみたいなものだけど。
 あとで謝ろう。
 1分ほどすると暴風は収まり始めた。
 さて、ほぼ全霊力を込めたけれど式神はできているだろうか。
 風が止み、砂煙が晴れると、そこには1体の荒ぶる魂が鎮座していた。

「へ?」

「殺してやる!!!!!絶対あいつら殺す!!殺す!!」

 荒ぶる霊は真っ黒な気を放ちながら憎しみに焦がれている。
 きっと生前なにか人を憎むようなことがあったのだろう。
 それもよほど手酷いなにかが。
 でもおかしいな、私が式神にしようとしていたのは無害そうな浮遊霊だったんだけど。

「縛!!臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!」

 突然九字を切る鋭い声が聞こえ、荒ぶる霊は絡め取られてあっという間に大人しくなってしまった。
 こんなことができるのはこの場で一人しかいない。

「し、師匠…」

 さっきはごめん。

「荒御霊か。いったいどこから来たんだ?」

 師匠が印を結んで真言を唱えると、荒ぶる霊の黒い気が晴れ、大人しそうな青年の顔があらわになる。
 ちょっとかっこいいかも。
 男の陰陽師は式神に夜の相手をさせる人も多いと聞くし、女はもっと酷くて好きな男を殺して使役したりする人もいると聞いた。
 私もお嫁の貰い手がなかったらそうしよう。
 わ、私はちゃんと相手の意見も尊重するけどね。
 亡霊にだって意思はある。

「蘭子、あの元荒御霊は君の式神になっているのか?」

「あ、はい。ちょっと確かめてきます」

 私はさっきまでどす黒い気を放っていた霊へとそろりそろりと近づいていった。
 今度こそ式神になっていますように。





 俺は死んだ。
 騙されて殺された。
 騙した女は憎いが、殺したいほどじゃない。
 昨日までは。
 あの女、俺の死を利用して俺の家族に近づきやがった。
 だめだ、その女に近づいちゃだめなんだよ!!
 くそっ、俺はもう死んでる。
 家族に伝えることなんてできない。
 くそっあの女!!俺の家族をめちゃくちゃにするつもりか。
 家族があの女に玩具にされて苦しんでいるっていうのに、なんで俺は死んでるんだよ!!
 もうやめろ、もう、殺してやってくれ。
 いや、俺が殺してやる。
 待ってろよ、今その女を地獄に道連れにしてやるからな。
 俺の霊体から、どす黒いオーラが漂い始める。
 もう、あの女を殺すことしか考えられない。

「くそ女ぁぁl!!殺す!!殺してやるぅぅぅ!!!!」

 都合のいいことに、あの女と俺の家族が揃った俺の家の近くにダンプカーが走っていた。
 よし、あのダンプを俺の家に突撃させよう。
 殺してやる!!殺してやるよぉぉ!!

 そして俺がダンプカーの運転手に手をかける直前、俺の霊体は光りだしたのだった。
 
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