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チートをもらえるけど平安時代に飛ばされるボタン 押す/押さない
5.金太郎さんと八重さん
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「うっ」
右腕の痛みに目を覚ます。
もう一度目を覚ますことができたことに涙が溢れてくる。
「目が覚めたか」
野太い声が聞こえ、そこで初めてここが室内であることに気が付いた。
誰かの家のようだ。
そうか、俺は誰かに助けられたのか。
傍らから聞こえたその野太い声は気を失う直前に聞いた声と同じ声だった。
身体の気怠さを我慢して起き上がろうとするも、なぜか起き上がれない。
なぜだろうと考えたとき、右腕が全く動かないが原因であると悟った。
動かないどころか、感覚すらもない。
「すまんな、右腕はだめだった。あれ以上膿めば身体にも毒が回るゆえ、切り落とさせてもらった」
なんてことをしたんだという気持ちと、やっぱりという気持ちが湧きおこる。
頭ではわかっているんだ。
抗生物質もないこの時代には、傷の化膿は致命的だ。
命を助けるためには、腕を切り落とすことも普通のことだろう。
むしろそこまでして見ず知らずの俺を助けてくれたことは奇跡に近い。
だが、やはり感情はすぐには納得してはくれない。
どうしようもない悲しみが涙となって流れ落ちる。
「男が泣くでないぞ。さあ、もうひと眠りしろ。おかあの薬はよく効く。明日には熱も下がるだろう。したらたらふく飯を食え。これからのことは、それから考えればいい」
男の無骨な手が頭に乗せられると、なぜだか不安な気持ちが消えていくような気がした。
俺の意識はまた落ちていった。
眠りすぎたときのような記憶の混乱を感じ、脳が急速に覚醒する。
こういうときは必ず寝坊しているのだ。
会社に遅刻してしまう。
身体を起こして秒で着替えようと思い、身体が思うように動かないことに気付く。
そしてここが自宅でないことにも。
「ああ、そうか。ここは平安時代……」
記憶が繋がり、右腕の喪失感を思い出す。
睡眠は精神状態を安定させる。
すでに俺を助けてくれた誰かへのやつ当たりの感情はなく、命を助けてくれた感謝しかない。
だが腕の喪失に伴う虚無感のようなものは残っていた。
それはこれからの生活の大変さに対するものであり、どうしたらいいんだという感情だった。
まあとにかく起きて飯を食わなくては。
これからのことはそれから考えればいい、そうあの人も言っていたじゃないか。
俺は左腕と腹筋だけで身体を起こそうとするも、なかなかに難しい。
腹筋をどれだけ普段使っていないかということと、どれだけ両腕に頼って生活していたのかということを思い知らされる。
「あら、目が覚めたのね」
「え……」
女の人の声にびくりとなる。
俺を助けてくれた人は確か野太い男の声をしていたのだが。
声のしたほうへ首だけ向けると、そこには浅黒い肌をした日本人離れした顔立ちの女の人が佇んでいた。
東南アジア系にも見えるし、中東系にも見える。
どちらにしろものすごい美人だ。
薄桃色の着物は現代の着物とは少しデザインが違い、ツーピースに別れたような形になっている。
平安時代の女の人の着物といえば十二単しか知らなかったが、当然ながらそんなものを着ているのは貴族の女性だけだよな。
「調子はどう?熱はもう下がった?腕は痛む?」
「あ、えっと……」
「ごめんなさいね、お腹空いてるわよね。ちょっと待っててね」
そう言い残すと女の人はバタバタと出て行ってしまった。
見た目はぜんぜん違うけれど、なんだか自分の母親を思い出してふふと笑ってしまう。
そうしているとドスドスと重たい足音が聞こえてきた。
どうやら今度こそ命の恩人に相まみえることができそうだ。
俺は気合を入れ、腹筋だけで身体を起こした。
これからはもっと鍛えてこれが苦労せずにできるようにならなければならない。
「入るぞ」
「どうぞ」
開きっぱなしの木戸から大柄の人物がぬうっと顔を出す。
思わず少しビビってしまった。
その野太い声からきっと背が高くて筋肉質な人なんだろうとは思っていたが、想像の倍くらいマッチョだった。
背丈は優に190センチを超えているだろう。
しかしノッポという印象は全く受けない。
筋肉に覆われた肉体は横にも十分に太く、まるでプロレスラーのような肉体だ。
ステテコのような薄いズボンに、毛皮の上着を引っかけただけのワイルドな恰好が非常に似合っている。
マタギなの?
「もう起きて大丈夫なのか」
「え、ええ。助けていただきありがとうございました」
「いやなに、あの、それほどのことでもないさ……」
男はあまり人と話すことに慣れていないのか、礼を言うと気持ち悪い照れ笑いを浮かべ始めた。
なんかギャップがある人物だな。
だけどまあ、見た目通り世紀末ヒャッハーな人だったら俺は助けられていなかっただろう。
ギャップに感謝だ。
もう一度お礼を言っておく。
「命を助けてくれて、本当にありがとう」
「そ、そんなに何度も礼を言うようなことではない。い、今おかあが飯を持ってくるでな。少し待て」
おかあってあの美人のことか。
お母さん、つまり子供がいるってことか。
この人の奥さんなのかな。
あれだけの美人なら独身ってことはないか。
「奥さん綺麗な人ですね」
「奥?俺は独身だが」
「え」
「おかあと言ったろう。正真正銘俺の生母だ」
どう見ても20そこそこに見える女の人だったのだが、こんな大きな子供がいたのか。
さすがに10に満たないうちに産んだ子供ってことはないだろうから、さっきの美人さんはああ見えて30か40くらいはいってるのだろうか。
若く見える人ってのはいつの時代にもいるもんだね。
「ところでお前、名はなんという?言いたくなければいいが、呼び名がなければなんと呼べばいいのかわからん。ちなみに俺は金太郎だ。おかあは八重だ」
そういえば、名を名乗っていなかった。
命の恩人相手に失礼だったかもしれない。
「金太郎さんに、八重さんですね。俺は善次郎といいます」
この時代まだ家名というものは一般的ではないだろう。
混乱を避けるために俺は名前だけを名乗った。
それにしても金太郎さんとはまた剛毅な名前だ。
まさかり担いだ金太郎ってのは俺の住んでいた静岡にもその伝説の残る有名人だ。
あれのモデルは平安時代の武将だという説もある。
まさかね。
右腕の痛みに目を覚ます。
もう一度目を覚ますことができたことに涙が溢れてくる。
「目が覚めたか」
野太い声が聞こえ、そこで初めてここが室内であることに気が付いた。
誰かの家のようだ。
そうか、俺は誰かに助けられたのか。
傍らから聞こえたその野太い声は気を失う直前に聞いた声と同じ声だった。
身体の気怠さを我慢して起き上がろうとするも、なぜか起き上がれない。
なぜだろうと考えたとき、右腕が全く動かないが原因であると悟った。
動かないどころか、感覚すらもない。
「すまんな、右腕はだめだった。あれ以上膿めば身体にも毒が回るゆえ、切り落とさせてもらった」
なんてことをしたんだという気持ちと、やっぱりという気持ちが湧きおこる。
頭ではわかっているんだ。
抗生物質もないこの時代には、傷の化膿は致命的だ。
命を助けるためには、腕を切り落とすことも普通のことだろう。
むしろそこまでして見ず知らずの俺を助けてくれたことは奇跡に近い。
だが、やはり感情はすぐには納得してはくれない。
どうしようもない悲しみが涙となって流れ落ちる。
「男が泣くでないぞ。さあ、もうひと眠りしろ。おかあの薬はよく効く。明日には熱も下がるだろう。したらたらふく飯を食え。これからのことは、それから考えればいい」
男の無骨な手が頭に乗せられると、なぜだか不安な気持ちが消えていくような気がした。
俺の意識はまた落ちていった。
眠りすぎたときのような記憶の混乱を感じ、脳が急速に覚醒する。
こういうときは必ず寝坊しているのだ。
会社に遅刻してしまう。
身体を起こして秒で着替えようと思い、身体が思うように動かないことに気付く。
そしてここが自宅でないことにも。
「ああ、そうか。ここは平安時代……」
記憶が繋がり、右腕の喪失感を思い出す。
睡眠は精神状態を安定させる。
すでに俺を助けてくれた誰かへのやつ当たりの感情はなく、命を助けてくれた感謝しかない。
だが腕の喪失に伴う虚無感のようなものは残っていた。
それはこれからの生活の大変さに対するものであり、どうしたらいいんだという感情だった。
まあとにかく起きて飯を食わなくては。
これからのことはそれから考えればいい、そうあの人も言っていたじゃないか。
俺は左腕と腹筋だけで身体を起こそうとするも、なかなかに難しい。
腹筋をどれだけ普段使っていないかということと、どれだけ両腕に頼って生活していたのかということを思い知らされる。
「あら、目が覚めたのね」
「え……」
女の人の声にびくりとなる。
俺を助けてくれた人は確か野太い男の声をしていたのだが。
声のしたほうへ首だけ向けると、そこには浅黒い肌をした日本人離れした顔立ちの女の人が佇んでいた。
東南アジア系にも見えるし、中東系にも見える。
どちらにしろものすごい美人だ。
薄桃色の着物は現代の着物とは少しデザインが違い、ツーピースに別れたような形になっている。
平安時代の女の人の着物といえば十二単しか知らなかったが、当然ながらそんなものを着ているのは貴族の女性だけだよな。
「調子はどう?熱はもう下がった?腕は痛む?」
「あ、えっと……」
「ごめんなさいね、お腹空いてるわよね。ちょっと待っててね」
そう言い残すと女の人はバタバタと出て行ってしまった。
見た目はぜんぜん違うけれど、なんだか自分の母親を思い出してふふと笑ってしまう。
そうしているとドスドスと重たい足音が聞こえてきた。
どうやら今度こそ命の恩人に相まみえることができそうだ。
俺は気合を入れ、腹筋だけで身体を起こした。
これからはもっと鍛えてこれが苦労せずにできるようにならなければならない。
「入るぞ」
「どうぞ」
開きっぱなしの木戸から大柄の人物がぬうっと顔を出す。
思わず少しビビってしまった。
その野太い声からきっと背が高くて筋肉質な人なんだろうとは思っていたが、想像の倍くらいマッチョだった。
背丈は優に190センチを超えているだろう。
しかしノッポという印象は全く受けない。
筋肉に覆われた肉体は横にも十分に太く、まるでプロレスラーのような肉体だ。
ステテコのような薄いズボンに、毛皮の上着を引っかけただけのワイルドな恰好が非常に似合っている。
マタギなの?
「もう起きて大丈夫なのか」
「え、ええ。助けていただきありがとうございました」
「いやなに、あの、それほどのことでもないさ……」
男はあまり人と話すことに慣れていないのか、礼を言うと気持ち悪い照れ笑いを浮かべ始めた。
なんかギャップがある人物だな。
だけどまあ、見た目通り世紀末ヒャッハーな人だったら俺は助けられていなかっただろう。
ギャップに感謝だ。
もう一度お礼を言っておく。
「命を助けてくれて、本当にありがとう」
「そ、そんなに何度も礼を言うようなことではない。い、今おかあが飯を持ってくるでな。少し待て」
おかあってあの美人のことか。
お母さん、つまり子供がいるってことか。
この人の奥さんなのかな。
あれだけの美人なら独身ってことはないか。
「奥さん綺麗な人ですね」
「奥?俺は独身だが」
「え」
「おかあと言ったろう。正真正銘俺の生母だ」
どう見ても20そこそこに見える女の人だったのだが、こんな大きな子供がいたのか。
さすがに10に満たないうちに産んだ子供ってことはないだろうから、さっきの美人さんはああ見えて30か40くらいはいってるのだろうか。
若く見える人ってのはいつの時代にもいるもんだね。
「ところでお前、名はなんという?言いたくなければいいが、呼び名がなければなんと呼べばいいのかわからん。ちなみに俺は金太郎だ。おかあは八重だ」
そういえば、名を名乗っていなかった。
命の恩人相手に失礼だったかもしれない。
「金太郎さんに、八重さんですね。俺は善次郎といいます」
この時代まだ家名というものは一般的ではないだろう。
混乱を避けるために俺は名前だけを名乗った。
それにしても金太郎さんとはまた剛毅な名前だ。
まさかり担いだ金太郎ってのは俺の住んでいた静岡にもその伝説の残る有名人だ。
あれのモデルは平安時代の武将だという説もある。
まさかね。
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