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101.温泉回

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 雪斎が例のごとくやりすぎてしまったが、お湯の効能はむしろプラスと言っていいだろう。
 このお湯に浸かれば神経痛も筋肉痛も腰痛も痔も、お肌の悩みだって全て解決するに違いない。
 何も問題ないさ。
 どこのお湯を引こうかなぁとかそういうワクワク感が全て無くなるだけだ。
 早速入ってみるとするか。
 しかしやっぱり1人で入るのも申し訳ないので雪さんと2人で入るとしよう。
 沖ノ鳥島の屋敷にテレポートし、雪さんを呼ぶ。

「どうしたんですか?」

「ちょっと温泉でもどうかと思って」

「また信濃ですか?少し遠出して越前というのもいいですね」

「いや、ちょっと今日は眺めのいい場所に行こう」

「わかりました。支度してきますね」

 庭のベンチに腰かけ、雪さんの支度を待つ。
 雪さんは短いほうだけれど、女性の支度には時間がかかるものらしい。
 この時代だと着物を着替えるだけでも大変だから当然なんだけどね。
 雪さんの実家である北畠家ほどの大家にもなると、普段屋敷で着ている着物も侍女に着せてもらわなければならないようなものばかりだったのではないだろうか。
 雪さんは着るのも動くのも面倒な着物だったと笑い話にしていたが、たまには着飾りたいこともあるよね。
 侍女でも雇うかな。

「キャンキャンッ」

「あ、ゆきまる。どこ行ってたんだよ」

 ゆきまるは真っ黒な足で帰ってきて、足を拭いてくれとばかりに俺に前足を上げて見せる。
 犬と違ってそのまま上がっちゃわないあたりが神獣だね。
 お利口お利口。
 足を拭いて頭を撫でてやる。
 可愛い。
 やっぱりモフモフは癒されるな。
 1匹きりで家に残していくのも可哀想だからゆきまるも蟹江展望温泉に連れて行ってあげよう。

「お待たせしました」

 ゆきまるを抱き上げると、ちょうど雪さんも支度が出来たようで庭に出てくる。
 俺は雪さんと手を繋ぎ、蟹江ダンジョンの屋上にテレポートした。
 パッパッと移り変わった景色は240メートルの建物屋上からの絶景だ。
 雪さんは言葉も出ないほどに感動している。

「…………どこですか、ここ」

「ここは蟹江に作ったダンジョンの屋上だよ。あまり縁のほうに行くと下から見られちゃうから気をつけて」

 雪さんははっとして転落防止用の柵に伸ばそうとしていた手を引っ込めた。
 柵に寄りかかって缶コーヒーでも飲みたい気分なんだけどね。
 蟹江ダンジョンの下には今日もたくさんの人たちが集まっているから、240メートル程度の高さだと人が塔の上にいることがくっきり見えてしまうだろう。
 下から見えない位置に、もう一重柵を設けるべきかもしれない。
 俺はスマホをタップし、柵の内側1.5メートルほどの位置にもう一重柵を作った。
 これで柵に寄りかかって缶コーヒー片手に人生相談みたいなドラマのワンシーンが再現できる。
 今度やってみよう。

「じゃ、お風呂入ろうか」

「ヒノキの良い香りですね。贅沢なお風呂です」

 ヒノキの木材はこの時代でも未来でも同じく高級品だ。
 高級木材で生活には必ずしも必要ではない風呂を造るというのはこの時代では最高の贅沢だろう。
 信長が作らせた住むことを前提とした城として有名な安土城にはヒノキのお風呂があったのではないかと言われているが、まだ信長は安土城を作らせ始めてもいない。
 ということはこんな贅沢をしているのは、この時代ではまだ俺たちだけなのではないだろうか。
 あの信長よりも豪華な風呂に優越感を感じながら、服を脱いでかけ湯をした。
 見かけは下呂温泉の透明なお湯だ。
 ちょっとぬるっとするところも、普通の下呂温泉のお湯みたいだ。
 とても魔導ナノマシンが入っているお湯とは思えない。
 ナノマシンというくらいだから目に見えたり感触で分かったりはしないのだろうけど。
 
「キャンキャンッ」

「はいはい、ゆきまるもかけ湯しようね」

 自分にもかけろと俺の足を肉球でぺしぺしするゆきまるに、足からゆっくりとお湯をかけてやる。
 お湯の温度は少し熱めだけれど、ゆきまるが早くかけろと主張するので身体にもかける。
 犬とは違うのは分かっているけれど、お湯を全く熱がらないところはやっぱり神獣なんだね。
 かけ湯はもう十分だとばかりにゆきまるは浴槽に飛び込んでいった。
 
「きゃっ」

 ゆきまるが飛び込んだときの水しぶきが雪さんにかかったらしい。
 髪が少し濡れて色っぽい。
 北畠家から連れ去るときにばっさりと切ってしまった髪だけれど、もうおへその辺りまで伸びている。
 この時代の人は基本的にお風呂に入らない。
 家にお風呂があるという人がまず珍しいんだ。
 毎日入る人なんて存在していないのではないだろうか。
 そんな中、雪さんは沖ノ鳥島の屋敷で毎日お風呂に入っている。
 髪を洗うのはノンシリコンシャンプーだし、洗髪後は必ずトリートメントする。
 比べるまでも無いほどにこの時代の人たちよりも髪が綺麗だ。
 ご近所さんや山内家の女衆に色々聞かれることもあるみたいだけど、夫が薬師だからみたいな無難な答えで切り抜けているらしい。
 だからなんか俺に髪を綺麗に保つ秘訣みたいのを聞いてくる人が多かったのかな。
 怖かったからめっちゃ良い匂いのするヘアオイルを数本売った。
 たくさんあるからいいけどね。
 
「髪、伸びたね」

「はい、面倒なのでこれ以上伸びたら切りますけどね」

「いや、このまま伸ばしたほうがいいよ。お姫様なんだからさ。侍女も雇って月に1回くらいは着飾ろう。それくらいしてもバチはあたらないでしょ」

「そう……かもしれませんね」

 雪さんが着飾らないのは、実家から逃げてきた自分が北畠家にいたときと同じように振舞うことに抵抗があるからだろう。
 開き直ってしまえば楽なのだろうけど、やっぱり北畠家は捨てられないんだ。
 不器用な人だ。

「雪さん、好きだよ」

「私もです」

 いつまでもこうして2人でいられたらいいのに。

「キャンキャンッ」

 ああごめん、ゆきまるもいたね。


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