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86.戦国飯マズ問題

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 まあ普通に考えて、焼きおにぎりだけで乱世が終わるはずがない。
 武田勝頼に焼きおにぎりを食べさせてみても、おそらく織田を攻めることをやめてはくれないだろう。
 さっきまで焚き火に当たりながら焼きおにぎりをはふはふと頬張っていた足軽たちも、さあ武田を殺すかとばかりに行軍を再開していった。
 みんなさっきの優しい気持ちを思い出して欲しい。
 おにぎりを持ってこられなかった人のために自分のおにぎりを千切って分けてあげたあの気持ちがあればきっと乱世を終わらせることができると思うんだ。

「うぉぉぉっ!武田の奴らを皆殺しにして出世してやるぅ!!」

 ダメみたいだ。
 まあ分かっていた。
 結局のところ、飯をたくさん食べるには人を殺すのが一番手っ取り早いんだ。
 その事実がこの時代を乱世にしている。
 それを是正しない限りは、乱世は終わらない。
 俺も殿と勘九郎君のもとへ急ぐとしよう。
 適当に雪をかけて火を消し、誰もいなくなった街道でリアリティクラウドの雲に乗り込んだ。
 




 空から眺める明智城。
 その姿はどこにでもある田舎の山城といった感じの風貌だ。
 多くの兵に包囲されている状況から察するに、まだ落ちていないようだ。
 史実だと間に合わず明智城は落ちてしまったはずだが、どうやら史実よりも武田軍の数が少ないことが影響してまだ落ちていないらしい。
 松姫様のお兄さんが武田にうまく金を回してくれたらしい。
 調略といえば聞こえはいいけどね。
 仁科さんには積極的に寝返ってくださいとは言ってない。
 だけどこういう時に兵を出し渋ってくれるだけでもかなり助かるというものだ。
 武田家の中ではちょっと居心地が悪くなるかもしれないけれど、裏切り者と謗られるまでのことは無いだろう。
 仁科さん自身はそれほど兵を持っていないだろうから、史実よりも8千も兵力が低いのは他の武将にもそれとなく武田と距離を取ることを仁科さんが進言してくれたからだろう。
 心ばかりの金と一緒に。
 みんな織田に付くのは渋ると思うけれど、兵を出さずに利益が出るのならそちらに乗りたいと思うだろう。
 武田家は当主が信玄から勝頼に代わったばかりで家臣たちが不安定だ。
 まだ勝頼を見定めている状態なんだ。
 だからこそ、このタイミングでの揺さぶりは結構大きな成果を出してくれたのだろう。
 とりあえず、まだ明智城が落ちてないことを勘九郎君に伝えることにしよう。
 信長、もっと急ぐかもな。
 
「はぁ、もう走るのは嫌だな」

 ずっと雲に乗っていたい。





「なんとか間に合ったか。鉄砲隊、隊列を組め!!」

 急ぎに急いだ信長は、武田軍に落とされる前に明智城に到着することに成功。
 鉄砲を持った侍を大勢引き連れて背後から急襲。
 武田軍7千を撃退した。
 しかし岐阜を出たときに3万いた織田軍の軍勢もまた、1万にまで減っていた。
 信長が急いで走りすぎたせいだ。
 疲れ果てて気絶する足軽が続出。
 街道には屍のように眠る足軽が大勢転がっていた。
 武田が史実通り1万5千いたら勝てなかったんじゃないだろうか。
 
「大殿もご無理をなさる」

「それだけ明智城を取られるのが不味いことだったんだろう」

「そうですな」

 なにはともあれ、今日は城で眠ることができそうでなによりだ。
 この寒さで野営は辛いからね。
 武田軍を撃退した俺達は、城に通されていた。
 木っ端武士や足軽は寺に泊めてもらったり野営だったりするみたいだけど、その点俺達は勘九郎君の関係者なので城の中で寝泊りすることを許された。
 やっぱり持つべきものはボンボンの主君だね。
 俺達は鎧を脱ぎ、棒のようになってしまった足を解す。

「はぁ、疲れたの」

「善次郎、飴玉が食べたい」

「さっき大殿が全部持っていきましたよ」

「父上……」

 信長の血糖値が少し心配になってくる今日この頃。
 ただでさえ血圧高そうなのに、血糖値も高いとなると結構生活習慣病が怖い。
 本能寺の変で死ななくてもその後生活習慣病でぽっくり逝ったらどうしようかな。
 それはそれで天命なのかもしれないけど。

「しかしなんじゃの。贅沢を言うつもりはないのだが、飯が不味いな」

 勘九郎君の言うとおり、この城の食事はあまり美味しくなかった。
 信長の子息である勘九郎君に出す食事なのだから、おそらくこの城で出せる一番上等な食事なのだろう。
 しかしここは美濃と信濃の境。
 海からかなり離れた土地だ。
 まず塩が何より高いのだろう。
 塩味が薄く、苦味の強い根菜類の煮物が絶妙に食欲をそそらない。

「伊右衛門、なんとかならんか?」

「善次郎、なんとかならんか?わらび餅だってあんなに美味くなっただろう?そうだ、砂糖でもぶち込んだら……」

「それはやめてください」

 危険すぎる。
 殿には砂糖を持たせられないな。
 世の中にはご飯に砂糖をかけて食べる猛者もいるようだけど、あれは特殊な味覚を持っていなければ見えない世界だ。
 俺達はまだ修行が足りてないから無理なんだ。
 おはぎは美味しいと思うけど、だからといってあんこをご飯に乗せたらおはぎになるわけではないだろう。
 それをおはぎと同じだと言い張れる人というのは、足りない分を想像の力で補うことに長けた人なのだ。

「しょうがないですね。これはまだ量が少ないからあまり教えたくなかったのですが」

 俺は荷物の中から小さな壺を取り出す。
 
「なんだそれは」

「また黒い液体ではないか。お主は黒いものが好きなのか?」

「これは同じような見た目でも、黒蜜とは正反対の味ですよ」

 塩と豆、微生物が起こした奇跡。
 これぞ刀に代わる未来の日本人の魂。
 俺が取り出したのは、しょうゆだ。



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