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兎屋亀吉

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85.明智城の戦い

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 年始の挨拶は上手くいったと思う。
 信長にもわらび餅を献上したのだが、また持って来いと言っていたのでまあまあ気に入ったのではないだろうか。
 わらび餅を作るのは大変なのでもう二度と作りたくないんだけれど、信長が持って来いと言うんだから持って行かなければならないだろう。
 幸いにも俺たちの住んでいる長屋のご近所さんが足軽を辞めたがっていたので、彼をわらび餅要員として雇い入れることを殿に進言しよう。
 まあ今はそれどころではない。
 正月早々越前の元朝倉領で一向一揆の情報が入ってきたのだ。
 岐阜城に挨拶に来ていた秀吉は岐阜で1泊もすることなく越前行きを命じられて去って行ったよ。
 だけど動いたのは一向宗だけではない。
 武田も、進軍を開始したらしい。
 浅井・朝倉を倒しても信長の周りが敵だらけなのは変わらずといったところか。
 武田軍が攻めようとしているのは明智城。
 未来では岐阜県恵那市のあたりにある城だ。
 朝ドラで有名になった地域だね。
 武田が支配する長野県と、織田が支配する岐阜県はお隣同士だ。
 武田勝頼は、明智城から美濃を攻めるつもりのようだ。
 ところでこの明智城、名前から分かるように勇者ミツヒデが生まれたとされる城でもある。
 今の城主は誰か知らないけれど、明智光秀はなんと11歳でこの明智城の城主になったらしい。
 それから斉藤義龍に攻められて落城するまで30年以上明智城で過ごしたというのだから、明智光秀にとっては思い入れの強い城なのではないだろうか。
 ちなみに戦略的にも結構重要なお城らしく、信長は珍しく焦っているようだ。

「くそっ、明智城が落ちれば武田が美濃に攻め入る足がかりが出来てしまう!なんとしても明智城を落とすわけにはいかん!!」

「「「はっ」」」

 殿はまだ評定というお偉いさんの会議のようなものには出ることはできない身分だが、俺はなんとなく気になったので天井裏に忍び込んで見学中だ。
 俺以外にも上がりこんでいる人がいたのでその方々には遠慮してもらった。
 敵方に情報が漏れたら大変だからね。
 ナイトメアゴーストに適当な悪夢を見せて帰ってもらったよ。

「遠山はなんと言ってきておる?まだ持ちこたえられそうなのか?」

「武田軍は7千、対して遠山氏は500でございます。篭城しておりますが、それほど長くはもたないかと思われます」

「くそっ、すぐに援軍を送れ!」

「はっ」

 たぶん遠山って人が今の明智城の城主なんだろうな。
 しかし武田の数が思ったほどでもないな。
 たしか史実では1万5千の軍勢で攻め込んできたはずだ。
 金の毒が回ってきたということだろうか。
 まあ少なくて悪いということはない。
 だけど遠山さんは兵力500だからな。
 1万5千が7千になったところで持ちこたえられるかどうかは分からないな。

「ワシも出るぞ!勘九郎、十兵衛、ついて参れ!!」

「「はっ」」

 どうやら信長も出陣するらしい。
 勘九郎君も連れていくということは俺も行かないといけないじゃないか。
 また無茶な行軍とかするんだろうな。
 信長と行軍するのはホント嫌だ。
 ちなみに十兵衛さんというのは勇者ミツヒデのことだ。
 やっぱり明智城は光秀にとって知らない城じゃないから連れていくようだ。
 道案内も必要だしね。
 そんなわけで、正月早々出陣です。





「はぁ、はぁ、ちょっ、速い……」

「大殿、いつにも増して飛ばしておるのぉ」

「付いて来れる者だけ付いて来い!!」

 信長はかなり焦っているようで、歩兵が付いて来れないほどの速度で馬を飛ばしている。
 重要拠点が攻められているから、急ぐのは分かる。
 だけどやっぱりきついものはきついんだ。

「はぁはぁ、もう、無理、先行ってください。後で追いつきます」

 俺は早々に限界が来てしまった。
 この時代の足軽でさえ付いていくことができない速度の行軍とか、冗談じゃない。
 ちょっと休憩してリアリティクラウドで飛んで追いかけることにしよう。

「はぁ、疲れた」

 まだ雪が残る美濃は手足がかじかむほどの寒さだ。
 汗が冷えて風邪を引いてしまわないようにしないと。
 俺は適当な石の上に拾った木の枝などを組み、豆粒大のファイアボールで火をつける。
 パチパチと火が燃え上がり始めると、疲れて立ち止まっていた足軽たちが寄ってきて勝手に火に当たり始める。
 まあ独り占めするつもりは無いからいいんだけどね、薪も拾ってきてくれるし。
 俺は軽い空腹を覚え、雪さんが持たせてくれたおにぎりを取り出した。
 炊きたてご飯とか味噌汁とか色々と収納の指輪に入れてあるけれど、こんな人前で虚空から食べ物を取り出すわけにはいかない。
 俺はおにぎりをそのまま食べようとしたのだが、どこからともなく空腹感を誘う暴力的な香りが漂ってきているのに気がついた。
 キョロキョロと周りを見回すと、火のそばで俺と同じようにおにぎりを食べようとしていた人が焚き火でおにぎりを炙っていた。
 いわゆる焼きおにぎりだ。
 しかもおにぎりにうっすらと味噌を塗っていた。
 俺の喉がゴクリと鳴る。
 味噌の焦げる香ばしい匂いが辺りに立ち込める。
 なんてことをしてくれているんだ。
 俺もやろう。
 俺は竹の入れ物に入った味噌をおにぎりに塗った。
 燃え尽きて熾き火になったあたりに棒で挟んだおにぎりをかざし、炙る。
 ジュクジュクとあっという間に味噌に焦げ目が付き、腹がぐぅと鳴る。
 なんて飯テロ。
 もはやここに残った足軽の中でおにぎりを焼かない人は少数派だった。
 金が無くて行軍食を買ったら今日の昼飯を買えなかった人くらいだ。
 だが美味しいものというものは人の心を少しだけ豊かにしてくれるらしい。
 おにぎりを持って来られなかった人の元にはちょびっとだけ千切ったおにぎりの欠片が集められ、少し小さめだが立派なおにぎりが完成したのだ。
 不覚にも少し涙が出た。
 こんな時代に、ちょびっとだけとはいえ人に食べ物を分け与えるなんて普通はできない。
 焼きおにぎりがそうさせた。
 焼きおにぎりが、人の心に少しだけの優しさを与えたのだ。
 俺は確信した。
 焼きおにぎりは、乱世を終わらせる。


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