チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

文字の大きさ
上 下
79 / 131

79.独立騒動と例の箱

しおりを挟む
 次の日、俺は殿の屋敷を訪れていた。
 いつもは適当に縁側でお茶でも出されるところだが、今日は少し様子が違っている。
 なぜか奥の間に通されて高そうな漆塗りの器に殿が下手くそなお茶を立ててくれた。
 普通に不味いので千代さんに立てて欲しかったな。

「善次郎、お主の言いたいことは分かっておる。いつか、こんな日が来るのではないかと思っておった」

「あれ、俺言いましたっけ?」

 今日は以前から考えていた箱屋山内の話をしようと思って良い宝箱の空箱をえっちらおっちら担いで来たのだけれど、俺はまだ箱屋の話を雪さん以外にしていない。
 雪さんは殿の屋敷に家事の手伝いに行ったりして千代さんや他の家臣の奥方たちとも交流がある。
 そちら経由で殿にも伝わっていたのだろうか。

「ああ、分かっておるさ。独立するつもりなのだろう?」

「はい?」

 いったいどういう勘違いをしたらそうなるのか。
 確かに今回の甲斐遠征で俺がメチャクチャ金を持っていることはいくら鈍チンの殿でも気がついたかもしれないが、なぜそれで独立することになってしまうのか。

「みなまで言わずともワシとお主の仲だ。少し前から気がついておったに決まっておろうが。何か事情があるのだろうと皆に善次郎の素性のことは口に出さないように厳命してあったが、薄々皆感じておったことじゃ。お主の生家、相当でかい武家なのだろう?いつまでもワシの下についておるような器ではないと前々から思っておったのだ」

「いや、何を言っているのか分かりかねますが……」

 本当に何を言っているのか分からない。
 なぜかみんな殿が戦の帰りにいきなり連れて来た怪しげな俺の素性に突っ込んでこないと思ったら、殿が聞かないように命令していたとは。
 俺も出会ったばかりの頃は素直にすべて話すほど殿を信用していなかったから、中途半端な設定を作って話したのがいけなかったのかな。
 妄想が妄想を呼び、殿は相当深読みしてしまったようだ。
 
「ちょっと前から決意しておったのだろう?どこぞに出かけておることが多かったからの。今回のことで大殿は善次郎の生家のことを知り、独立して大殿か若様の直参となることを許したのではないのか?」

 島の開拓やダンジョンの中の田畑の世話が忙しくて、結構な頻度で家を空けていたのも勘違いの原因になってしまったようだ。
 ありもしない実家の支援でも取り付けに行っているとでも思われたのだろう。
 そして甲斐遠征と信長からの居残り命令だ。
 確かに深読みもしたくなるというもの。
 だが信長からも許してもらえたし、俺は居心地のいい山内家を辞める気はない。
 信長と話したことはすべて明かすことはまだできないけれど、誤解は解いておかなければ。
 いずれ殿たちにも俺のことを明かしたいけど、なんか今更未来人でしたっていうのも恥ずかしいからね。

「大殿の話は結構どうでもいい話でしたよ。飴玉をこれからも献上せよとかそんな感じでした。あと俺の実家は正真正銘武家では無いです。誰かに仕えていた家とかそういう事実も無いです。本当に普通の家でしたよ」

「え……。じゃあ独立も?」

「しませんね」

「なんじゃ。せっかく他所の者になるかもしれぬからと、格式ばって慣れぬ茶なんぞ立てたというのに」

 殿はがっくりと肩を落とす。
 まあこれから出世していけば茶室に呼ばれることも増えるからお茶を立てるのは無駄ではないと思うよ。
 俺は練習台にはなりたくないけどね。

「せっかくお茶まで立ててもらったのになんかすみません。でもこれからもよろしくお願いします」

「なんの、いい練習になったさ。はぁ、善次郎が出て行かぬと知れて肩の荷が降りたわ」

「それで、今日来たのはこれのことで話があったからなんですよ」

 俺は背負ってきた大きな箱の風呂敷包みを解く。
 中から出てきたのは艶やかな朱塗りの箱。
 おそらく銀だと思われる白銀の金属によって補強、装飾が成された煌びやかな箱だ。
 普通の宝箱は木で作られたいかにも普通の箱といった外見だったが、良い宝箱は取得にかかるダンジョンポイントが10倍なだけあってかとても綺麗な外見をしていた。
 良い宝箱でこれなのだから、まだ一度も開けたことのないスペシャル宝箱の空き箱がどんな外見をしているのか楽しみだ。
 
「ほう、綺麗な箱じゃの。これがなんなのだ?まさかワシに売りつけに来たのでもあるまい?」

「まあ半分正解なんですけどね。これ、山内家で売りませんか?俺はこの箱をたくさん用意できるんですよ」

「うーん、商売の話か。ワシではなんともわからんな。しばし待て、千代を呼んでくる」

 以前投資詐欺に遭ってからというもの、金銭関係で殿は千代さんを挟まず何かをするということをしなくなった。
 千代さんを喜ばせようとしたサプライズが逆に一歩間違えば山内家を窮地に立たせる結果になっていたかもしれず、商売の話に軽いトラウマを負ったらしい。
 まあ殿はそのくらいのほうが上手くいくのかもしれない。
 
「お待たせしました。何か商売の話だとか」

 殿が千代さんを連れて戻ってくる。
 遠回りしたけれどこれでやっと今日の本題に入ることができる。

「なんかその箱をワシらに売らんかと言っておってな、どうじゃ千代。この箱売れそうか?」

「綺麗な箱ですね。旦那様のお知り合いのお侍様に売るとして、いくらくらいで買いますかね」

「さあなぁ、ワシの知り合いも大体奥が財布の紐を握っておる者ばかりじゃ。少し大きな家では金勘定を任せる家臣がおるところもあるがな」

 殿はそれなりに知り合いが多い。
 さすがに織田家の重臣とかには深い知り合いはいないが、同じ戦場で肩を並べて戦っていれば隣に陣取った侍と助け合ったり競い合ったりもするものだ。
 町に戻れば酒を酌み交わしたりもするだろう。
 そんな関係で同じくらいの家格の背を比べあうどんぐり仲間のネットワークというものがあるようだ。
 今では殿は出世してしまって頭ひとつ抜けた状態だが、妬み嫉みも殿は持ち前のお人好しな性格でスルー。
 どんぐりネットワークの人たちとは未だ良好な関係のようだ。
 彼らは町に繰り出して酒を買う金はそれほど持っていないが、その奥方は違う。
 少ない禄をやりくりして、刀や甲冑などの高額商品を買うための金を内助の功で貯めている。
 案外自分のための美術品や美容用品を買うだけの余裕のある家もあるかもしれない。
 侍の奥方の持つやりくりマネーというのは、馬鹿にできる額ではないのだ。

「なるほど。では奥方が買うと決めたら買うということなのですね」

「うちとそれほど変わりないと思うがな。千代ならこの箱買うか?」

「2貫くらいで買えるなら買いますね」

「ほう、それはまたなぜだ?綺麗な箱だからか?」

「いえ、ここを見てください。錠が付いているんですよ。頑丈でちょっとやそっとで開けられなさそうな錠です。2貫くらいなら買って損は無いですよ」

 そう、俺が持ってきた箱はただの箱ではない。
 オプションで鍵を追加した箱なのだ。
 ただの美術品の箱なんかそれほど売れるとは思えない。
 だからこそ、別の付加価値が必要だ。
 それが、鍵。
 物騒なこの時代に、大事なものを閉まっておける鍵付きの箱。
 これは売れる(キメ顔)。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...