チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

文字の大きさ
上 下
74 / 131

74.箱の中身

しおりを挟む
「な、なんじゃこの干し果実、美味すぎる……」

 仁科盛信さんはドライフルーツとなったパイナップルを一口食べて驚愕している。
 どうやら気に入ってもらえたようだ。
 俺の私物である四つの箱のうち、三つは徳川領の港で地侍たちに口止め料として渡した酒や高級保存食の入った箱だ。
 武器や装飾品などは見る人が見れば素晴らしい逸品揃いであることは明白なのだが、食べ物や飲み物の類は口にしてみなければどのようなものなのか分からないものもある。
 だから俺はドライフルーツの入った瓶を開け、仁科家の侍の皆さんに食べてもらうことにした。
 分かりやすく美味いと思ってもらえるのはやっぱり甘味だ。
 この時代の食生活は甘味が乏しい。
 この時代の日本では手に入り難い南国のフルーツをドライフルーツにしたものは、仁科さんをうならせることができたようだ。

「他にも様々な食材を保存ができる状態でお持ちいたしました。これらは堺の商人ですら手に入れるのが困難な品物ばかりでございます」

「しかしこのようなものを貰ったからといって、武田と織田が敵同士なのは変わりない事実であろうが。武田の姫を渡す理由にはならんと思うのだが」

「今のままでしたらそうでございましょうね」

「私に武田を裏切れと申すのか?武田は私や松の生家だぞ?」

「生家であること以外に何かこだわる理由があるのですか?」

「それは……」

 やはり、多くの家臣と同じようにこの人も勝頼に忠誠を誓っているわけではないようだ。
 しかし勝頼は仁科さんにとって、母親は違うが兄弟であることに変わりはない。
 この時代の血縁関係というのは非常に重たいものだからね。
 ドロドロとした兄弟同士の足の引っ張り合いとかも普通にあるというのに、なぜか血縁というものを過信するんだよこの時代の人たちは。
 ここは同じ血縁であり、勝頼よりも近しい松姫様のことを引き合いに出して攻めるのがいいかもしれない。

「松姫様の気持ちはどうなります。きっとまた勘九郎様と離れ離れになってしまえば、次はありませんよ」

 俺は暗に松姫様がまた自害を図るのではないかということを匂わせる。
 この事実は本来武田家から外には出てこないはずの情報。
 外聞というものがあるからね。
 年頃の姫が自害をはかったなんて他家には絶対に知られたくないはずだ。

「き、貴様、なぜ……いや、失礼……なんのことか分かりかねる」

「おや、本当にお分かりでないのですか?」

 俺は短刀で喉を突くような仕草を真似る。
 仁科さんは顔面を蒼白にして右往左往しだした。
 このまま追い詰めれば優位に話を進められるだろうが、俺も別にいじめたいわけではない。
 ここらで落とし所というものを用意してあげるのがいいだろう。

「話が飛躍してしまいましたが、俺達はただ勘九郎様と松姫様が結ばれることを願っているだけなのです。しかし仁科様にも武田の姫を預かる責任というものがあることは重々承知しております。そこで、こちらで影武者を用意させていただきました」

 松姫様は武田家の中では現在弱い立場。
 はっきり言っていらない姫だ。
 しかしいらない姫だからといって敵である織田に嫁ぐのは不可能。
 武家の姫というのは血縁外交の駒であり、今はいらなくても後で家臣や同盟家に嫁がせられるという事例も少なくない。
 いらないなら自由にさせてよという我が侭が通用する世界ではないのだ。
 だがDNAも指紋も無いこの時代ならば、取れる手段が無くは無い。
 それが影武者。
 超絶そっくりさんを用意することができれば、偽者と入れ替わっていても確認する手段が無い。
 ダンジョンマスターである俺には、変身能力のあるモンスターの1匹や100匹用意することは容易い。
 
「影武者だと!?だ、だが、生半可な偽者では……」

「おーい、松子ちゃん出てきて」

「はーい」

 松姫の偽者、ドッペルゲンガーの松子ちゃんを呼ぶ。
 さっき木立の影で生み出しておいたんだよ。
 ドッペルゲンガーはその目で見た生き物に変身する能力を持ったモンスターだ。
 変身前は球体間接の無いマネキンみたいな姿をしている。
 変身すればその人の仕草や話し方、知識などをすべて真似ることができる。
 身体能力は真似できず、素の身体能力がそれほど高くないので決して強くは無いモンスターだ。
 しかし変身して人を惑わせることにかけては信頼できる。
 影武者に最適のモンスターだ。

「ま、松?」

「「はい?」」

「ここまで松に瓜二つの人間がおるとは……」

「どうでしょうか。森城にはこの影武者の松子ちゃんを連れて帰ってもらって、松姫様は内密に織田に嫁がれるということで一つお願いできないでしょうか。勘九郎様の妻となられる松姫様にはもちろん最高の待遇でおもてなしさせていただきますよ」

「いや、そうは申されてもな。影武者がおるから松を連れて行ってもいいとか、そんなに簡単な問題ではないだろう」

 まあ正論だね。
 そっくりな影武者を置いていくから姫はもらっていくよ、で済むはずがない。
 それをやるなら誰にも気がつかれずにやらなければならなかった。
 だが、俺はこういうことは勘九郎様自ら動いたほうがいいだろうと思ってそれをやらなかった。
 だから最後の一押しを決めるのも、勘九郎様であるべきだ。
 俺はちらりと勘九郎様を見る。
 勘九郎君はゴクリと唾を飲み込んだ。
 ここが正念場だと気がついたようだ。
 勘九郎君はしがみつく松姫様をそっと引き剥がすと、前に出る。

「仁科殿、いや、兄上殿。どうか、松姫との婚姻を認めて欲しい。この通りだ」

 勘九郎君はその場に膝を着いて頭を下げた。
 おそらく織田の次期当主であるだろう嫡男が、武田家のいち家臣に頭を下げたのだ。
 周囲を囲む仁科家の侍たちもざわざわしている。
 とうの仁科さんも驚愕に口をぽっかりと開いて馬鹿みたいな顔になってしまっている。
 呆然とする仁科さん。
 そこへ松姫様がパタパタと駆けてきて勘九郎君の隣に膝を付き、自分も頭を下げた。

「お兄様、お願いします。私、勘九郎様と離れ離れになっては生きていける気がしません」

「ま、松……だがな……」

「お兄様、そこをなんとか」

「兄上殿、お願いいたします」

 頭を地面にこすり付けるような土下座で畳み掛ける勘九郎君と松姫様。
 これはもうお願いしているというよりも脅しをかけているようだ。
 しかし2人の気持ちがよく伝わってくる。
 俺も後押ししてあげよう。
 俺は未だに蓋が閉まっている残り一つの私物の箱を開ける。

「仁科様。最後になりましたが、こちらが結納の品の最後の一品でございます」

「こ、これは……」

 俺が開けた箱の中には、ギラリと光る金の延べ棒がぎっしりと詰まっていた。
 仁科さんは白目を剥いてバタリと倒れた。

「お兄様!」

「兄上殿!」

 ふう、これはたぶん俺達の勝ちだな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】 転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた! 元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。 相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ! ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。 お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。 金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...