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59.スペインの襲来

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 4月になった。
 殿は相変わらず近江だし、家康は武田と戦っているし、織田が包囲されている状況は変わりない。
 信長はそもそもの包囲網の言い出しっぺである足利義昭に和議を申し込むために京都に行っている。
 和議といっても信長は信長なので、もちろん武力をちらつかせた暴力外交だ。
 俺でもそれでは義昭がムキになるだけだということが分かるのだが、信長は自分のスタイルを改めるつもりはないらしい。
 そのへんが信長と秀吉の違いだよね。
 鳴かない鳥は殺してしまう信長と、どうにかして鳴かせてみようと工夫する秀吉。
 そして家康はう〇こを我慢しながら待つと。
 まあ将軍である足利義昭に対しては、信長も譲歩しているほうなのだろう。
 信長にしてはだけど。

『おばちゃん、いつもの』

『あいよ』

 それで俺はといえば、ここのところフィリピンに通いつめている。
 南国フルーツを買うためだ。
 島民たちが食べたいというのだからしょうがないだろう。
 沖ノ鳥島では労働の対価として砂糖も支給しているし先月にはさつまいもも収穫することができたので、島民たちはそれほど甘味に飢えているというわけではない。
 だが瑞々しく甘みと酸味が混然としたフルーツの味は、甘ったるい砂糖やさつまいもの味とはまた違った趣がある。
 ビタミンや食物繊維も豊富で身体にもいいものなので、島民たちには積極的に果物を食べるようにと言っている。
 しかし食べろと言ったはいいが肝心の第2階層の俺の隠し畑のフルーツは、まだまだ収穫できる状況ではない。
 そんなわけで俺は週1ペースでおばちゃんの露店に通っているというわけだ。
 それだけ通っていれば日常会話レベルのタガログ語ならばなんとか聞き取れるようになってきた。
 やはり言語を覚えるには積極的に使っていかなければならない。
 それもこれも、雪さんと二人お互いに顔が真っ赤になるまでタガログ語でお互いの好きなところを言い合ったおかげかもしれないな。
 おばちゃんはいつものようにパイナップルとマンゴー、ドラゴンフルーツを袋一杯に入れてくれる。
 俺は銀貨を3枚差し出した。

『まいど』

『どうも、また来る』

『いつもありがとうね』

 一番最初のとき俺は金貨を出したのだけれど、あれはめちゃくちゃ多すぎたそうだ。
 金貨は日本円だったら10万円札みたいなもので、果物なんか買うのに使うものではないらしい。
 おばちゃんは返そうとしたが、俺は断った。
 その代わりに少し育ったマンゴーやドラゴンフルーツの苗などを売ってもらうことにした。
 種から育てようと思ったらマンゴーなどは甘い果実が生るまでに5、6年はかかると聞いたことがある。
 それを少しでも短縮できたらと思ったのだ。
 なんとか4年くらいで自家製マンゴーを食べたいな。
 店を放れようと足を踏み出した俺だったが、マニラの町の雰囲気が少し違っているのに気が付いた。

『おばちゃん、なんか今日帝国人が少なくない?』

『ああ、なんか招集がかかってるらしくてね。どうせまたどこかの島でも占領に行くんだろうさ』

『ふーん……』

 そのタイミングでブーと振動するスマホに、俺は不吉なものを感じずにはいられなかった。
 今度こそおばちゃんの店を離れ、人目のない場所を目指す。
 人目が切れたのを確認して、即座にダンジョン内にテレポートした。

「わっ、た、大将!!大変でさぁ!!」

「落ち着いて、何があった?」

「南蛮人です!奴ら今度は大軍で来やがった!!」

 こんなときばかり嫌な予感というのが当たるとはね。
 しかしこんなときだからこそ、冷静にならなければ。

「平蔵さん、敵の数は?」

「200隻は超えてます。1隻100人は乗ってやがりますぜ。奴ら、撃っては来ねえが大将を出せと言ってきておりやす」

「なるほど、わかった。俺が話してみるよ」

「危険です!!」

「大丈夫。危なくなったら逃げるから」

「……わかりやした。敵将のもとまで案内しやす」

 平蔵さんにはいつも心配ばかりかけて申し訳ないな。
 だけど、この島の代表は俺だ。
 そのくらいの矜持はあるつもりだ。
 俺だって一応武士の端くれだ。
 正確には武士というのかよく分からないけれど、山内一豊の家臣として恥ずかしい真似はするわけにはいかない。
 向こうが仕掛けてこずに対話を求めているのに、こちらがいきなり仕掛けるのは殿の流儀に反する。
 しかし向こうが俺たちと、いや、俺と一戦交えるつもりがあるのならば容赦はしない。




 
「我が名はギド・デ・ラベサレス。フェリペ二世陛下によってフィリピン総督のお墨付きをいただきし者なり」

 そう言って日本語で名乗りを上げるのは、黒目黒髪平たい顔のどう見ても日本人の男。
 隣に偉そうな西洋人がいるところを見るに、こいつは通訳か。

「俺がこの島の代表の山田善次郎です」

「刀を預けてもらおうか」

「200もの船で囲んでおいて俺の刀が怖いんですか?」

 安っぽい挑発をしてみるが、言葉が通じない。
 通訳の男は顔を青くして俺の言葉を隣の西洋人に伝える。
 途端にガチャガチャと周囲を囲む屈強な船乗りたちが腰のシャムシールを抜き放つ。
 柄に手をかけるだけでなく迷いなく抜き放つとは、侍よりもキレやすいな。
 俺も刀の柄に手をかける。

「お、おい、お前!!やめろ、やめておけ!!」

「問答無用。そちらが先に刀を抜いたんだ」

 日本人の男はこの船でも地位が低いのか、曲刀を抜く男たちを見てびくびくしている。
 まあこんな時代にスペイン人の通訳をやっている日本人だ。
 さぞ苦労しているのだろう。
 少し気の毒だ。
 スペイン語の話せる人材なんてそうそう手に入るものじゃないし、こちらに寝返ってくれないだろうか。

「#$%&!!」

 一触即発かと思ったそのとき、日本人通訳の隣の偉そうな西洋人が大きな声で怒鳴り散らす。
 俺の挑発に怒ったのかとも思ったが、どうやら船員たちが曲刀を抜いたのをたしなめているようだ。

「山田殿、船員が勝手に抜刀したことを謝罪する。ギド・デ・ラベサレス様は対話を求めていらっしゃる」

「ならばなぜこのような船団を率いてきたのかお伺いしてもらってもいいですか?」

「しばし待て……。なるほど、船団を率いてきたのは帝国の武威を示すため。ギド・デ・ラベサレス様は帝国の統治を受け入れるならば自治を許すと申し出ている。どうだ?悪くない話じゃないか?」

「話にならない」

 ハードなネゴシエーションになりそうだ。

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