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49.戦

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 この時代に飛ばされてすぐに、俺は金ヶ崎の退き口という戦の行軍を経験した。
 だがよく考えてみれば俺が経験したのは近江から美濃までの帰り道の行軍だけで、本格的な戦場を経験するのは初めてだ。
 実際に経験してみた戦場は、一言で言い表すなら地獄だ。

「我々から奪った税で私服を肥やす侍こそすべての元凶!!侍は飢えなど経験したこともないのだ!!侍を許すな!!」

「「「侍を許すな!!」」」

 坊主の扇動する民衆が不揃いの武器を手に、目を血走らせて殺到する。
 
「腐れ坊主の言葉を信じる愚かな民衆め!!一人残らずあの世に送ってくれるわ!!構え、撃てぇぇっ!!」

 織田軍の鉄砲が火を噴き、多くの民衆の骸を築き上げた。
 しかし民衆は止まらない。
 狂気をその身に宿した人々は死ぬ直前まで止まることなく侍を殺すという一念を貫き通す。
 織田軍のほうが圧倒的に有利にもかかわらず、俺などはその民衆の執念のようなものに軽く気圧されてしまった。
 
「善次郎殿、気をしっかり持て。斬らねば斬られるのだぞ。侍ならば某らが首を取られるだけで済むが、一揆はそれだけでは済まん。嫁子供までも、侍の家族だからと殺す連中だ」

「善次郎、戦場において一瞬の情けは命取りとなる。特に一揆はな」

「はい……」

 善住防さんと殿に叱咤されてしまった。
 頭では分かっているんだけどね。
 俺は完全に戦場の雰囲気に飲まれてしまっていた。
 情けないことだ。
 
「撃てぇぇっ」

 奇妙丸君も頑張っているようだし、俺も頑張らなければ。
 肩に担いだ雑兵の槍をぐっと握りしめる。
 
「そろそろ乱戦になってきた。ワシらも行くぞ」

「「「おう!!」」」

「やあやあ我こそは山内伊右衛門様の家臣、麻枝慶次郎なり!!腕に自信のある奴はかかってこい!!」

 俺たちは竹の盾を担いで殿に矢が当たらないように必死で走るが、慶次は早々に盾を投げ捨て朱槍を振り回して突出する。
 俺の弟子として岐阜に来たはずの慶次は、いつの間にか山内家の家臣になっていたようだ。
 まあ殿の禄高で慶次を雇えるのだったら安いと思うけど。
 
「慶次に続け!!」

「あ、こら待て!!」

 慶次に変な刺激を受けたのか、吉兵衛さんの弟である吉蔵君と勘佐衛門さんの息子である新太郎君が一緒に駆けぬけて行ってしまう。
 殿の矢避けが3人も減ってしまった。
 帰ったら清さんに説教してもらわないとな。
 慶次はなんだかんだ言って手柄首とかを上げて帳消しになってしまいそうだけど。

「よし、もう矢避けは良い。手柄首を上げるぞ!」

「「「おお!!」」」

 やがて弓の間合いではなくなると、俺たちも盾を捨て槍を構える。

「侍が憎ければここにおるぞ!!我こそは山内伊右衛門!!かかってこい!!」

 殿の名乗りに反応したのか、侍憎しの民衆が群がってくる。
 人々の目に宿る狂気の光に少し気圧されるが、身体にインストールされた槍術は俺の身体を滑らかに動かした。
 雑兵の槍の穂先を民衆の血走る眼球に突き込み、脳を破壊して絶命させる。
 瞬き一つする間にその動作を4度繰り返す。
 脳漿をぶちまけて崩れ落ちる一揆勢。
 しかし4人殺したところで次から次へと殿に敵が群がってくる。
 俺は必至で槍を振るった。
 俺は体力が無いから、慶次のよおうに槍を振り回す大振りの攻撃は向いてない。
 最小の動きで敵を仕留めるよう心掛けた。
 俺の槍がまた一人敵を貫く。
 全員が背中合わせで殿を守りながら戦う。
 毎日稽古を頑張ったおかげで、殿もみんなも武術の腕は大分上がった。
 だけど一瞬気を抜いたら死ぬ。
 それが戦場というものなのだと肌で感じた。
 
「何をしておるか!!早く侍を殺せ!!」

 慶次たちを追って敵陣に切り込むと、民衆に向かって喚き散らす坊主がいた。
 
「善次郎、一向宗の坊主だ!!坊主をワシの前に引きずり出せ!!」

「はい!!」

 俺は殿の命令通り敵を斬り坊主の元まで向かった。

「なんだ貴様は!!私に指一本でも触れてみろ、神罰が下るぞ!!」

 残念だったな、俺はもう神罰を受けているようなものなんだ。
 危険だし不便だし、色々と考えさせられる毎日だけど、殿や雪さん、みんなに会えて俺は良かったと思っているよ。
 ありがとう神様。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!」

 俺は坊さんの手足の関節を外して殿の元に持っていく。
 殿は槍を勘佐衛門さんに預けると刀を抜く。

「ひぃぃっ、た、助けてくれ、銭ならあるぞ!!」

「貴様のような腐れ坊主から受け取った銭なんぞを使うくらいならば、恥を晒して家臣にでも借りる」

「ほ、本当に私を斬るつもりなのか?坊主だぞ?神罰が怖くないのか?」

「ほう?神罰とな。興味があるな、どのようなものなのか。貴様を斬って試してみるとしよう」

「ひぃぃっ、た、助けてくだびゃっっ……ぐぺっ……」

「汚い死にざまじゃの……。一向宗の腐れ坊主の首!!この山内伊右衛門が討ち取った!!」

 殿は坊主の首を掲げる。
 戦の作法というやつか。
 しかし当の一揆勢は坊主がやられたというのに全く気にした様子がない。
 おそらく扇動している坊主をすべて討ち取っても、もう止まることは無いのだろう。
 民衆の憎しみにはすでに火がついてしまっている。
 燃え尽きて灰になるまで戦うだろう。
 一揆というものは本当に厄介だな。
 俺たちは慶次たちと合流し、敵陣を切り抜けていった。
 慶次はすでに坊さんや民衆の代表的な人物の首をたくさん取っていた。
 説教は回避だな。
 要領がいい男だ。
 

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