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42.鬼柴田
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「薬師山田善次郎殿は御在宅か!!」
ずいぶんとでかい声だ。
そんな声張らなくても聞こえているって。
どうにも俺の苦手な強面の侍の予感がするな。
居留守でも使いたいところだが、煮炊きの煙が出てしまっているし今しがたまで話していたので話し声も聞こえてしまっていただろう。
中に人がいるのは明白。
居留守なんて使おうものなら、無礼だからと斬ろうとする侍もいるかもしれない。
面倒だけど出るしかないな。
「はい、今開けます」
俺は渋々長屋の木戸を開けた。
そこには共も連れずに一人で仁王立ちする大男が。
そっ閉じしたい。
木戸はこの時代の人の身長に合わせた高さになっているから、180センチを越える人だと頭が丸々見えない。
慶次がそうなっていたから、おそらくこのお客さんは慶次と同じかそれ以上の偉丈夫だ。
その身体は鍛えられてガチムキ。
ゆったりとした着物の上からでも分かるほどのマッスルボディ。
やっぱり苦手なタイプのお侍さんのようだ。
「貴殿が山田善次郎殿か」
「そうです」
男は相変わらず顔が見えないまま話す。
声は野太く、腹に来る重低音。
男がしゃべるたびにビクリと震えてしまいそうなほどに、覇気に満ち溢れた声だ。
「貴殿に頼みがあって来た」
「わかりました。とりあえず中へ」
「失礼する」
男はぐんと身体を屈めて木戸を潜る。
そして出てきた顔は、子供なら絶対泣くなって思うくらい怖い顔だった。
なんか目がギラギラしてるんだよね。
融通の利かない根っからの侍の目だ。
あまり家には入れたくないけれど、こんなところで立ち話で済ますような内容の話でも無さそうだ。
雪さんは木戸を潜って現われた大男に臆した様子もなく、淀みない手つきでお茶を入れてくれる。
俺はビビりまくりなんだけどね。
雪さんから手ぬぐいを受け取って足を拭いてから板の間に上がる侍。
当然刀も携帯しているから一瞬の油断もできないが、どうやら身体の調子が優れないらしく動きはあまり良くない。
自分の治療に来たのかな。
雪さんが出してくれたお茶を毒見の意味も込めて一口先に飲み、俺は話を持ち出す。
「それで、頼みとは?」
「失礼、名乗りがまだだった。某は織田上総介様の家臣、柴田権六と申す」
鬼柴田じゃないか。
逃げたい。
柴田勝家、織田家きっての猛将と名高い人だ。
後世に伝えられた話だと、気に障ることをすればすぐ斬りかかって来そうな感じだった。
そんな人を家に迎え入れてしまった。
今のところ声がでかいだけで普通に礼儀正しい人だけど、キレるとどうなるかわかったものじゃないよ。
この時代の人はどこでキレるか分からないところあるからね。
小者やら茶坊主やらが怒らせて斬られたっていうエピソードが無い人を探すほうが大変なくらいだ。
どいつもこいつも現代の若者よりも切れるのが早くて困ったものだ。
「頼みというのは我が妻、お凜のことだ」
はて、柴田勝家に妻なんていただろうか。
清洲会議の後に出戻りの織田信長の妹を娶ったんじゃなかっただろうか。
たしか浅井長政に嫁いで、長政の死後帰ってきたお市の方という人だ。
だけど、よく考えたら武家の当主が50過ぎまで独身でいるわけないよね。
20そこそこの俺でさえ、雪さんと結婚するまでは清さんにグチグチ早く嫁をもらえって言われたんだ。
武家の当主なんて跡継ぎのこととかもあるから、周囲から無理矢理にでも結婚させられるはずだ。
まあ史実にはあまり女の人の記録は残っていないし、本当は柴田勝家にも奥さんがいたのかもしれない。
市さんと結婚してからは側室になったか、それ以前に亡くなったか。
亡くなった可能性の方が高いだろうね。
こんな時代だ、普通の風邪でもあっけなく人が死ぬ。
「妻が病にかかって危篤状態にある。どうか妻の命を助けて欲しい」
やはり、そうか。
歴史どおりならば、もうすぐ柴田勝家の一人目の妻は死ぬことになる。
となると、治療すれば歴史を変えることになるのか。
何を今更って感じだけどね。
だけど意図して本来の歴史と違う行動をとるのは初めてな気がする。
柴田勝家の奥さんの病気を治せたとして、後妻のお市の方はどうなるのか。
柴田勝家は奥さんが生きていたらお市の方を娶るのだろうか。
娶った結果、次の年に勝家もお市の方も死ぬ。
娶らないほうがいい気もするな。
奥さんが生きていたら本能寺の変の後に秀吉と対立することも奇跡的に無くなる可能性もあるし。
「わかりました。お引き受けいたします」
「おお、そうか!!ではすぐに……」
勢いよく立ち上がろうとした勝家は、白目をむくとそのままばたりと倒れた。
どうなってんだこの人は。
「善次郎さん、柴田権六様は先の長島一向一揆との戦で大怪我を負われたと聞きました」
えぇ、妻より先に自分が死にそうじゃん。
俺は嫌々ながらも前のめりに倒れる大男の着物をはだけさせる。
そこには、ほとんど治療もされていない生傷がジュクジュクと膿んでいた。
おいおい、本気で死ぬぞ。
すぐに青臭い傷薬を塗って傷の処置をする。
骨が折れているみたいな感じの場所もあったので湿布を貼っておく。
本当になんで今まで動けてたのか不思議なくらいの大怪我だ。
やっぱりこの時代の侍は怖いと思った。
ずいぶんとでかい声だ。
そんな声張らなくても聞こえているって。
どうにも俺の苦手な強面の侍の予感がするな。
居留守でも使いたいところだが、煮炊きの煙が出てしまっているし今しがたまで話していたので話し声も聞こえてしまっていただろう。
中に人がいるのは明白。
居留守なんて使おうものなら、無礼だからと斬ろうとする侍もいるかもしれない。
面倒だけど出るしかないな。
「はい、今開けます」
俺は渋々長屋の木戸を開けた。
そこには共も連れずに一人で仁王立ちする大男が。
そっ閉じしたい。
木戸はこの時代の人の身長に合わせた高さになっているから、180センチを越える人だと頭が丸々見えない。
慶次がそうなっていたから、おそらくこのお客さんは慶次と同じかそれ以上の偉丈夫だ。
その身体は鍛えられてガチムキ。
ゆったりとした着物の上からでも分かるほどのマッスルボディ。
やっぱり苦手なタイプのお侍さんのようだ。
「貴殿が山田善次郎殿か」
「そうです」
男は相変わらず顔が見えないまま話す。
声は野太く、腹に来る重低音。
男がしゃべるたびにビクリと震えてしまいそうなほどに、覇気に満ち溢れた声だ。
「貴殿に頼みがあって来た」
「わかりました。とりあえず中へ」
「失礼する」
男はぐんと身体を屈めて木戸を潜る。
そして出てきた顔は、子供なら絶対泣くなって思うくらい怖い顔だった。
なんか目がギラギラしてるんだよね。
融通の利かない根っからの侍の目だ。
あまり家には入れたくないけれど、こんなところで立ち話で済ますような内容の話でも無さそうだ。
雪さんは木戸を潜って現われた大男に臆した様子もなく、淀みない手つきでお茶を入れてくれる。
俺はビビりまくりなんだけどね。
雪さんから手ぬぐいを受け取って足を拭いてから板の間に上がる侍。
当然刀も携帯しているから一瞬の油断もできないが、どうやら身体の調子が優れないらしく動きはあまり良くない。
自分の治療に来たのかな。
雪さんが出してくれたお茶を毒見の意味も込めて一口先に飲み、俺は話を持ち出す。
「それで、頼みとは?」
「失礼、名乗りがまだだった。某は織田上総介様の家臣、柴田権六と申す」
鬼柴田じゃないか。
逃げたい。
柴田勝家、織田家きっての猛将と名高い人だ。
後世に伝えられた話だと、気に障ることをすればすぐ斬りかかって来そうな感じだった。
そんな人を家に迎え入れてしまった。
今のところ声がでかいだけで普通に礼儀正しい人だけど、キレるとどうなるかわかったものじゃないよ。
この時代の人はどこでキレるか分からないところあるからね。
小者やら茶坊主やらが怒らせて斬られたっていうエピソードが無い人を探すほうが大変なくらいだ。
どいつもこいつも現代の若者よりも切れるのが早くて困ったものだ。
「頼みというのは我が妻、お凜のことだ」
はて、柴田勝家に妻なんていただろうか。
清洲会議の後に出戻りの織田信長の妹を娶ったんじゃなかっただろうか。
たしか浅井長政に嫁いで、長政の死後帰ってきたお市の方という人だ。
だけど、よく考えたら武家の当主が50過ぎまで独身でいるわけないよね。
20そこそこの俺でさえ、雪さんと結婚するまでは清さんにグチグチ早く嫁をもらえって言われたんだ。
武家の当主なんて跡継ぎのこととかもあるから、周囲から無理矢理にでも結婚させられるはずだ。
まあ史実にはあまり女の人の記録は残っていないし、本当は柴田勝家にも奥さんがいたのかもしれない。
市さんと結婚してからは側室になったか、それ以前に亡くなったか。
亡くなった可能性の方が高いだろうね。
こんな時代だ、普通の風邪でもあっけなく人が死ぬ。
「妻が病にかかって危篤状態にある。どうか妻の命を助けて欲しい」
やはり、そうか。
歴史どおりならば、もうすぐ柴田勝家の一人目の妻は死ぬことになる。
となると、治療すれば歴史を変えることになるのか。
何を今更って感じだけどね。
だけど意図して本来の歴史と違う行動をとるのは初めてな気がする。
柴田勝家の奥さんの病気を治せたとして、後妻のお市の方はどうなるのか。
柴田勝家は奥さんが生きていたらお市の方を娶るのだろうか。
娶った結果、次の年に勝家もお市の方も死ぬ。
娶らないほうがいい気もするな。
奥さんが生きていたら本能寺の変の後に秀吉と対立することも奇跡的に無くなる可能性もあるし。
「わかりました。お引き受けいたします」
「おお、そうか!!ではすぐに……」
勢いよく立ち上がろうとした勝家は、白目をむくとそのままばたりと倒れた。
どうなってんだこの人は。
「善次郎さん、柴田権六様は先の長島一向一揆との戦で大怪我を負われたと聞きました」
えぇ、妻より先に自分が死にそうじゃん。
俺は嫌々ながらも前のめりに倒れる大男の着物をはだけさせる。
そこには、ほとんど治療もされていない生傷がジュクジュクと膿んでいた。
おいおい、本気で死ぬぞ。
すぐに青臭い傷薬を塗って傷の処置をする。
骨が折れているみたいな感じの場所もあったので湿布を貼っておく。
本当になんで今まで動けてたのか不思議なくらいの大怪我だ。
やっぱりこの時代の侍は怖いと思った。
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