上 下
37 / 131

37.兵どもが夢の……

しおりを挟む
 野伏せり、山野に寝起きする山賊や浮浪者のことをこの時代ではそう呼ぶ。
 どちらかと言えば山賊という意味合いのほうが強いだろうか。
 目の前のこの人たちは野伏せりの中の野伏せり。
 バリバリの山賊だ。
 今までの俺の倫理感では悪。
 人道に外れる悪党だ。
 だけど人から奪って生き延びることが当たり前のこの時代、明確な悪など存在しない。
 織田信長が悪で無かったらなにが悪なんだって話だ。
 そもそも善だ悪だという感覚をまず捨てるべきなのかもしれない。
 じゃあ新しい価値観としては、敵か味方か?それとも自分とそれ以外?
 自分以外が敵だったら殿や雪さんも敵になってしまう。
 戦国時代の価値観というのはまったく俺にはついていけない。

「ビビッて声も出ねえか?」

「ぎゃははっ、腰の刀が泣いてるぜえ」

 まったく、小物臭のする山賊だ。
 でもおかげで戦国の価値観というものにあたりがついた。
 とりあえず目の前の敵をぶん殴る。
 俺の中の価値観はそれで十分だ。
 殺すか殺さないかは、後から考えたり殿や雪さんに聞いたりすればいい。
 俺は腰の刀は抜かずに落ちていた棒を拾い上げる。

「ぶあっはははっ、こいつ、木の棒で何するつもりなんだよ」

「お侍さん遊びか?付き合うぜぇ」

 男たちは俺を嬲るつもりなのか、刀や槍を置いて各々木の棒を拾い上げる。
 なかなか付き合いのいい山賊じゃないか。
 いい機会だ、俺も稽古させてもらおう。
 俺は目を瞑り、男たちの気配を感じ取る。
 隠術には人の気配を感じ取る技能がある。
 だが、今の俺に感じ取れるのはせいぜい半径5メートルくらいだ。
 もっと広い範囲の気配が感じ取れれば今回のように山賊に気付かず絡まれることも減るだろう。
 目を閉じると、男たちの発する音や匂い、さらにはなんらかのエネルギーの脈動のようなものまでもが目を開けていたときよりも強く感じられる。
 このエネルギーはおそらく北畠具教が塚原卜伝から教わったという奥義、一之太刀に使われているエネルギーだろう。
 気とかオーラとか、そういったものなんだろうか。
 隠術の技術だから、なんとなくチャクラというネーミングが合っている気がする。
 男たちのチャクラが、俺に居場所を教えてくれる。
 
「目ぇ瞑ってちゃ危ねえぜっ!!」

 不恰好な構えで男が木の棒を振りかぶり、俺の肩のあたりに振り下ろそうとしているのが分かる。
 俺は1歩右足を引き、身体をずらすことでその振り下ろしを回避する。

「なっ、こいつ、見えてんのか!?」

「薄目を開けてやがるに決まってる」

「油断させようったってそうはいかねえぞ」

 今度は3人。
 すり足で近づいてきて、木の棒を振りかぶる。
 左の奴が一番腕力が弱そうだ。
 俺は右と真ん中の棒を適当に避け、左のやつと切り結ぶ。
 木の棒同士がカツンとぶつかり合う。
 ぐぐっと押し返される木の棒。
 一番弱そうだと思った左の奴でもこれだ。
 この腕力不足も俺の弱点といえるだろう。
 やっぱり生まれたときから戦国時代で不便な生活をしていた人というのは、根本から身体能力が違う。
 北畠さんと打ち合ったときのように、技でいなすしかないだろう。
 目の前の男たちと北畠さんとは、剣の腕が天と地ほど違う。
 それほど苦労することなく、俺は左の男の棒の勢いを殺した。
 そのまま棒を絡めとるようにしてぐっと力を込めると、男の手から棒が飛ぶ。
 飛んだ棒はまた棒を振りかぶっていた右の男の頭に当たった。

「くっ、こいつ、強ぇ!おい、お前ら、遊びは終わりだ」

「全員真剣でかかれ!!」

「「「おおぉぉ!!」」」

 木の棒を捨て、各々刀や槍に持ち替える山賊たち。
 だが俺は刀は抜かない。
 先ほどの打ち合いでこいつらの大体の力量はわかった。
 倒すのに木の棒以上の武器は必要ない。

「こなくそっ!」

「死ね!」

 持ち替えたところで、当たらなければ木の棒と真剣に違いは無い。
 むしろ重たい分、真剣のほうが剣速は遅いくらいだ。
 刃筋も通っていないブレブレの振り方では巻き藁も切れなさそうだし。
 俺は目を瞑ったまま男たちの刀や槍を避けていく。
 素人丸出しの刀よりも、槍のほうが厄介だな。
 槍と刀、どちらのほうが強いというわけでもないが、素人が持ったら断然槍のほうが厄介だ。
 重たい刀の振り下ろしよりも槍の突きのほうが攻撃の間隔が短いし、間合いも広い。
 点の攻撃なので横に移動すれば避けられるというのが唯一の救いか。
 同じ点の攻撃でも、銃弾を避けるよりは容易い。
 槍の突きをかわし、懐に入り込んで当て身で気絶させる。

「ぐへっ」

「ぶはっ」

「ぐべっ」

 槍は懐に入り込まれると弱いんだよね。
 達人ならそこからの対処法も知っているだろうし、そもそも懐に入らせないのだろうが、この人たちは素人に毛が生えた程度だからね。
 槍を持っている人は全部無力化した。
 長巻は問題外だ。
 素人がそんな重い長物使うんじゃない。
 あとは刀のやつか。
 リーダー格っぽいやつと取り巻き3人くらいは、どことなく道場剣術を感じさせる構えをしている。
 どこぞの武士崩れかな。
 この時代、織田信長や豊臣秀吉のように成り上がる武士もいれば落ちぶれる武士も星の数ほど存在している。
 北畠具教さんがいい例だ。
 あの人のように家が残って、当主も隠居程度で済む武家というのは良い方なんだ。
 多くの武士が夢破れて家を潰される。
 たしか殿の実家もそんな感じだったな。
 潰したのは織田信長。
 殿は苦渋を飲んで実家を滅ぼした織田に仕えて家を存続させた。
 それができなければ、こうして野に堕ちて山賊をすることになる。
 哀れな武士の末路だ。
 
「武士は食わねど高楊枝、か……」

「何をわけのわからねえことを言ってやがる!!」

「いや、武士も農民も、堕ちれば一緒なんだなって思って……」

「一緒にすんじゃねえ!!」

「俺達は家の再興のために戦っている!!」

「てめえのような裕福そうな侍には分からねえだろうがな!!」

 まあ分からないね。
 山賊に身をやつして、どうやって家を再興するのか分からない。
 
「いつか必ず、俺達は家を再興して織田を打倒する!!」

「織田信長の妻も子供も、皆殺しにしてやるんだ!!」

 おおかた、織田信長に滅ぼされた木っ端武士の生き残りといったところか。
 俺も別に織田信長が好きなわけじゃないけどね、妻も子供も殺すのはやりすぎじゃないかと思うんだ。
 ちょっと小一時間ばかり、説教をしてやらないと。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...