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18.雪姫

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 北畠具教、伊勢のあたりを広く支配していた北畠家の8代目当主だったはずだ。
 史実では去年あたり織田信長と戦って降伏したはずだ。
 織田信長は北畠家の家督を自分の息子に譲ることを条件に和睦を承諾した。
 その後の北畠具教の行く末はまだ読んでないので知らないが、こんなところでお坊さんをしているということは出家したんだろうな。
 そんな人が俺に何を頼もうとしていたのかな。
 少し気になる。

「あの、もし勝負に勝つことができたら俺に何を頼むつもりだったのですか?」

「気になりますか」

「ええ」

「別に大したことではないのですがね。娘を貰っていただけないかと思いまして」

 いや、大したことあるでしょ。
 なんだよ娘を貰ってくれって。
 犬猫じゃないんだから。

「これは勝ってよかった。大変なことを頼まれるところでした」

「おや、女はお嫌いですかな。親の欲目抜きにしてもそこそこ器量のいい娘ですよ」

「いや、女の人が嫌いとかじゃないですよ。ただ武家の娘さんを貰うのは面倒だという話です」

「なるほど。しかし私が言っているのは降嫁の話ではないのです。娘を攫ってくれないかと、そういう話でありまして。まあ勝負に負けてしまった以上は頼みようもございませんが」

「攫うって……」

 俺に誘拐犯になれっていうことか。
 そんなことを頼もうとしていたなんて。
 これは負けても魔法ぶっぱで逃げていたかもしれないな。

「娘の雪は、織田の馬鹿息子に嫁ぐことになっております。織田の息子を一目見ましたがね、あれはダメです。あれに嫁がせるくらいならと、そう思ったのです」

「いや、そんなこと人に頼まないでくださいよ」

「私にはもはやどうすることもできないのです。最後に無駄なあがきをして織田に殺されるくらいしかね」

 何かするつもりなのか。
 織田信長は敵対する者に甘くない。
 北畠具教さんが命を繋げているのは降伏して家督を譲っているからだ。
 それはもはや武士としては死んだも同然。
 これ以上刀を向けるのならばその喉首切り裂くという紙一重で生かされている状態だ。
 何かすればすぐに殺されてしまうのは明白。
 まったく戦国時代の武士というのは面倒な人ばかりだな。

「俺がその雪姫様を攫ったら、このまま大人しく隠居してくれますか?」

「おお、やってくれるのですか」

「雪姫様がブスだったらつき返しますからね」

「大丈夫。10人が見たら9人が美人と答える容姿をしていると思います」

 美人は好きだ。
 この時代の美人と俺の中の美人が一致するかは分からないが、千代さんとか文さんとか普通に美人だと思うから大丈夫なはず。
 千代さんはまだ15歳だから美人というよりも可愛いって感じだが。
 さすがに攫ってお嫁さんにするというのは蛮族すぎるので、清さんに使用人として働かせてもらえないか聞いてみようかな。

「雪は北畠家の屋敷にいると思います。これは少ないですが結納金です」

「え……」

 そう言って北畠さんが渡してきたのは黄金の小判。
 数えると20枚以上ある。
 この小判1枚で10万円以上の価値はあると思うから大体200万円くらいかな。
 現代の価値で非合法の仕事を頼むには少し少ない金額だが、この時代の相場では多すぎるくらいだ。

「いいのですか?」

「ここでは金などそれほど役に立ちませんから」

「わかりました。では遠慮なく」

「娘を頼みます」

「たまには顔を見せに来るくらいはできると思いますがね」

「もうここには来ないほうがいいですよ。娘は死んだということにしておいたほうがいい」

「そうですか」

 やはり武士というのはよく分からないな。
 俺はゆきまるを抱き上げ、地図を見ながら歩き出した。





 一言で伊勢といっても中々に広い。
 北畠家の本邸を見つけたときにはすでに夜になってしまっていた。
 戦国時代の夜は暗いなぁ。
 しかしこれだけ暗ければ後ろ暗い者たちは行動しやすいというもの。
 俺は隠術を駆使して北畠家の屋敷に忍び込んだ。
 屋敷のあちこちに俺と同じように気配を消して忍んでいる人たちがいるな。
 隠術を極めた俺には丸分かりだけど。
 殿は今のところマイナー武将だから忍とか差し向けられないけれど、有名な武将ともなればこんなものなのかもしれないな。
 このあたりは伊賀という忍の里があるから、そこの忍かもしれない。
 北畠家が雇った忍と敵が雇った忍が日夜化かし合いのような戦いを繰り広げているのだろう。
 俺はそういうのノーセンキューなんで、スルーさせてもらう。
 北畠さんから聞いた屋敷の間取りを思い浮かべ、雪さんを探す。
 聞いたとおりの場所に、一人の女性が眠っている。
 おそらくあれが雪さんだろう。
 北畠さんが言っていたように、なかなかの美人。
 しかしこの時代の寝具は固くて寝心地が悪そうだな。
 ガチャから出た羽毛布団を貸してあげたくなるくらいだよ。
 あまり女の人の寝顔を眺めるのも趣味が悪い。
 俺は声をかけることにした。

「起きてください」

「ん……。はっ、だ、だれk……」

 叫びそうになった雪さんの口を塞ぎ、静かにさせる。

「静かにしてください。あなたに危害を加えるつもりはありません。叫ばないと約束していただけるのなら、手を離します」

 涙を浮かべた雪姫様はこくこくと首を縦に振る。
 俺は雪さんの口を塞いでいた手を離した。
 雪さんは側仕えの人に聞こえないよう、小さな声で俺に話しかけてくる。

「はぁはぁ、あ、あなたは、誰ですか?暗殺者?」

「俺は山田善次郎と申します。えっと、い、一応織田側です」

「織田の者が何の用ですか?」

 俺が織田側だと知ると雪さんの口調は一気に冷たくなる。
 よほど織田が嫌いなんだな。
 まあそれも今の世ではよくあること。
 急激に勢力を広げる織田は敵が多い。
 従属しない者は滅ぼすというやり方をしているもんだからあちこちに恨みを買っている。
 北畠家は去年戦ったばかりだし、印象は最悪のはずだ。

「あなたのお父さんから頼まれたんだよ。娘を攫ってほしいと」

「父上がですか!?」

「織田の馬鹿息子にやるくらいなら市井で自由に生きてほしいってことじゃないかな」

「そうですか。わかりました、あなたに攫われます」

 結構あっさりしているな。
 武家の娘が市井で生きていくのは大変だろうに。

「じゃああなたのことを死んだことにするからね」

「お願いします」

 そう言うと雪さんは自身の髪を小刀でばっさりと切り取った。
 髪は女の命と言うけど、いいのかな。

「これを」

「あ、はい……」

 俺はあらかじめ用意しておいた猪の血を蒔いて、雪さんの髪を散らした。

「あとは、着物ですか。何か着るものを持っていませんか?」

「あ、あります」

 俺は作務衣を取り出し、雪さんに渡す。
 雪さんは俺から作務衣を受け取ると、躊躇することなく着物を脱いで全裸になった。

「あまり、じろじろ見ないでください」

「あ、すみません」

 そんなこと言われたって無理だ。
 目の前で女の人が服を脱いだら男なら誰だって凝視してしまうだろう。
 雪さんは作務衣をさっと身に付ける。
 その肢体は隠れたが、薄着には違いない。
 なんだかドキドキしてきてしまった。
 
「では、行きましょうか」

「は、はい……」

 俺は雪さんを負ぶって屋敷を脱出した。
 背中に感じる体温のせいで、ほとんど記憶が無い。
 気が付いたら岐阜だった。


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