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14.鎧袖一触

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 刀を抜いた男たちが俺を囲む。
 俺の中の正当防衛成立だ。
 この時代にそんな法律は無いが、これは突然力を得てしまった自分への戒めだ。
 力を持ったからといって、なにをしてもいいというわけではない。
 俺はそんな世界は嫌だ。
 世界を変えるにはまず自分が変わらなければならないと、昔流行った歌の歌詞に書いてあったような気がする。
 殺伐とした戦国の世を変えるのは俺の役目ではないかもしれないけれど、とりあえず自分にだけでも秩序というものを守らせたい。
 それが突然力を持ってしまった自分の心を平静に保つためにも重要なことだと思う。

「死ねぇぇぇぇぇっ」

 男たちは連携することもなく、てんでんばらばらに斬りかかってくる。
 囲んでいる意味があまり無いじゃないか。
 男たちはおそらく剣術を齧っている。
 殿や善住坊さんのような実戦向きの構えだ。
 だが、たぶんあまり強くないな。
 『武芸十八般できるかな』の剣術と居合術、槍術まで極めた俺には分かってしまう。
 足の運びに無駄があるし、脇もガラガラ。
 おまけに一番重要な筋肉があまり鍛えられていない。
 おそらくは普段から酒ばかり飲んでは遊び歩いているのだろう。
 これならまだ商人とかのほうが鍛えられているな。
 ちなみに農民は身体も強靭だし、下手な武士よりも強いから。
 なにせこの時代の農民は領主が気に食わなければ武器を取って戦うからね。
 農民の一揆は怖い。
 それに比べてこいつらは現代人なみのもやしだ。
 さすがに俺よりはいいガタイをしているがね。
 しかし体幹は俺のほうがしっかりとしている自信がある。
 伊達に毎日武芸十八般をゆるーく鍛錬してないんだよ。
 俺は男のだるんだるんの大降りを軽く避け、自ら差し出してきた小手を強かに打つ。

「いでぇぇぇっ」

 握りも甘いからそれだけで男は刀を取り落としてしまう。
 俺は横合いからの刺突を避け、刀の柄で刺突を放った男の顔面を思い切り殴る。

「ぐぁぁぁっ」

 残る一人はビビッて動きを止める。
 馬鹿が。
 俺は男の懐に踏み込み、必殺の抜き胴を放つ。

「ぐへっ。ごほっごほっ……」

 握った柄に伝わる重たい感触。
 これは綺麗に入っちゃったな。
 悶絶不可避。
 顔面に刀の柄を食らった男と抜き胴の男が地面に転がり悶絶している。
 元気なのは小手の奴だけか。
 いや、小手の奴も手の骨にヒビくらいは入っているかもしれない。
 そのくらい強く打ったから。
 怪我の程度によってはひと月ふた月は刀が握れないかもな。
 だが同情はしない。
 向こうは抜き身でかかってきて、俺は鞘付き。
 向こうに非があるのは明らかだ。
 しかしこの時代の裁きを受けると喧嘩両成敗にされてしまう可能性もあるな。
 ここは逃げるとしよう。

「千代さん、清さん、とりあえず俺の知っている店に行きませんか?」

 お腹も減っているので、当初の予定通り定食屋に向かう。
 2人は少し動揺していたが、なんとか持ち直して俺に付いてきてくれた。
 小手の奴は追いかけてこなかった。
 奥まった場所にある地味な看板を頼りに、俺達はその店の暖簾を潜る。
 
「おじさん、飯3つ」

「あいよ!」

 この店のメニューは飯と酒のみ。
 俺はアルコール類を受け付けない体質なので飯しか頼んだことがない。

「しかし驚きました。善次郎殿は意外に強かったのですね」

「え、ええ、まあ」

 清さんのあんまりにもな物言いに俺はたじろぐ。
 山内家の筆頭家老である勘左衛門さん一家は殿の屋敷に同居しているので、千代さんに文字を教わる際には清さんにもよく会う。
 しかし俺はこういったずかずかと物を言う中年のおばはんが苦手なのだ。
 戦国時代の価値観でいったら、俺はなよなよしていて頼りない。
 いや、現代でも少し。
 いつも清さんにはことあるごとにしゃんとしなさいとお小言を頂いてしまうのだ。
 悪い人ではないのだけど、やはり苦手なものは苦手だ。

「善次郎殿、改めて助けていただきありがとうございました」

「い、いえ、そんな」

「善次郎殿。助けてもらった後にお小言は言いたくありませんが、もう少ししゃんとなされたほうが良いのではないですか?そのお歳で未だに嫁のひとりももらえないのは……」

 いかん、清さんのお小言スイッチが入ってしまった。
 しかし俺に武士らしくしろと言われても無理だと思うんだ。

「まあまあ清さん。善次郎殿はやるときはやるお方だと分かったばかりではありませんか。きっとお嫁のひとりやふたりはどこかで捕まえてきますよ」

「そうだといいのですがね」

 お嫁さんは欲しいけど、ひとりでいいかな。
 
「飯3丁おまち!」

「あ、どうも。もう俺の話はやめて食べましょうよ」

「そうですね」

「今日はこのくらいにしておいて差し上げます」

 勘弁してほしいよ。
 俺はずずず、と味噌汁を啜る。
 美味い。
 出汁って何?っていう戦国時代にあって、この店の味噌汁はきちんと出汁がとられている。
 店主は京都で本格的に料理を学んだ人なんだ。
 足利家によってかなり荒れた京都だが、まだまだ流行の最先端は京都。
 料理も同じだ。
 お出汁をとる技術やたまり醤油など、京都にしかないものがたくさんある。
 店主はそんな料理を京都以外にも普及させたくてこの店をやっているらしい。
 俺も料理の技術がもっと広まるといいと思うよ。
 今のところ外食できるようなところがここしかないからね。
 俺は今日のおかずである大根の味噌煮を一口齧り、ふっくらと炊き上げられた白米を口に入れる。
 ほっとするような味だ。
 たまにハンバーガーとかが無性に食べたくなる戦国時代だけど、毎日食べるご飯ならこういう料理がいい。
 
「美味しい……」

 味噌汁を飲んだ千代さんの口から思わずといった様子でそんな言葉が飛び出す。

「本当に美味しゅうございますね。どうやったらこんなに美味しくできるのでしょうね」

 清さんは俺の奢りだからって遠慮なくバクバク食べている。
 ご飯を美味しそうに食べる女の人は好きだ。
 清さんがあと20歳若かったら惚れていたかもな。
 残念だなぁ、とても残念だ。
 はぁ、食べ終わったらお小言が再開しないうちにお家に帰ろう。
 そして寝転がって『漫画で分かる日本の歴史』でも熟読するんだ。
 あれ、俺、なんか戦国時代に来てからろくに働いてない気がするな。
 いやいや、さっき暴漢をやっつけたし気のせいかな。
 明日は何して遊ぼうかな。


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