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7.戦国トイレ事情

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「なんと、では大殿は朽木谷に?」

「ええ、松永殿の説得により朽木殿が寝返りました。これにより織田軍は朽木谷を安全に通行できます」

「あの松永弾正殿がな……」

 どうやら金ヶ崎の退き口の有名な逸話である松永久秀の朽木城主説得は史実どおり成功したらしい。
 しかし、良く考えたら史実では生きていたはずの殿が金ヶ崎の退き口で死にそうになっていたんだよね。
 俺がいなくても殿は助かったのだろうか。
 ヴィーヴィーというスマホの振動音。
 殿たちはお寺の本堂の真ん中あたりで話していて、隅の方に座っていた俺のスマホの音は聞こえていなかったみたいだ。
 危ないな。
 いったいなんだ。
 スマホを取り出すと、メッセージアプリにメッセージが来ていた。

『ちなみに、君がトリップしたせいでその世界は完全にパラレルな世界線になってしまいました。安心して歴史を変えてください。by神』

 神からだった。
 考えてみれば当然だ。
 この時代の俺のスマホにメッセージを送ることができるのは神だけだろう。
 どうやら俺がこの時代にトリップしてきたことが、歴史に影響を与えてしまっているようだ。
 まだほとんどなにもしていないのだけどな。
 しかしこれからこの時代で生きていくのならば、いつか歴史を変えてしまうようなこともあるだろう。
 それによってどんな影響があるかは分からないけれど、まあ元の世界には影響しないということだけはわかってよかった。
 この世界は、もう元の世界とは違う未来に向かって動き出しているんだな。
 俺はたぶん江戸時代くらいまでしか見ることはできないけれど、いい未来になるといいな。

「では殿は京に戻った後、軍を再編するために岐阜城に戻るのじゃな」

「そのようです。我らはどういたしますか?」

「ワシらは所詮藤吉郎殿の与力よ。藤吉郎殿の指示に従うのみ」

「左様ですか。拙者はどうもあの御仁は好きませぬ」

「たしかに少々軟派なところがあるお方じゃ。勘左衛門は好かぬかもしれぬな。だが、今の世は好きじゃ嫌いじゃと言っておっては家を維持できん」

「わかっております。老骨の戯言でございまする」

 殿はずいぶんと家の存続にこだわりがあるようだな。
 三大武将全員に仕えたというのも、そんな想いからなのだろうか。
 俺も山内家には存続してもらはないと困るからいいんだけどね。






 さて、次の日だ。
 まずはガチャだ。
 殿や他の家臣が起きる前に終わらせなければならない。
 しかし1日の楽しみがあるというのはとてもいいものだ。
 戦国の世にトリップして不安な心の拠り所にもなる。
 俺はスマホを取り出し、10連ガチャをタップ。
 画面が金色に光る演出。
 どうやらレアリティーによって演出が変化するようだ。
 最初の日は虹色、次の日が赤色、今日が金色。
 最初の日はSランクのアイテムがあった。
 虹色がSランクのアイテムが出たことを表しているのは確定だ。
 次の日は一番高くてBランク、万能薬という病気に効きそうな薬だった。
 赤色はBランクだな。
 そして今日だ。

Sランク
 なし

Aランク
 ・よく切れる小刀

Bランク
 ・傷薬×10
 ・万能薬×10
 ・疾風丸×10

Cランク
 ・ぶどうジュース×10
 ・しょうゆ×10
 ・味噌×10
 ・日本酒×10

Dランク
 ・ゴム草履
 ・ティッシュ

 おお、今日はなかなかガチャ運がいい。
 Aランクのよく切れる小刀というアイテムが出た。
 金色はAランクの演出ということだな。
 よく切れる小刀はおそらくその名の通り竹がバターみたいに切れる小刀だろうな。
 同じシリーズのアイテムだと思われる。
 Bランクの傷薬と万能薬はまあいいだろう。
 疾風丸というのはなんだ?
 これを調べる方法はないものか。
 俺は『よくわかる戦国時代』で検索してみる。
 出てきた。
 出るんだ。
 
『疾風丸(しっぷうがん):飲むと3時間脚力が2倍になる。次の日酷い筋肉痛になる』

 ドーピングアイテムのようだ。
 すごいアイテムだけど、いざというとき以外は使いたくないな。
 筋肉痛は辛いからな。
 残るアイテムも嬉しいアイテムばかりだ。
 特にティッシュ。
 この時代のトイレは酷い。
 この寺の厠も、縄が置いてあってびっくりした。
 あんなものでお尻をごしごししたら大変なことになってしまうぞ。
 ここまでの道中も厠と言われる場所で用を足したことが何度かあるが、葉っぱだったり、藁だったりが置いてあるだけで大変だった。
 その度に俺はTシャツの切れ端を犠牲にしてきたんだ。
 Tシャツだって無限に続くわけじゃない。
 これからどうすればいいのか途方に暮れていたところだったので、このティッシュは非常に嬉しい。
 6箱入りの普通のボックスティッシュがこんなに嬉しいと思ったことなど人生で初めてだ。
 地味なところでは、ぶどうジュースとかも嬉しいかもな。
 甘いものの少ない時代だろうから。
 砂糖もあるが、砂糖舐めるだけじゃあまり美味しくはないからな。
 小麦粉があるので、いつか卵とか牛乳とかが出たらお菓子とか作れるといいのだけど。
 と、ここまで確認したところで人の起き出す気配を感じた。
 俺は素早くアイテムをすべて収納の指輪に仕舞う。
 
「ふぁぁあ……。早いな、善次郎殿」

「吉兵衛さんもお早うございます」

「ははは、某は今まで一番若輩じゃったからな。善次郎殿は歳はいくつじゃ?」

「23ですね」

「そうか。某も23じゃ。どうやら同い年のようじゃの。まあお互い頑張ろうぞ」

 そう言って吉兵衛さんは火起こしを始めた。
 
「くそっ、火口が湿気っておるわ」

 吉兵衛さんが使っている火口は何かの木を薄く削ったもののようで、それに昨日の火種を近づけて火を付けようと頑張っている。
 しかしどうやら防水を怠ったようで、湿気らせてしまったようだ。
 水分の多い火口ではなかなか火は着かない。
 こんなときこそティッシュの出番かな。
 俺はこっそりとティッシュを取り出し、箱から1枚抜き取る。
 ビリビリと破いてグチャグチャにし、原型を想像できないようにする。

「吉兵衛さん、これを使ってください」

「おお、すまぬな。これは紙か。真っ白の紙など、ずいぶん上質なものを持っておるな」

「紙のクズを集めただけですよ」

 あまり紙のクズを火口に使う人はいないかもしれないけどね。
 この時代は紙は貴重だったはずだから。
 尻を拭くのにも紙を使わないのに、燃やしたりなんかしないよね。

「お、付き申した!これはいい。紙を火口にするなど、なかなか豪気ですな。さて、朝餉を作りますかの」

「ええ」

 下っ端は、朝飯を作りますかな。

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