おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

文字の大きさ
上 下
182 / 205
おっさんずイフ

25.修業

しおりを挟む
 おっさんの朝は早い。
 まだ朝日も昇りきらない早朝から、おっさんはここ数日の日課である砂浜マラソンを始める。
 神器によって強化された超人的な身体能力ではなく、神器の効果を一時的にオフにした素の39歳の身体能力でだ。
 強化系の神器はオンオフができないはずがないというオネエの助言によって発見した神巻きタバコの新しい一面だ。
 どうやら俺は今まで無意識のうちに神器の出力調節をうまいこと行って日常生活を送っていたようだ。
 でなければいかに力加減の調節がうまくても海の中を魚雷のように高速で移動することのできる脚力で普通に生活なんかできるはずがない。
 この神器の出力をコントロールする能力を使って意識的に神器の出力をゼロにし、中年の身体に負荷をかけていじめぬくことでだるんだるんボディをバッキバキのシックスパックにすることがグウェンから課せられた午前中の訓練メニューなのだ。
 強化系の神器というのは素の自分×神器の強化率という掛け算の神器であり、同じ神器でもだるんだるんのおっさんが使った場合とグウェンのようなゴリマッチョが使った場合では後者のほうが格段に強くなる。
 素の自分を鍛えあげることは全く無駄ではないとのことだ。
 期限は後発組の冒険者たちが到着するまでの1か月ほど。
 普通ならばビール腹からやっと脱したばかりのだるんだるんボディをそこまで鍛え上げるには最短でも3カ月程度はかかるだろう。
 意思の弱い俺ならばきっと半年かかっても難しい。
 しかし俺には神に与えられしダイエット器具……じゃなかった、神器がある。
 グウェンに喧嘩を売ってボコボコにされたチンピラ冒険者を実験台にして神酒の検証を行ってみたのだが、この神器はアタリというどころの話ではないようなぶっ壊れ性能を秘めた神器だった。
 その性能は全身の骨が折れて身体を動かすことすらままならないような瀕死の重傷であっても、神酒を一口飲ませればたちどころに完治してしまうほどだ。
 まだ試したことはないが、グウェンによればもしかしたら死んですぐの人間ならば生き返る可能性すらあるらしい。
 こんなぶっ壊れ性能の神器の説明欄に身体に良いとしか書かない女神様はやはり性格が悪い。
 まあこれのおかげで疲れてすぐに立ち止まってしまうおっさんであってもトレーニングを続けることができている。
 なにせ疲れて倒れそうになるたびに酒が飲めるのだ。
 楽しいトレーニングだ。
 さすがに酔いすぎるとまっすぐに走れなくなるので度数の高い酒は飲めないが。
 まだトレーニングを始めて数日にも関わらず、短時間に破壊と再生を繰り返した筋肉はうっすらとおっさんの腹を割りつつある。
 コンビニで立ち読みした女性誌に女性の理想の男子とかいって眼鏡かけた生白い細もやしみたいな男性像が描かれていたが、なんだかんだ言って女性は筋肉が好きだと俺は思うんだよ。
 頑張って女性が触りたくなるようなバッキバキボディを目指そう。
 おじさん脱いだらすごいんだよとか言いたいからね。




 
 マッチョ系オネエ監修のたんぱく質多めのバランス食を腹に収め、午後からは魔力の扱いの訓練となる。

「いい、こうして……」

 グウェンはなぜか上着を脱ぎ、上半身裸になる。
 何万年もかけて雨風に削られた勇壮な大岩のような筋肉があらわになる。
 ボディビル選手のような丸くて黒光りした筋肉ではなく、筋繊維がみっしりと詰まっていることが一目でわかるようなゴツゴツとした筋肉だ。
 人間離れした肉体だな。

「こうよ」

 グウェンが右手で握りこぶしを作ると、グウェンの体中から立ち上るモヤのようなものがその拳に集まっていく。
 グウェンはその拳を振りかぶって目の前の大岩に叩きつける。
 大地を揺らすような轟音がして、大岩にひびが入る。

「痛くないの?」

「痛くないわ。完全に魔力をコントロールできるようになればね。魔力は何も魔法を使うだけのものではないのよ」

 魔法陣を描けば摩訶不思議な現象が起こる魔力というエネルギーが、そのままでもなんらかの力を持っていないわけはないか。
 俺はグウェンの真似をして魔力を拳に集めてみる。
 少しぎこちないが、なんとか形にはなるな。

「うまいじゃないの。もしかして魔力が感じられるの?」

「感じられるっていうか。見える。モヤモヤって」

「うそでしょ。普通は見えないのよ。あたしでもなんとなく感じ取れるくらいの感覚よ。だから普通は魔法陣を描くのは難しいの」

 心あたりといえば異世界人であることと神器くらいしかない。
 異世界人は全員魔力が見えるのか、神巻きタバコによって魔力を感知する能力が強化されているのか。

「異世界人でも魔法を覚えるのは一般人とそう大差ない時間かかるみたいだから、たぶん神器の力ね。さすがは神の名を冠する神器だわ。でもこれならすぐにあたしと同じレベルまでいけそうね」

 グウェンはそう言うと魔力を高速で左右の拳に集中させて大岩を連打しはじめた。
 腕が何本にも見えるほどに素早いラッシュによってあっという間に大岩は粉々になってしまった。
 すぐには無理かな。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

処理中です...