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おっさんずイフ

22.オネエの提案

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「ごめんなさいね。警戒しちゃうわよね」

「い、いえ……」

 正直言って警戒した。
 だが、どうにも神巻きタバコによって強化された俺の野生の勘がグウェンに対してはそんな警戒などはしても意味がないと訴えてきている。
 おそらくそれほどまでにこのオネエは強い。
 こちらの世界に召喚されてから今までに見た誰よりもだ。
 グウェンは神器の力で少しばかりブーストされただけの俺からチマチマと神器の力を聞き出すような真似をする必要もないほどの強者だ。
 だとすれば信用するとかしないとか、そんなレベルの話ではないだろう。
 グウェンがその気になれば俺が死ぬ気で戦っても勝てはしない。
 警戒しても無駄ならば、信じるしかないだろう。
 幸いにもグウェンの人柄は好ましい。
 いや人間としてね。
 俺はノーマルだから。

「1カ月以内に、冒険者を乗せた船の第二便が到着するわ。その船が到着して戦力がそろえば、ガルーダ討伐作戦が始まるわ。でも絶対に数で押してもガルーダは倒せない」

「圧倒的な個の前に雑魚は無意味、ですよね」

「そうよ。だから高ランクの魔物は少数精鋭で倒すのがセオリーなの」

「でもそれなら、なおさら私が役に立つとは思えませんがね。神器の力を得たとはいってもただの中年ですよ。神器も戦闘向けのものが少ないですし」

「いいえ、シゲちゃんは強いわよ。ううん、もっと強くなるわ。あたしの勘がそう言っているの」

 俺も男の子だったから昔は自分の中にとてつもない潜在能力が眠っていて、それがいつか覚醒するんじゃないかとか思ったこともあるがね。
 まさかおっさんになってからもっと強くなれると言われることがあるとは。
 まあ俺自身のポテンシャルはともかく、神器にはまだまだ可能性があるとは思っていたからこれはいい機会なのかもしれない。
 冒険者の中でも一廉の人物であろうグウェンに色々と教わることができるのは非常にためになる。

「グウェン、もしよかったら私に神器のことや戦いのことなどを教えてくれませんか?」

「シゲちゃんを強くしたら一緒にガルーダと戦ってくれる?」

「ええ、私にできることなら」

「そういうことならいいわ、あたしがシゲちゃんを最強にしてあげるわね。そして一緒にガルーダを倒しましょう。あたしとシゲちゃんならきっとできるわ」

「ありがとうございます」

「んもうっ、そろそろその敬語やめなさいよ。あたしとシゲちゃんの仲じゃないの」

 どういう仲になってしまったのだろうか。
 まだ出会って1日目なのだが、どうやらこのオネエの中ではそろそろ敬語をやめる時期らしい。
 これからは俺の師匠になる人なので、大人しく言う事をきくことにしよう。

「ついでにグウェンちゃんって呼んでもいいのよ」

 それはまたの機会に。





 次の日。
 俺は久しぶりに神樹の植木鉢を異空間から取り出していた。
 長いこと小舟の上だったから塩害を恐れてずっと異空間にしまいこんだままだったのだ。
 同じようにジャガイモとトマトの木も取り出し、日当たりのいいリビングの窓際に並べておく。
 神樹の若木からは待ちきれなかったとばかりにいきなり花が咲き、あっという間に木の実となってころりと落ちた。
 やっぱりこの樹は普通の植物とは何かが違うな。
 収納魔法の異空間の中は時間が止まっているというのに、この樹だけはそんな法則は知ったことではないとばかりに実がなる周期を合わせてきた。
 まあ神器だからね。
 そういうこともあるよね。
 落ちた木の実はアメリカンチェリー。
 初級魔法だな。
 初級魔法といっても捨てたもんじゃない。
 火球の魔法は焚火やタバコに火を着けるのに大変役立っているし、土壁の魔法だって色々なことに使えそうな便利な魔法だ。
 初級魔法というのは派手さはないけれどそういった痒いところに手が届くような魔法が多い。
 きっと今度の魔法も生活に役立つ魔法に違いない。
 俺はアメリカンチェリーを口に放り込んだ。

『ぴろりろりん♪シゲノブは初級魔法【血行促進】を使えるようになった』

 血流促進という魔法はその名のとおり人体の一部の血行を促進する魔法のようだ。
 神器を手に入れてから眼精疲労や肩こりに悩まされたことはないが、会社でいつも遅くまで残業をしていた頃だったらきっとうれしい魔法だっただろうな。
 今度誰かの肩こりでも治してあげよう。
 慢性的な肩こりに悩まされている巨乳のお姉さんとかいないものかな。
 そんな邪なことを考えていると寝室のドアが開き、眠そうな顔をしたマルスが起きだしてくる。

「ふぁぁあ、あ、おっさんおはよう」

「おはよう、マルス。マルクルは?」

「もう起きてくると思うけど」

「ふぁぁ、おはようございます、おじさん」

「おはよう、マルクル」

 マルクルもマルスに負けず劣らず眠そうな顔をしている。
 かなり長い距離をあんな小さな小舟で渡ってきたのだ。
 疲れていても無理はない。
 
「顔を洗いに行こうか」

「ああ」

 この家には水が無い。
 大きな町だと水道が通っていたり水を出す魔道具が使われていたりするのだけれど、ここは田舎の離島だ。
 そんな設備はない。
 水は何軒かの家が共同で使っている井戸に汲みに行くしかない。
 だが今のこの島は荒くれの冒険者がうろうろしているのであまり子供たちだけで外に出るのはよくない。
 明日からは家の中の水瓶を掃除して井戸水を貯めておくことにして、今日だけは一緒に井戸まで行って顔を洗う。
 少しきしむドアの閂を開けて押し開ければ、少し潮の匂いがする風が入り込んでくる。
 井戸の位置は昨日確認しておいたのでわかる。
 グウェンが借りている家の前にある小さな広場にある井戸を目指す。
 ほとんど隣なのですぐだ。
 井戸には先客がいた。
 だがその姿に俺は少し戸惑いを覚える。
 なぜなら、先客は小さな女の子だったからだ。
 マルスやマルクルよりも少しだけ年上であろう11、2歳くらいの女の子が大きな布のようなものを洗濯していた。

「あ……」

「あ……お、おはよう」

「きゃぁぁぁぁっ」

 鼻歌混じりで洗濯をしていた女の子だったが、背後から近づく俺たちと目が合い、あいさつをした途端に悲鳴を上げて脱兎のごとく逃げて行ってしまった。
 事案なのかな。
 ここには警察がいないから大丈夫なはず。
 スマホもないからエリアメールが回されることもないはず。
 ガチャバタンッと扉が壊れそうな勢いでグウェンの借りている家に入っていった女の子。
 あのオネエの身内なのかな。
 大柄でケツ顎のタフガイと血が繋がっているとは思えないけどな。


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