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おっさんずイフ
21.グウェン・スクアード
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「ここよ」
周りの民家よりも一回り大きな家をグウェンさんは指さす。
ここが冒険者ギルドの担当者が滞在している家なのだという。
島民がいなくなったこの島は現在冒険者ギルドが管理している。
この島に滞在するのならば、俺も一度冒険者ギルドにも挨拶しておかなければならないだろう。
「案内ありがとうございます。グウェンさん」
「グウェンちゃん」
「い、いえそれは……」
「ちゃん以外の敬称は許さないわ。それが嫌なら呼び捨てにしなさい」
「じゃあグウェン」
「それでいいのよ」
なかなかにぐいぐい来るオネエだ。
だが俺は人との関係に無意識の間に壁を作ってしまうところがあるから、こういう人と接するのはどこか心地よく感じるときがある。
グウェンは俺の呼び方に満足したのか建物に向かってずんずんと歩いていく。
「なあおっさん、服着といたほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうだった」
そのままグウェンについていこう思っていた俺だったが、マルスに言われるまでまた服のことを忘れていた。
このまま冒険者ギルドの担当者に会っていたら大変なことになるところだった。
俺は慌てて異空間から長い布を取り出し、古代ローマ人のように身体に巻き付けていく。
ああ、テルマエ入りたい。
「ふーん、遭難者ですか。まあいいでしょう。くれぐれも冒険者たちの邪魔にならないように」
「はい。わかりました」
冒険者ギルドの担当者だという人物は、神経質そうな眼鏡の男だった。
俺たちのことなどは心底どうでもいいという顔で事務的に対処されてしまった。
実際どうでもいいのだろう。
彼の仕事はこの島に冒険者を派遣し、巨鳥ガルーダを倒させてその報告書を書くことだ。
俺たちがこの島で何をしようがガルーダ討伐の邪魔さえしなければどうでもいい。
俺たちとしても別に冒険者ギルドに何をしてほしいわけでもないのでそれで問題はない。
何はともあれ島に滞在する許可はもらえた。
あとは冒険者たちがガルーダを倒すのを待ち、船員にチップを渡して帰りの船に紛れ込むだけだ。
グウェンはこのギルド担当者があまり好きではないのか、不機嫌な顔をして親指で出口を指す。
もう用は済んだから早く出ようというサインだろう。
俺は最後に担当者に深々と頭を下げ、子供たちを連れて建物を出た。
「今回の作戦の担当者はハズレね。あれではダメだわ。おそらくガルーダは倒せない。多くの冒険者が死ぬわ」
「そうなんですか?」
「そうよ。一般的に、Aランク冒険者は一般人100人分くらいの強さだと言われているわ。Sランクは強さに幅があるけど、最低でも1000人分くらいね。だからガルーダはSランク×4+アルファで倒せるってあいつ本気で言ってるのよ」
「単純に一般人4000人分とちょっとの戦力を集めれば討伐は可能だっていうことですか?」
「そうよ。でも魔物との戦いっていうのは数だけ集めれば勝てるなんていう単純なものじゃないわ。人と人との戦争ならともかく、相手は強大な魔物よ。圧倒的な個を前に雑魚が何人集まっても無駄なのよ。それを何回言っても理解してくれないの」
確かに先ほど話した冒険者ギルドの担当者は人の話を聞かなさそうな感じの人だった。
しかしそれが本当だとしたらこの島の脅威である巨鳥ガルーダはどうなってしまうのだろうか。
「まあそうなったらあんたたちは船に乗せてもらってこの島を離れなさい。別によくあることよ。魔物によって人間が住む場所を奪われるなんて」
過酷な世界だな。
この島には島民がいない。
宿の建物はあってもオーナーはいないし食事も出てこない。
冒険者たちも適当な民家を勝手に借りているということなので、俺たちも1軒借りることにした。
グウェンの借りている民家の隣だ。
なぜだかグウェンの前後左右の家は借り手がいない。
いや、なぜかはわかるけどね。
「お隣さんができてあたしもうれしいわ」
「短い間ですがよろしくお願いします」
子供たちが寝静まった頃、俺たち大人は酒を飲みながら少しだけ夜更かしをする。
「さてと、あんた勇者ね?」
「ええ、お気付きの通り先日召喚された異世界人です」
グウェンのファミリーネームであるスクアードという家に俺は聞き覚えがあった。
そもそもこの近辺ではファミリーネームを持っているのは裕福な人間だというのが常識だ。
金で名家の名前を買った豪商か、先祖代々続く由緒正しい貴族の家系か。
俺が聞き覚えがある貴族の家系なんて数えるほどしかない。
そのほとんどがルーガル王国の貴族だ。
あの就職説明会のような会場で、確かエドガー・ラプトル氏はルーガル王国の四大貴族の名前を出した。
オスマン公爵、ドルスール公爵、ライエル侯爵、そして国境を守っていて会場にはいなかったスクアード辺境伯だ。
「グウェン、あなたはスクアード辺境伯家の関係者ですよね」
「そうよ。あたしはスクアード辺境伯家の出身なの。今の当主の息子ね。3男だけど」
「なるほど、それで異世界から召喚された人間の存在を知っていたのですね」
「冒険者にとっても情報は大切なの。だからあたしは実家の伝手からも情報を得ているのよ。でも異世界から勇者を召喚したっていう情報には驚いたわ」
戦争に勝てそうにないからといってまさか自分の故郷の国が異世界から人間を300人ばかり拉致してくるとは思わないよな。
日本がそんなことやったら総理大臣は逮捕されて解散総選挙だ。
いや、異世界人に現行法が適用されるかどうかの協議で半年くらいかかりそうだな。
「そんな勇者たるシゲちゃんにお願いがあるんだけど、あたしと一緒にガルーダと戦ってくれない?」
「え?」
「シゲちゃんも勇者ならさ、持ってるんでしょ?神器を」
グウェンはド迫力の上目遣いでそんなことを切り出してきたのだった。
周りの民家よりも一回り大きな家をグウェンさんは指さす。
ここが冒険者ギルドの担当者が滞在している家なのだという。
島民がいなくなったこの島は現在冒険者ギルドが管理している。
この島に滞在するのならば、俺も一度冒険者ギルドにも挨拶しておかなければならないだろう。
「案内ありがとうございます。グウェンさん」
「グウェンちゃん」
「い、いえそれは……」
「ちゃん以外の敬称は許さないわ。それが嫌なら呼び捨てにしなさい」
「じゃあグウェン」
「それでいいのよ」
なかなかにぐいぐい来るオネエだ。
だが俺は人との関係に無意識の間に壁を作ってしまうところがあるから、こういう人と接するのはどこか心地よく感じるときがある。
グウェンは俺の呼び方に満足したのか建物に向かってずんずんと歩いていく。
「なあおっさん、服着といたほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうだった」
そのままグウェンについていこう思っていた俺だったが、マルスに言われるまでまた服のことを忘れていた。
このまま冒険者ギルドの担当者に会っていたら大変なことになるところだった。
俺は慌てて異空間から長い布を取り出し、古代ローマ人のように身体に巻き付けていく。
ああ、テルマエ入りたい。
「ふーん、遭難者ですか。まあいいでしょう。くれぐれも冒険者たちの邪魔にならないように」
「はい。わかりました」
冒険者ギルドの担当者だという人物は、神経質そうな眼鏡の男だった。
俺たちのことなどは心底どうでもいいという顔で事務的に対処されてしまった。
実際どうでもいいのだろう。
彼の仕事はこの島に冒険者を派遣し、巨鳥ガルーダを倒させてその報告書を書くことだ。
俺たちがこの島で何をしようがガルーダ討伐の邪魔さえしなければどうでもいい。
俺たちとしても別に冒険者ギルドに何をしてほしいわけでもないのでそれで問題はない。
何はともあれ島に滞在する許可はもらえた。
あとは冒険者たちがガルーダを倒すのを待ち、船員にチップを渡して帰りの船に紛れ込むだけだ。
グウェンはこのギルド担当者があまり好きではないのか、不機嫌な顔をして親指で出口を指す。
もう用は済んだから早く出ようというサインだろう。
俺は最後に担当者に深々と頭を下げ、子供たちを連れて建物を出た。
「今回の作戦の担当者はハズレね。あれではダメだわ。おそらくガルーダは倒せない。多くの冒険者が死ぬわ」
「そうなんですか?」
「そうよ。一般的に、Aランク冒険者は一般人100人分くらいの強さだと言われているわ。Sランクは強さに幅があるけど、最低でも1000人分くらいね。だからガルーダはSランク×4+アルファで倒せるってあいつ本気で言ってるのよ」
「単純に一般人4000人分とちょっとの戦力を集めれば討伐は可能だっていうことですか?」
「そうよ。でも魔物との戦いっていうのは数だけ集めれば勝てるなんていう単純なものじゃないわ。人と人との戦争ならともかく、相手は強大な魔物よ。圧倒的な個を前に雑魚が何人集まっても無駄なのよ。それを何回言っても理解してくれないの」
確かに先ほど話した冒険者ギルドの担当者は人の話を聞かなさそうな感じの人だった。
しかしそれが本当だとしたらこの島の脅威である巨鳥ガルーダはどうなってしまうのだろうか。
「まあそうなったらあんたたちは船に乗せてもらってこの島を離れなさい。別によくあることよ。魔物によって人間が住む場所を奪われるなんて」
過酷な世界だな。
この島には島民がいない。
宿の建物はあってもオーナーはいないし食事も出てこない。
冒険者たちも適当な民家を勝手に借りているということなので、俺たちも1軒借りることにした。
グウェンの借りている民家の隣だ。
なぜだかグウェンの前後左右の家は借り手がいない。
いや、なぜかはわかるけどね。
「お隣さんができてあたしもうれしいわ」
「短い間ですがよろしくお願いします」
子供たちが寝静まった頃、俺たち大人は酒を飲みながら少しだけ夜更かしをする。
「さてと、あんた勇者ね?」
「ええ、お気付きの通り先日召喚された異世界人です」
グウェンのファミリーネームであるスクアードという家に俺は聞き覚えがあった。
そもそもこの近辺ではファミリーネームを持っているのは裕福な人間だというのが常識だ。
金で名家の名前を買った豪商か、先祖代々続く由緒正しい貴族の家系か。
俺が聞き覚えがある貴族の家系なんて数えるほどしかない。
そのほとんどがルーガル王国の貴族だ。
あの就職説明会のような会場で、確かエドガー・ラプトル氏はルーガル王国の四大貴族の名前を出した。
オスマン公爵、ドルスール公爵、ライエル侯爵、そして国境を守っていて会場にはいなかったスクアード辺境伯だ。
「グウェン、あなたはスクアード辺境伯家の関係者ですよね」
「そうよ。あたしはスクアード辺境伯家の出身なの。今の当主の息子ね。3男だけど」
「なるほど、それで異世界から召喚された人間の存在を知っていたのですね」
「冒険者にとっても情報は大切なの。だからあたしは実家の伝手からも情報を得ているのよ。でも異世界から勇者を召喚したっていう情報には驚いたわ」
戦争に勝てそうにないからといってまさか自分の故郷の国が異世界から人間を300人ばかり拉致してくるとは思わないよな。
日本がそんなことやったら総理大臣は逮捕されて解散総選挙だ。
いや、異世界人に現行法が適用されるかどうかの協議で半年くらいかかりそうだな。
「そんな勇者たるシゲちゃんにお願いがあるんだけど、あたしと一緒にガルーダと戦ってくれない?」
「え?」
「シゲちゃんも勇者ならさ、持ってるんでしょ?神器を」
グウェンはド迫力の上目遣いでそんなことを切り出してきたのだった。
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