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おっさんずイフ

16.生贄

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「ほら、来い!!」

「や、やめろ!!放せ!!」

 10歳くらいと思われる子供が2人、屈強な船員に連れられて操舵室に入ってきた。
 2人の顔はよく似ており、おそらく兄弟かそれに近い関係だと思われる。
 2人には普通の人間とは違う身体的特徴があった。
 頭から生えた三角の耳と指先から前腕の半ばあたりまでを覆うモフモフの体毛、そして腰の後ろあたりでゆらゆら揺れているフサフサの尻尾だ。
 服の外に出ている部分ではこのくらいだが、本当はもっと色々と違う部分があるのかもしれない。
 彼ら2人が、おそらく船長の言っていた生贄なのだろう。
 確か船長は魔族と言っていた。
 魔族とはルーガル王国を含む同盟国三国が今現在戦っている相手だったはずだ。
 ルーガル王国内で彼らの話を聞けば野蛮だの頭が悪いだの悪し様な意見しか出てこなかった。
 どのような姿をしていて、どのような生活を営んでいる人たちなのかは全く分からなかった。
 俺は初めて魔族を見たが、魔族というのは三国の人間が蔑称としてそう呼んでいるだけなのではなかろうか。
 これはもしかすると最近の異世界モノには必ずといって登場する種族、獣人というやつなのではないだろうか。
 人間的な身体に、モフモフとした獣の要素を加えたご都合種族。
 美少女の女性的な魅力だけでは飽き足らず、そこにモフモフという動物に対する癒し要素を付け加えたという人間の業が生み出した罪深き種族。
 それがこの世界にも実際に存在していたということなのだろう。
 そりゃあ迫害もされるはずだ。
 だって人間の身体に獣の特徴が混ざっているのだ。
 肌の色が違ったり信じる神が違ったりするだけで迫害する人間という生き物がそんな種族をすんなり受け入れられるはずがない。
 
「押さえつけて黙らせろ」

「へいっ」

「くそっ、やめろ!!俺たちが何をしたっていうんだ!!」

 首輪に着けられた鎖を持って地面に押さえつけられる獣人の子供たち。
 子供たちはまるで首だけ地面につけられてまるで平伏しているかのような体勢にさせられる。
 ひどいことをする。
 彼らは自分の子供にも同じことができるのだろうか。

「船長、考えなおしてください。生贄なんて無意味です。嵐に突っ込めば船は無事では済みません」

「くどいぞレイトン。大丈夫だ。ワシは海の神に愛された男だ。必ずワシからの供物は受け取ってもらえる」

 あいかわらずレイトン氏は船長の説得を続けているが、やはり船長は聞く耳を持たない。
 このままでは獣人の子供2人は生贄として海に放り出され、船は嵐に向かって真っすぐ突っ込んでいくだろう。
 本職の航海士が嵐に突っ込んだら絶対やばいって言っているのだから、相当やばいのだろう。
 この船と心中するのは嫌だな。
 確かレイトン氏は2日前に無人島が見えたと言っていた。
 この大きさの船の速度で2日前だからかなりの距離かもしれないが、希望が無いわけではないかもな。
 俺は紛糾するレイトン氏と船長の言い合いを横目に、操舵室を後にする。
 横を通り過ぎるときに獣人の子供たちの首がこっちを向いたような気がしたのだが、気のせいか。
 光学迷彩の魔法は正常に作動している。




 船内をぶらんぶらんと歩き回り、色々と使えるものを回収していく。
 どうせこれから嵐に突っ込む船だ。
 この船のどれだけの物が海の藻屑となるのか。
 ならば俺が有効活用してやろう。
 船倉にあった不良船員ご用達の酒も1本残らずいただいていこう。
 盗んだ酒で云々のくだりがすべて自分にブーメラン。
 いや俺は盗んだわけじゃないから。
 どうせ全部海の底に沈むのだから、いわばサルベージの前借だ。
 これはトレジャーハントなのだ。
 俺は船倉の荷物をどんどん収納に入れていく。
 しかし収納(中)には船内のものすべてを収納できるほどの容量はない。
 肝心のものもまだ収納していないので適度なところで切り上げる。
 まあ大量の食料と水、酒があれば問題ないだろう。
 俺は最後にそれがある場所に向かう。
 先ほど雨で身体を洗っているときに見つけたそれ。
 それは甲板に無造作に積みあがった皮袋のようなもの。
 これはおそらく救命ボートだ。
 ゴムボートのように空気を入れて使うのだろう。
 いざというときにこんなものを膨らませている時間があるのかとも思うのだが、この世界には魔法がある。
 たぶんいざとなったら魔法でなんとかするんだろう。
 攻撃のための魔法と違って、ゴムボートに空気を入れる程度ならばそれほど難しくないだろうし魔力消費量も少ないだろう。
 もしかしたら船員全員が使えるという可能性もある。
 俺はそんなもの使えないが、人力でなんとかするさ。
 俺はそのゴムボートのようなものを予備も含めて3枚ほど失敬し、魔法で異空間に収納した。
 そして船倉に戻り、一人顔を真っ赤にして息を吹き込み続ける。
 神巻きタバコによって強化された肺活量により、ボートは数分でちょうどいい固さまで膨らんだ。

「はぁはぁ、これはしんどい」

 ちょちょいと簡単に空気を入れられる魔法があるのならばぜふ覚えたい。
 さすがにそんな魔法に2週間に1回の魔法ガチャ1回分を取られたくないので独力で覚えるしかなさそうだ。
 俺は膨らんだ救命ボートを再び魔法で収納し、光学迷彩をかけなおして甲板に出る。
 そこにはさきほどの獣人たちが船長に引き連れられて出てきていた。
 おそらくこれから彼らを海の藻屑にしようとしているのだろう。
 ボートを膨らませるのに少し手間取ってしまったが、なんとか間に合ったようだ。
 どうせ船を降りるならばついでに彼らを救ってあげたい。

「や、やめろよ!!こんな海に放り出されたら死んじゃうだろ!!」

「当然だろう。貴様らはこれから海の神にその命を捧げるのだ。貴様らのような薄汚い魂でも、海の神は受け入れてくださることだろう。感謝せよ」

「ふざけるな!!放せ!!放せ!!」

「お前たち、お望みどおり放してやれ」

「「「はっ」」」

 獣人たちを取り押さえていた屈強な男の一人が黒いビー玉のようなものを首輪に近づけると、2人の首輪が外れ2人は一瞬自由になる。
 しかし次の瞬間男たちは思い切り2人の背中を蹴った。

「うわぁぁぁぁっ」

「お、落ちちゃうよぉぉっ」

 軽い子供の身体が大男の蹴りの衝撃に耐えられるはずもなく、獣人2人の身体は船上から放り出される。
 どこかに掴まることもできず、獣人たち2人の身体は荒れ始めた海面に真っ逆さまに落ちていった。

「大いなる海の神よ、どうか怒りをお鎮めください」

 男たちは数秒間目を閉じて祈りを捧げた後に船内へと入っていった。
 俺はその姿を冷ややかに眺め、獣人の子供たちを追って海に飛び込んだ。


 
 
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