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おっさんずイフ

9.旅立ち

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 俺たち300人ほどの異世界人が神器なるアイテムを持たされて異世界に召喚されてから、2週間ほどの時間が経過した。
 俺は相変わらず荷運びで日銭を稼ぎ、安宿で暮らす毎日だ。
 神器の能力のおかげで仕事は楽だし、肉体労働なので給料も底辺よりは少し高い。
 なによりこちらの世界に来てよかったことの一つが、毎朝清々しい気分で起床することができることだ。
 増幅された身体機能と神酒の相乗効果によって、病気にならないどころか少しの不調を感じることもなくなった。
 あちらの世界では不調を感じないことのほうが珍しかった中年とは思えない健康さだ。
 
「はー、昨日あれだけ飲んだというのにな」

 昨日は久しぶりに梶原さんと会ってかなり夜遅くまで話し込んでしまった。
 当然それなりの量の酒を飲んだ。
 梶原さんはこの2週間で大きな行商組合に所属することができたようで、今日王都を旅立つ予定らしい。
 短い間の同盟関係だった。
 それほど助け合うようなこともなかったけれど、この世界でひとりではないという事がお互いの支えになったのは間違いない。
 俺のようなおっさんであってもたまには感傷に浸ってしまうような精神状態のときがあるものだ。
 ふと目を閉じたときに、東京の夜景がまぶたの裏にチラついて眠れなくなったり。
 そんなとき、些細な人とのつながりが心を支えてくれる。
 俺にとって梶原さんは同じ世界を知る唯一のつながりなのだ。
 そんな梶原さんの旅立ちだ。
 俺は今日は荷運びの仕事を一日休み、梶原さんを見送ることにした。

「よし、行くか」






「おはようございます」

「おはようございます。昨日は少し飲みすぎました。頭が痛い。木崎さんは元気そうですね」

「ええ、いい生薬ドリンクを見つけまして」

 まあ嘘だけど。
 俺は神酒のおかげで元気バリバリだ。
 対して梶原さんの顔色は真っ青だった。
 今から旅立ちだというのにこの状態では少し可哀そうなので神酒を小瓶に入れて餞別として持たせてあげることにしよう。
 梶原さんは収納系神器の持ち主なので荷物にはならないだろう。
 俺はすぐに雑貨屋に走り、薬瓶を10本ほど買う。
 神酒という神器は何も考えないで注げば酒の種類はランダムになるのだが、自分の飲みたい酒を思い浮かべるとその酒の味になって出てくる。
 酒といっても定義が色々とあるのだが、どうやらアルコールの入ったものならばどんなものにでも味や見た目を変化させることができるようだ。
 生薬系栄養ドリンクにはアルコールが微量含まれていることもあるので、栄養ドリンクもまた神酒で出すことができる。
 俺はそれを買った薬瓶に詰め、梶原さんのもとへ戻った。

「これ、私がいつも飲んでいる生薬ドリンクです。よかったら旅のお供にどうぞ」

「ありがとうございます。なんかすみませんね、気を使わせたみたいで」

 梶原さんは1本を手元に残し、残りを収納の指輪に仕舞う。
 手元に残した1本の蓋を開け、ぐいっとあおった。

「くぅ、これは効きますね」

 お世辞ではなく本当に効いているのだろう。
 梶原さんの顔が一気に気色ばむ。
 神酒を摂取する人というのを初めて客観的に見るけれどこれほどに劇的な変化が起きるものだとは。
 これは神酒の健康効果も俺が思っていたよりもかなり高いのかもしれない。
 病人が一気に健康体になるみたいなすごいパワーを秘めている可能性がある。
 これからはあまり気軽に人にあげないほうがいいかもしれないな。

「木崎さん、ありがとうございます。おかげ様で大分体調がよくなってきました」

「それはよかった」

「では、そろそろ行きますね」

「ええ、お気をつけて」

 梶原さんは何台も連なった馬車列に向かっていく。
 キャラバンというものらしい。
 まずはこの行商組合のキャラバンで販路や人脈を作り、独立を目指すようだ。
 梶原さんは少し歩いてこちらを振り返る。

「木崎さん、ではまた!」

「ええ、また!!」

 きっとまた会える。
 そんな気がする。
 俺たちおっさん同盟は永遠だ。





 異世界での生活も今日で2か月だ。
 魔族と三国同盟の戦争は激しさを増してきている。
 国境に兵力を集中しているためなのか、俺の暮らしているルーガル王国の王都は日に日に治安が悪くなってきている。
 町にはならず者がたむろし、あちこちで犯罪が起きている。
 王都は3枚の城壁によって王城と1番街2番街、城壁外の3番街に分けられている。
 王都に残った戦力の多くが王城を取り囲む1番城壁と1番街を取り囲む2番城壁に常駐しており、2番街と3番街にはわずかな兵力しか存在しない。
 当然2番街や3番街の治安を維持するためにわずかな兵力を割くことはできず、犯罪者が野放しになっている状態なのだ。
 まったく戦争というのは嫌になる。
 治安の悪化と同時に、あちこちで勇者の噂を耳にするようになった。
 強大な神器の力を使って各地で活躍する彼らをこの国の人間たちはもてはやしている。
 彼らがいれば絶対に戦争には負けない、自分たちが勝つはずだと。
 勇者という存在が民衆の不満を和らげ、矛先を魔族との戦争へ向かわせるためのプロパガンダに使われているのだ。
 民衆は勇者に希望を見ているようだが、勇者は治安を維持してはくれない。
 犯罪から助けてはくれないのだ。
 この国を含めた三国がどこへ向かっているのかはわからないが、今のままではよくないことになるような気がしている。
 まあいち肉体労働者のおっさんには何ができるわけでもないのだけど。

「お、芽が出た」

 おっさんは植木鉢でどんぐりを育てるくらいしかできないな。
 こちらの世界に来てからすぐにどんぐりを植木鉢に植えたのだが、2か月でようやく芽が出た。
 おっさんはこう見えてベランダでトマトとか育てちゃうタイプだが、発芽に2か月もかかった記憶はない。
 やはり神樹というのは大きく育つには何万年もかかったりするものなんだろうか。
 俺が生きているうちにこの樹がどんな花を咲かせるのか、どんな実をつけるのか目にすることはできるのだろうか。
 
「なにか成長を促進することはできないものか」

 神酒を与えてみるというのはどうだろうか。
 同じ神からもらったものだし、相性はいいかもしれない。
 人間の身体に良い物が植物にもいい影響を与えるとは限らないが、神酒はそういった科学的なこととかは超越したアイテムだ。
 やってみる価値はある。
 さすがに植物にアルコールは悪そうなのでアルコール成分はごく微量まで落とす。
 水に1滴の酒を落としたようなほぼ水の液体に変化させた神酒を、神樹の植木鉢にトクトクと注ぐ。
 あとは要観察。
 あまり期待せずに見守ろう。
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