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141.殴り合い
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ヴィランと名乗る狼獣人は上半身の筋肉を強調するようにぐっと拳を握り締め、一歩前へと踏み出した。
それに呼応するように、俺もまた一歩前へと踏み出す。
周囲を囲むキャラバンの商人やその護衛、ムリクラの里の狼獣人たちは息を飲んだように静まり返る。
キャラバン側は獣人たちを刺激しないように、そして獣人側はこれから始まる俺と戦士長ヴィランの殴り合いを邪魔しないように。
俺とヴィランはお互いに歩を止めず、息が触れ合うくらいの近距離まで近づく。
獣人たちのガチファイトはクロスレンジと暗黙の了解で決まっている。
特に脳筋色の強い種族の獣人たちが勝手に決めたローカルなルールでは、この距離から一歩でも離れる者は腰抜けと判断される。
俺はぐっと拳を握り固め、ボクシングのようなファイティングポーズをとる。
ヴィランは両手の指先をかぎ爪のように軽く曲げた中国拳法のような構えだ。
まるで香港映画の主人公のように様になっている。
お互いの呼吸が合い、闘志がぶつかり合う。
この状態になればどちらからともなくファイトスタートだ。
先制はヴィラン。
大振りで腰の入った右フック。
避けるのは容易いテレフォンパンチだが、おそらく避けると舐められる。
馬鹿みたいな話だが、一部の獣人は攻撃を避けるのも卑怯だと思っているよなのだ。
おそらく見るからに脳みそまで筋肉がいっぱい詰まっていそうなムリクラの里の狼獣人たちもその一部に含まれるだろう。
俺はヴィランの強烈な右フックを顔面で受ける。
少し痛いがまあ耐えられないほどではない。
「「「おぉぉぉぉ!!」」」
「耐えやがった!!」
「やるなあんちゃん!!」
静かに俺とヴィランを見守っていた獣人たちだったが、堪えきれなくなったらしく喧しく囃し立て始める。
やはり獣人は国が違ってもこんな感じなんだな。
大勢の獣人に囲まれてアンネローゼさんと決闘したときのことを思い出す。
「次は私の番ですかね」
「全力で来い」
本当に1発ずつ順番に殴り合うつもりらしい。
まったく、馬鹿みたいだが嫌いじゃない。
全力で殴ればこんな戦いはすぐに終わるだろう。
ヘヴィースモーカーな強化人間の俺は体の隅々まで神巻きタバコの煙がいきわたっている。
屈強な狼獣人だろうがワンパンでペシャンコだ。
だが俺はここの獣人たちに認められたいだけであって、本気で戦いたいわけではない。
俺は拳に5割程度の力を込め、ヴィランの攻撃と同じ右フックを放った。
「ぐぉぉっ」
ベシンという重たい音が鳴り響き、ヴィランの目が一瞬白目を剥く。
しかしギリギリのところで意識を保ちきったようですぐに頭を振って意識をしっかりさせる。
「ぐぅ、足にきた。なんと凄まじいパンチだ」
「「「おぉぉぉ!!」」」
「すげぇぞあの人間!」
「戦士長の膝がガクガクいってやがる!!」
今のパンチはかなり効いたように見えるが、この程度で引いてくれたら苦労してないんだよな。
ヴィランはダメージを逃がすようにステップを踏むと身体の調子を確かめるようにあちこちの関節をボキボキと鳴らす。
それ危険だからね。
下半身不随になっても神酒はあげないから。
「なるほど認めよう、貴殿は強い。一流の戦士だ。俺の全力をもって貴殿を従わせたくなった」
「最初から全力で来てくださいよ」
「この技は我が里秘伝の奥義ゆえ、できるならば使いたくなかったのだ」
なら使わないまま引いてくれればいいのに。
奥義とか絶対秘密にしておいたほうがいいと思うのだけど。
「行くぞ!!はぁぁぁぁぁっ!!」
耳をつんざく気合の声とともに、ヴィランの体内魔力がすごい勢いで活性化していく。
魔法だろうか。
しかしヴィランは魔法陣を刻むでもなくただただ魔力を活性化するばかりだ。
これは魔法というよりも、金角族の角から発せられる電撃のような特殊能力の可能性が高いな。
もともと狼系の獣人は一般的に魔法があまり得意ではない。
使えても初級魔法程度だろう。
そんなものが奥義であるはずがない。
これはやはり、魔力を用いた特殊能力だ。
「うぉぉぉぉっ、ムリクラの里奥義『超・身体強化』!!」
ヴィランの体内を渦巻く濃密な魔力が身体の隅々にまでいきわたり、その筋肉を一回りも二回りも超強化する。
言ってしまえばただの原始的な身体強化魔法だな。
魔法陣を使わない魔法というのが大昔にあったという本を読んだことがある。
魔力を込めて殴るとか、魔力を剣に流して切れ味を強化するとかそんな感じのやつだ。
膨大な魔力を練りこんでも中級魔法を超えないくらいの出力しか出ないとは思うのだが、それも極めれば奥義というわけか。
単純なほど奥が深い。
そしてただでさえ身体能力の高い獣人族とは死ぬほど相性が良い。
普通は魔法でいきなり身体能力が上がったところでその力を制御することができずに振り回されてしまう。
反射神経や動体視力などが元のままだからだ。
しかし獣人は元々の反射神経や動体視力が高いためにその力に振り回されることが無いのだ。
肉体を超強化するだけという欠陥だらけの原始的な魔法でも獣人にとってはまさしく奥義といえるだろう。
面白い。
「参る!!」
先ほどと同じ大振りのテレフォンパンチ。
だがその拳速は桁違いに速い。
音を置き去りにするようにして放たれたその右ストレートを俺は拳で止める。
ガツンと拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が生じる。
「のわぁっ、なんて戦いだ!!」
「少し離れるぞ!!」
「こっちも退避だ!!」
俺たちはそのまま目にも止まらぬ高速ラッシュの打ち合いになる。
音速を超えた拳と拳がぶつかり合えばそれだけ周囲に衝撃波が飛び散る。
もはや人間の戦いではない。
獣人側もキャラバン側も近くで観戦することができなくなり、退避していった。
柄にもなく熱くなってしまって申し訳ない。
それに呼応するように、俺もまた一歩前へと踏み出す。
周囲を囲むキャラバンの商人やその護衛、ムリクラの里の狼獣人たちは息を飲んだように静まり返る。
キャラバン側は獣人たちを刺激しないように、そして獣人側はこれから始まる俺と戦士長ヴィランの殴り合いを邪魔しないように。
俺とヴィランはお互いに歩を止めず、息が触れ合うくらいの近距離まで近づく。
獣人たちのガチファイトはクロスレンジと暗黙の了解で決まっている。
特に脳筋色の強い種族の獣人たちが勝手に決めたローカルなルールでは、この距離から一歩でも離れる者は腰抜けと判断される。
俺はぐっと拳を握り固め、ボクシングのようなファイティングポーズをとる。
ヴィランは両手の指先をかぎ爪のように軽く曲げた中国拳法のような構えだ。
まるで香港映画の主人公のように様になっている。
お互いの呼吸が合い、闘志がぶつかり合う。
この状態になればどちらからともなくファイトスタートだ。
先制はヴィラン。
大振りで腰の入った右フック。
避けるのは容易いテレフォンパンチだが、おそらく避けると舐められる。
馬鹿みたいな話だが、一部の獣人は攻撃を避けるのも卑怯だと思っているよなのだ。
おそらく見るからに脳みそまで筋肉がいっぱい詰まっていそうなムリクラの里の狼獣人たちもその一部に含まれるだろう。
俺はヴィランの強烈な右フックを顔面で受ける。
少し痛いがまあ耐えられないほどではない。
「「「おぉぉぉぉ!!」」」
「耐えやがった!!」
「やるなあんちゃん!!」
静かに俺とヴィランを見守っていた獣人たちだったが、堪えきれなくなったらしく喧しく囃し立て始める。
やはり獣人は国が違ってもこんな感じなんだな。
大勢の獣人に囲まれてアンネローゼさんと決闘したときのことを思い出す。
「次は私の番ですかね」
「全力で来い」
本当に1発ずつ順番に殴り合うつもりらしい。
まったく、馬鹿みたいだが嫌いじゃない。
全力で殴ればこんな戦いはすぐに終わるだろう。
ヘヴィースモーカーな強化人間の俺は体の隅々まで神巻きタバコの煙がいきわたっている。
屈強な狼獣人だろうがワンパンでペシャンコだ。
だが俺はここの獣人たちに認められたいだけであって、本気で戦いたいわけではない。
俺は拳に5割程度の力を込め、ヴィランの攻撃と同じ右フックを放った。
「ぐぉぉっ」
ベシンという重たい音が鳴り響き、ヴィランの目が一瞬白目を剥く。
しかしギリギリのところで意識を保ちきったようですぐに頭を振って意識をしっかりさせる。
「ぐぅ、足にきた。なんと凄まじいパンチだ」
「「「おぉぉぉ!!」」」
「すげぇぞあの人間!」
「戦士長の膝がガクガクいってやがる!!」
今のパンチはかなり効いたように見えるが、この程度で引いてくれたら苦労してないんだよな。
ヴィランはダメージを逃がすようにステップを踏むと身体の調子を確かめるようにあちこちの関節をボキボキと鳴らす。
それ危険だからね。
下半身不随になっても神酒はあげないから。
「なるほど認めよう、貴殿は強い。一流の戦士だ。俺の全力をもって貴殿を従わせたくなった」
「最初から全力で来てくださいよ」
「この技は我が里秘伝の奥義ゆえ、できるならば使いたくなかったのだ」
なら使わないまま引いてくれればいいのに。
奥義とか絶対秘密にしておいたほうがいいと思うのだけど。
「行くぞ!!はぁぁぁぁぁっ!!」
耳をつんざく気合の声とともに、ヴィランの体内魔力がすごい勢いで活性化していく。
魔法だろうか。
しかしヴィランは魔法陣を刻むでもなくただただ魔力を活性化するばかりだ。
これは魔法というよりも、金角族の角から発せられる電撃のような特殊能力の可能性が高いな。
もともと狼系の獣人は一般的に魔法があまり得意ではない。
使えても初級魔法程度だろう。
そんなものが奥義であるはずがない。
これはやはり、魔力を用いた特殊能力だ。
「うぉぉぉぉっ、ムリクラの里奥義『超・身体強化』!!」
ヴィランの体内を渦巻く濃密な魔力が身体の隅々にまでいきわたり、その筋肉を一回りも二回りも超強化する。
言ってしまえばただの原始的な身体強化魔法だな。
魔法陣を使わない魔法というのが大昔にあったという本を読んだことがある。
魔力を込めて殴るとか、魔力を剣に流して切れ味を強化するとかそんな感じのやつだ。
膨大な魔力を練りこんでも中級魔法を超えないくらいの出力しか出ないとは思うのだが、それも極めれば奥義というわけか。
単純なほど奥が深い。
そしてただでさえ身体能力の高い獣人族とは死ぬほど相性が良い。
普通は魔法でいきなり身体能力が上がったところでその力を制御することができずに振り回されてしまう。
反射神経や動体視力などが元のままだからだ。
しかし獣人は元々の反射神経や動体視力が高いためにその力に振り回されることが無いのだ。
肉体を超強化するだけという欠陥だらけの原始的な魔法でも獣人にとってはまさしく奥義といえるだろう。
面白い。
「参る!!」
先ほどと同じ大振りのテレフォンパンチ。
だがその拳速は桁違いに速い。
音を置き去りにするようにして放たれたその右ストレートを俺は拳で止める。
ガツンと拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が生じる。
「のわぁっ、なんて戦いだ!!」
「少し離れるぞ!!」
「こっちも退避だ!!」
俺たちはそのまま目にも止まらぬ高速ラッシュの打ち合いになる。
音速を超えた拳と拳がぶつかり合えばそれだけ周囲に衝撃波が飛び散る。
もはや人間の戦いではない。
獣人側もキャラバン側も近くで観戦することができなくなり、退避していった。
柄にもなく熱くなってしまって申し訳ない。
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