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140.獣人の領域

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「ここから先は獣人の領域に入ります。彼らと戦うのは最後の手段だと思ってください。彼らと戦えば必ず少なくない被害が出ます。穏便に済ませられるように努力しますので皆さんもどうか理性的な行動を心がけてください」

 ベラール氏は冒険者やリーベル通商専属護衛の人たちを集め、そう注意を促す。
 獣人は種族にもよるが概ね人間よりも身体能力に優れている。
 金角族の角から発せられる電撃のように特殊能力を持った種族も存在している。
 もし戦いになれば大勢の人が犠牲になることだろう。
 獣人は全員が生まれながらの戦士であるのに比べて、こちらは商人のキャラバン。
 戦闘員よりも非戦闘員のほうが人数が多いこちらが圧倒的に不利だ。
 真っ向勝負で戦っても獣人には勝てるかわからないというのに、不利な状況で戦えば勝てるはずがない。
 なのでここから先は商人が中心となり、この地を通らせてもらえるように交渉するようだ。
 獣人たちは単細胞だが馬鹿ではない。
 自分たちに利があることに対して感情だけで戦いを吹っ掛けたりということは……あまりない。
 まあベラール氏が平和的にこの地を通りたいと言うのだから俺はそのために行動するのみだ。
 俺は少しの間だが獣人たちと過ごして彼らのことを多少は知っている。
 連合国の獣人とこの地に住む獣人が同じような性質かはわからないが、神巻きタバコによって強化された俺の第六感がなんとなく獣人とはみんなあんな感じだと訴えている。
 あんな感じの彼らとの付き合い方は学習済みだ。
 世の中何が役に立つのかわからないものだな。

「それでは、これより獣人の領域に入ります」

「「「了解」」」

 止まっていた馬車列が動き出し、ついには獣人たちが住まうという森の小道に入る。
 鬱蒼と生い茂る森は、獣人たちにとって有利なフィールドだ。
 この環境が天然の砦となり、彼らを守っているのだろう。

「不気味な森だぜ」

「あちこちに獣人が潜んでいる気がしちまうな」

 Cランクのベテラン冒険者2人がそんな話をしている。
 だが彼らの感覚は間違っていない。
 なぜならすでに、俺たちは獣人たちに囲まれてしまっているのだから。
 獣人たちは気配を消して森に潜んでいる。
 数は23だな。
 どことなく銀狼族と似たような匂いがする。
 おそらく狼系の獣人だ。
 経験から言って、狼系の獣人はかなり血の気が多い傾向にある。
 面倒だな。
 犬人族とかだったら話し合いでも解決できたかもしれないのに。
 よりにもよって獣人の中で最も面倒な狼系とは。
 俺はベラール氏の近くに寄り、小声で話しかける。

「ベラールさん、すみませんが獣人たちとの交渉は私に任せてもらえませんか?」

「え?どうしてですか?先生は博識でいらっしゃいますが、交渉ならさすがに我々のほうが……」

「ええ。理性的な相手に対しての交渉は確かに商人の皆さんの得意とする戦場だと思うのですが、どうにも話の通じない相手の可能性がありまして」

「どういうことです?」

 俺はすでに自分たちが囲まれていること、相手が狼系の獣人であること、自分が以前狼系の獣人たちと接したことがあり対処法を心得ていることをベラール氏に伝える。
 
「なるほど、さすが先生です。わかりました、すべてお任せいたします。もちろん今回も特別報酬をご用意いたします」

 そんなつもりで申し出たわけではないが、くれるというのならばもらっておこうか。
 護衛依頼っていうのは儲かるものなんだな。
 
「じゅ、獣人です!!」

「囲まれています!!」

 獣人たちはようやく姿を現したようで、馬車列はまた停止する。
 護衛たちはあらかじめ言い含められていたために武器は抜いていない。

「では、行ってきます」

「ええ、お気をつけて」

 俺は馬車から降りて獣人たちの中で一番強そうな相手を探す。
 獣人たちの性質から言って、一番強いやつが一番偉いやつだ。
 馬車列の最前列、正面に躍り出て馬車を止めている獣人がおそらく一番強いと俺は判断した。
 その獣人の元へ向かう。

「貴様ら、どこの者だ!!なぜ我らの領域に無断で立ち入った!!」

 まずは誰何から入るか。
 獣人にしてはなかなかに理性的だな。
 銀狼族のルークさんのように話の分かる人物だといいのだけどな。

「失礼、あなた方の領域に勝手に入ってしまったことは謝ります。ですが、我々には害意はありません。ただこの森を通らせてほしいだけなのです」

「ほう、貴殿は?」

「私はシゲノブ・キザキ。冒険者です。このキャラバンの護衛の中で一番の戦士であると自負するものです」

 獣人に対して謙遜は禁物だ。
 いえいえ私なんて弱いですよなんて言った日には自分の力に誇りが無いのかと怒鳴られるに決まっている。
 俺にだって誇りはあるさ。
 神器は貰い物だが、それだけでは決して腐竜と互角に戦うことなどはできなかっただろう。
 俺がこの世界にきて積み上げてきたものは多くはないが、決して存在していないわけではない。
 それが俺の誇りだ。
 
「なるほど、どうやら貴殿は我らの流儀を心得ているらしい。では参ろうか、俺はムリクラの里の戦士長ヴィランだ」

 そう言うとヴィランさんは手に持っていた槍を捨て、上着を脱いだ。
 出てきたのは傷だらけのムキムキ細マッチョボディ。
 俺も対抗するように腰の剣帯を外し、刺突剣を地面に置く。
 そして皮鎧とシャツを脱いで捨てた。

「え?何?先生!なんで脱いでるんですか?あっちの獣人さんも!」

「いったい何が始まるんだ」

 なんてことはない、ただの殴り合いだよ。
 まったく、獣人は面倒だ。




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