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125.神狼ゲーム

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『モ……モウ……オサエラレナイ』

「心配いらないさ、こう見えてもおじさんは頑丈なんだ。10分では死なない」

 神狼ゲームの効力は10分。
 10分間だけ耐えることができれば変身は解けるはずだ。
 そもそも自分自身で変身を解くことができる機能をつけておくべきだろう。
 おそらくわざとなんだろうな。
 そもそもこの神器は携帯ゲーム機の形をしている。
 子供が選びそうなそんなものにこんな能力を宿らせるなんて、悪意しか感じない。
 子供が苦しんでいる顔とか大好きなんだろうな。
 まったく、困った神様だ。

『グ……グルルゥ……オ…オジサン……ニゲテ……』

「おじさんは逃げないさ。君を置いて逃げられないよ」

『グ、グルァァァァッ』

 少年は苦しげに雄たけびを上げる。
 その目からは滔々と涙が流れ落ちる。
 苦しいのだろうか、それとも悲しいのだろうか。
 どちらもなのかもしれない。
 子供が苦しんでいるのを見るのは、俺はやっぱり嫌いだな。
 少年は軽く腰を落とし、戦闘体勢を取る。
 限界か。
 神狼ゲーム発動から約2分。
 2分もの時間を意思だけの力で稼いでくれた少年には敬意を覚える。
 きっとそれは少年にとって、永遠にも思えるほどの時間だったはずだ。
 誰も傷つけたくないという優しくて強い意思のおかげで、俺は魔法を構築することができた。

「お疲れ様だったね、少年。あとはおじさんに任せて少し休むといいよ」

 特級闇魔法【神影縛呪】。
 あまり練習したこともない魔法だったから発動にずいぶんと時間がかかってしまった。
 しかしその効力は劇的だ。
 少年の影に呪縛の楔が打ち込まれ、戦闘態勢をとるその肉体がピクリとも動かなくなる。
 影を固定することで現実の身体にも影響を及ぼす強い呪いの一種だ。
 あまり得意じゃないので今までは練習もしてこなかったが、使ってみればこれはとても便利だ。
 これが素早く発動できれば腐竜に正面から勝てただろうか。
 いや、機銃の掃射を避けながら特級魔法を発動するのはやはり無理か。

「さて、あとは少年の変身が解けるのを待つだけだ」

 8分もあるので少し暇だ。
 サングラスの彼の首輪を先に外してあげるとしよう。

「すまねえ。俺は命令されていたとはいえあんたに敵対しちまったのに」

「いえ、あなたの(お馬鹿な)行動のおかげでプロットを先に始末することができました」

「そっか、そうだよな!」

 あっという間に調子に乗る元グラサン。
 ずいぶんと単純な人間のようだ。

「あ、これ返しておきます」

「おお、俺のグラサン!サンキューな。これ気に入ってたんだよ!」

 心情的にはこのまま貰っておいてもいい気がしたが、さすがに持ち主が生きているのに貰うのは気がひける。
 そんなに欲しい神器でもないしね。

「あなたはこれからどうするの……」

「お、お、おっさん後ろ!!」

「へ?」

『グルァァァァァッ!!』

 志村後ろみたいなノリで俺の後ろを指差すグラサン。
 後ろを振り返ると、そこには影の呪縛を無理矢理引きちぎる少年の姿が。

「嘘だろ、特級魔法だぞ……」

 どれだけ魔力を込めたと思っているんだ。
 格好つけて少年に休んでいるといいとか言ったのが少し恥ずかしくなってくるじゃないか。
 
『グルォォォォォォッ!!』

 自らの力を誇示するかのような雄たけびと同時に、神影縛呪は完全に解けた。
 闇魔法の呪いの力は普通の人間ならば絶対に身体能力のみで打ち破れるようなものではない。
 『神器の力を舐めないことね』という女神の言葉が聞こえたような気がした。
 少年が飛び込んでくる。
 そのスピードは、神巻きタバコによって強化された俺の動体視力でも残像を捉えるのがやっとなほどだった。
 まるで風だ。
 風が俺の身体を通りすぎ、右肩に激痛が走る。

「ぐぁぁぁっ」

 叫び声を我慢することができないほどの痛みが神経を冒す。
 肩を恐る恐る見てみれば、そこには食いちぎられた醜い傷跡が今も血を流し続けていた。
 鎖骨から右腕の付け根のあたりまでが大きな歯型の形に消滅しており、足元に千切れた右腕が落ちていた。
 すぐに神酒を煽る。
 大丈夫だ、腐竜の機銃で滅多撃ちにされた時よりは痛みは酷くない。

『グルルルッ』

 バリバリ、ボリボリと何かを噛み砕くような音。
 俺の血によって口の周りを真っ赤に染めた少年は、俺の肩の肉を咀嚼していた。
 その顔はニヤニヤと悪意に染まっており、もはや少年の意志がそこには無いことが見て取れる。
 あれはもう少年ではなく神の尖兵、神狼と呼んだほうがいいだろう。
 神狼は俺の肩の肉をごくんと飲み込むと、首に手をあてコキリと鳴らす。
 まだまだこんなもんじゃねえからな、その金色の瞳はそう語っていた。

『グラァッ』

 またも風のように移動する神狼。
 初動が捉えられれば直線的なその移動は捉えられると思った。
 しかしそんな俺の短絡的な思考を読んだかのように、神狼は天井や壁を利用した立体的な動きで翻弄してくる。
 生え揃ったばかりの俺の右腕がまた食いちぎられる。

「いってぇ……。勘弁してくれよ。俺はカイワレ大根じゃないんだよ」

『ググググッ』

 笑っている。
 神狼は不気味な声で笑っていた。
 俺の軽口がウケたのか、それともこの状況を笑っているのか。
 どちらにしろ悪趣味で空気の読めない奴だ。
 神酒によってまた俺の腕が生えてくると、神狼はまた動き出す。
 こいつ、遊んでいるのか。
 腹立たしい。
 俺はシャツを脱ぎ、背中から触腕を生やす。
 趣味の悪さで言えば、俺の触腕の方が勝ってるんだよ。


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