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102.堕ちた勇者

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 まったく、あの馬鹿には困ったものだ。
 内政だかなんだか知らねえが、人よりも牛のほうが多いような田舎町に下水処理施設なんぞを作ろうとするとはな。
 おかげで俺がドラゴニアに来て何度頭を下げたことか。
 会社のためにペコペコ頭を下げるリーマンなんて俺の一番嫌いなタイプの人間だったんだけどな。
 頭下げるくらいなら死んだほうがマシだと思っていた俺が、頭を下げなきゃならねえ立場になるとは。
 人生ってやつは分からねえもんだぜ。
 だがこれでこの街での仕事も終わる。
 この街で馬鹿をやったあの野郎は更迭。
 雇い主の議員や支援者である大商会にも制裁が下ることになるだろう。
 そいつらから賠償金を搾り取って、この街に支払えば今回の騒動は終結だ。

「もうすぐ帰るからな、エミリア……」

 俺はスマホを取り出し、先月結婚したばかりの妻の写真を見る。
 結婚して所帯を持つことも、考えもしなかったことのひとつだな。
 前からどうにか手に入らないか調べていたリザウェル産のタバコも思わぬルートから手に入ったし、貧乏くじだと思っていた仕事も悪いことばかりじゃなかったな。
 エミリアに何か、土産でも買って帰るか。
 確かこの街はドラゴンの肉が名物だったはずだ。
 アイテムボックスの魔道具は持ってきたし、買えるだけ買って買えるとしよう。
 俺は泊まっていた宿を出て、大通りに歩き始めた。

「あ?」

 ぐさり、となにかが俺の背中に刺さった感触。
 熱い何かが背中から心臓を貫き、俺の生命力が抜け出ていくような寒気がした。
 俺は最後の力を振り絞り、後ろを振り返る。

「神器神器神器神器神器神器神器神器神器、俺の、神器、神器、俺の俺の俺の俺の……」

 そこには狂ったように目の焦点が合っていない長道健人が短剣を突き出している姿があった。
 くそ、しくったぜ……。
 すまない、えみ、りあ。
 かえれ、そうに、ない……。






「斉藤君!いったい何があったんです!」

 次の日魔物の素材を換金するためにギルドを訪れると、血まみれの斉藤君が運び込まれていた。
 顔にはすでに血の気が無く、死んでいるようだった。

「木崎さん!ちょうどいいところに。斉藤君の蘇生を依頼できませんか?何があったのか確認しなければ」

「わかりました」

 俺は斉藤君に駆け寄り、魔法で神酒を胃に届ける。
 胸をはだけさせ、心臓に電気ショックを与えた。
 だが、斉藤君の顔色は一向に良くならない。

「くそっ、心臓が損傷しているのに加えて時間が経ちすぎている」

 斉藤君の背中の傷から流れ出した血はすでに固まっているし、死後硬直も始まっている。
 確実に2、3時間は経っている。
 蘇生の可能性は限りなく低い。
 だが、斉藤君は俺の数少ない喫煙仲間だ。
 ドノバンさんも梶原さんもタバコは吸わないから、タバコを一緒に吸って話ができるのは彼だけだった。
 気の良い青年だし、奥さんとは結婚したばかりだと照れくさそうに話していた。
 なんとかできるのならしてあげたい。
 俺は心臓マッサージを続けながらも、特級回復魔法の魔法陣を描く。
 特級の回復魔法の中でも肉体を再生させる魔法だ。
 これによって破壊された心臓を再生させる。
 とにかく、身体の一部でも生き返れば神酒が回って再生が始まるはずなのだ。
 2分ほどして、魔法陣が完成した。
 斉藤君の心臓は少しずつ再生していく。

「斉藤君、戻ってくるんだ!もうすぐ綺麗な奥さんのもとに帰れるじゃないか!!」

 どくり、斉藤君の心臓が一瞬だけ自分で鼓動した気がした。
 俺はすぐに電気ショックをやめ、斉藤君の胸に耳をあてて確かめる。
 どくり、どくり、と弱い鼓動の音が聞こえてくる。

「ごっはっ、ごほっごほっ、はぁはぁ……」

「斉藤君!よかった、蘇生できた。本当によかった」

 神酒という神器にこれほど感謝したのはいつ以来だろうか。
 斉藤君はゆっくりと起き上がる。

「はぁはぁ、おっさん。おっさんが生き返らせてくれたのか。すまねえ。ありがとう。エミリアを未亡人にしちまうところだったぜ」

「いや、いいんだ。それよりも、何があった?」

「そうだ、あいつがっ、あの馬鹿がっ、俺の神器を……」

「あの馬鹿?」

「長道だ!長道健人、あいつ神器を失っておかしくなりやがった。俺を後ろから刺してたぶん神器を奪っていきやがったんだ!止めないと何するか分からない!!」

「なんだって!?」

 長道、そこまで愚かな奴だったとはな。
 なんだかんだハーレムに囲まれて幸せそうだったからそれほど追い詰められていないと思っていたのだがな。
 長道が動き出したことを示すように、ギルドの外で爆発音が聞こえた。

「あいつ、街中で神器を使ってやがる!」

「止めなければ。木崎さん、手伝ってもらえますか?何度もすみません。報酬は弾みます」

「ええ、問題ありません」

「斉藤君、君の神器の能力を聞いてもいいかな。すまないね」

「いや、元はといえば俺が油断して神器を奪われたんだ。謝ることは無い」

 斉藤君は神器の能力を俺達に説明する。
 俺は神のスマホの能力で斉藤君がどんな神器を持っているのか知っていたが、使っていた本人の話はスマホに表示された文章とはまた違う。
 生の情報というやつだ。
 斉藤君の神器は全部で4つ。
 メリケンサック、英雄の指輪、スマホ、拳闘士のグローブだ。
 3つは神から貰ったもの、最後の一つの拳闘士のグローブはダンジョンで手に入れたものらしい。
 拳闘士のグローブの能力は拳の強化。
 斉藤君の話では硬く強い拳になるらしい。
 ちょっと抽象的すぎてよくわからない。
 神のスマホの情報では、梶原さんの神の革靴の腕版の劣化コピーといったところか。
 神巻きタバコより少し劣るくらいの強化率で拳を強化してくれる腕周り限定強化アイテム。
 スマホと英雄の指輪は持っている人の多いメジャーな神器だからいいとして、気になるのはメリケンサックだ。
 神のスマホの情報では魔力を消費して拳を強化することができるらしい。
 斉藤君の話では変形して金属の手甲のようなものが拳を覆うらしい。
 拳強化しすぎじゃない?
 梶原さんがスピード重視の脚力特化型だとしたら、斉藤君は一撃の重み重視の拳特化型のようだ。
 なんか梶原さんの神器とは最悪的に相性が悪そうだ。
 俺は必要ないかもしれないな。
 案外すぐ終わるかもしれないことに期待しながら、俺達はギルドから飛び出した。


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