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87.隠し階層の探索2

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「アンナぁぁぁぁぁっ!!」

 ドラゴニュートの突き出した槍がアンナの腹を貫き、ダンジョンの床が血で真っ赤に染まった。
 ドラゴニュートは乱雑に槍を引き抜き、アンナをゴミのように蹴り飛ばす。

「ごはっ、い、痛い……ケント……助けて……」

「アンナ!ど、どうしたら、そうだ止血!止血しなきゃ!!」

 まだドラゴニュートという敵と戦闘中だというのに、長道は投げ槍を手放して大怪我を負ったアンナに縋りつく。
 そして汚い手でグチャグチャとアンナの傷口を押さえだした。
 あれでは痛いだけだろうに。
 傷口から大量の雑菌も入るだろうし。

「んぁぁぁぁっ、痛いっ、痛いよケントっ!!やめてっ!!」

「暴れるな!じっとしているんだ。これは圧迫止血といって、正しい処置なんだ!!」

「無理無理無理無理っ、いだいぃぃっ!!」

 可哀そうになってくるほど乱雑な処置だ。
 あれならまだファイアボールで焼いて止血でもしたほうがマシだろう。
 しかもアンナの傷にばかり注意を取られて、ゆっくりと近づいてきているドラゴニュートに全く気が付いていない。

「ケント!あの竜人が来てるよ!!どうすれば……あっ……」

 今度はライラの左足がドラゴニュートの鋭い爪によってちぎりとられた。
 グチャグチャになった足の断面からはおびただしい量の血が噴き出る。
 
「あ、あたしの足がぁぁぁっ!いやぁぁぁぁっっ!!ケント、助けて!助けてよぉぉっ!!」

 血まみれになって地に倒れ込むライラ。
 しかし長道はアンナの傷口を押さえるだけで手いっぱいのようで、ライラのほうを見て絶望的な顔をするだけだ。
 そしてドラゴニュートは残るサラのもとへゆっくりと歩み寄る。

「グルルルルッ……」

「い、いや、こっちにこないで!!来ないでよぉぉぉっ!!痛っ、やめてっ、放してっ、んぎゃぁぁぁぁっ!!」

 ドラゴニュートはサラの両腕を掴んで左右に引っ張ると、そのままちぎり取った。
 サラは痛みに白目を向いて気絶する。

「ライラっ、サラっ、くそっ、なんだよこれ……。俺は勇者なんだろうが!!この物語の主人公じゃないのかよ!!主人公補正でなんとかなるはずだろうが!!」

 長道の叫びは虚しく響く。
 誰しも自分が物語の主人公であると思いたいものだ。
 かくいう俺自身も。
 女神様から神器をもらって、それがアタリの神器で、選ばれた存在だと思いたくなる時だってある。
 だが、そうではないのだ。
 この世界にとっても、女神様にとっても、俺や長道はただのモブキャラだ。
 俺は運がいいだけの普通のモブだし、長道は運がちょっとだけ良くて頭が残念なモブだ。
 当然主人公補正なるオカルトチックな力も働かない。
 虚しく喚き散らす長道に歩み寄るドラゴニュート。
 その顔には、飽きたおもちゃを壊して遊ぶ子供のように残酷な表情を浮かべていた。

「い、嫌だ!死にたくないっ!!助けてっ、助けてくれよおっさんっ!!どっかで見てるんだろ!!頼む!頼むから!!土下座でもなんでもする!!なんなら尻の穴を舐めてもいい!!」

 さすがにそれはいらん。
 俺は神の苦無威を具現化し、特級魔法分子間結合力消滅ブレードを発動する。
 
「おっさんっ!聞いてるのかよ!!助けてっ、来てる!竜人が来てるってっ!!がっ、死ぬっ死ぬっ、死んじゃうっ!!」

 まったく、助けを頼むのが遅いんだよ。
 俺の魔法発動は少し間に合わず、長道はドラゴニュートの槍で滅多突きにされて血の海に沈んでしまった。
 隠密能力を発動した俺は、ドラゴニュートの背中から心臓を一突きにした。
 分子間結合力消滅ブレードによってクナイはなんら抵抗を感じることなく硬いドラゴニュートの鱗を貫き、その奥の心臓に突き刺さった。
 ドラゴニュートの巨体がぐらりと揺れ、長道たちの血で真っ赤に染まったダンジョンの床にべちゃりと倒れ込む。

「はぁ……。長道、生きてる?」

 長道は答えない。
 ハーレム要員たちもピクリとも動くことなく、青白い顔色をしていた。
 やばいな、全員脈がない。
 さっきまで一回死ねくらいには思っていたけれど、本当に死んでしまわれては困る。
 俺は慌てて蘇生のための魔法をかけていった。
 電流によって心臓を強制的に動かし胃に神酒を流し込む魔法は、心臓が止まったばかりの死人ならば今のところ100%の蘇生率を誇っている。
 長道たちもすぐに息を吹き返した。

「ごほっごほっ、し、死ぬかと思った……」

 一度死んでるけどね。

「おっさん、回復系の神器の持ち主だったのか。しかも竜人を倒せる神器も持ってるのかよ。なら早く助けろよな。くそがっ」

 まあ素直に感謝されるとは思っていなかったが、生き返らせたばかりだけど殺意が湧いた。

「あれ?あたしお腹を刺されて……」

「あたし足がちぎれ飛んだはずじゃ……」

「あたしも両腕ちぎられたはず……」

 ハーレム要員3人娘も目が覚めたようだ。
 すでに身体の損傷は神酒によって完全に癒えている。
 顔色もいいので、体調には問題がなさそうだ。

「おまえたち、治ったのか。よかったな。俺がおっさんに頼んだおかげだぞ」

「そうなんだ。ありがとうケント」

「ありがとね、ケント」

「ケントありがとう」

 こちらも期待はしてなかったが、おっさんにはお礼ないんだね。
 別に期待とかしてないからいいけど。
 気分は良くないな。
 俺はうすら寒い会話を繰り広げる長道たちに背を向け、小部屋から出る。
 ドラゴニュートの力量も分かったし、戦い方も分かった。
 それだけでも十分な収穫だ。
 もう次は本当に土下座するまで助けない。
 小部屋の外で待つエリーさんと合流し、今のうちに小部屋をぬけることにした。

「行こうか」

「あいつら、助けてもらったのに……。いいんですか?これで……」

「いいさ、別に。次は助けないだけだ」

 エリーさんは自分のことのように悔しがってくれた。
 それだけで、心が軽くなったような気がした。


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