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81.おっさんと少年(ボンボン)

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俺の放った火球が少年を連れ去ったシュナイゲルの顔面にぶち当たり、羽ばたきが止まって落ちてくる。
 そのままでは少年は大怪我だ。
 俺は少年の落下地点に先回りし、少年を受け止めた。

「グギャー……」

 地面に落ちたシュナイゲルが弱々しい鳴き声をあげる。
 たとえ地に落ちたとしても大空を飛び回る竜種の端くれだ。
 俺は少年を地面に下ろし、油断することなく腰の刺突剣を抜いて素早くその喉笛に突き込んだ。
 シュナイゲルの目から光が消える。
 こんな金にもならない魔物は無視しておきたかったんだけどな。

「お、おいおっさん。そのシュナイゲルは俺の獲物だったんだ。横取りするなよ!」

 助けたお礼でも言われるのかと思えば、少年はシュナイゲルの所有権を主張してきた。
 シュナイゲルなんて金にならないからおっさんもいらないけどさ。
 なんか釈然としない気分になる。
 少年は背格好から見てカールと同じくらいの歳ごろ。
 おそらく冒険者ランクもカールと同じEかF、高くてもDだろう。
 しかしそれにしてはいい装備をしているように思える。
 着ているのは俺のよりも高そうな皮鎧だし、剣も高そうな飾り気たっぷりの逸品だ。
 髪はサラサラの金髪、瞳は透き通るような青。
 肌や髪のツヤから、相当いい生活をしていることがうかがえる。
 お金持ちのお坊ちゃんなのかもしれない。
 
「シュナイゲルなんておっさんはいらないから、君の自由にすればいい。じゃあおっさんもう行くけど、気を付けて」

「うっせぇな。早く行けよ」

 さすがのおっさんも少しカチンときたけれど、子供の言うことだ。
 カールもそうだったけれど、この年頃の子供は少し尖り気味だ。
 いちいち気にしていてはきりがない。
 俺は少年に背を向けて、サバンナを歩き出す。

「わぁぁぁぁっ、助けてくれぇぇっ」

 背中で聞こえる悲鳴に俺は再び足を止めた。
 いったいなんだっていうんだ。
 振り返ると少年がまたシュナイゲルに攫われて大空を舞っていた。

「はぁ……」

 俺はため息をつき、火球を飛ばしてシュナイゲルを落とした。
 少年の襟首を掴んでキャッチし、シュナイゲルの首を蹴り折った。
 宙吊りになってブラブラと揺れる少年。
 その顔は非常に苦々しいものだった。
 
「このシュナイゲルも欲しいのか?」

「いらねーよ……」

 いつまでもブラブラさせておくわけにもいかないので、俺は少年を地面に下ろす。
 
「君、仲間とかいないのか?」

「いねーよ」

「君にはまだダンジョンは早いように思うんだけど」

「うるせーな!じいちゃんみてーなこと言うんじゃねー!!」

 お祖父さんにもきっと止められたんだろうな。
 それで家族にも内緒でこっそりダンジョンに入ってシュナイゲルに攫われたってわけか。
 俺が偶然居合わせてなかったら普通に死んでたぞ。
 ダンジョンの前には一応衛兵がいたはずだが、なぜ止めなかったのか。
 衛兵の目を盗んでダンジョンに入り込んだのか?
 いくら自己責任の冒険者だったとしても、子供一人でダンジョンはどう考えても無理だ。
 
「でも君さっき2回も死にかけているんだよ。わかっているのか?」

「そ、それくらいわかってる!俺が死んだってどうせみんななんとも思わねーよ!!」

 話を聞いた限りでは、そのお祖父さんは少なくとも悲しむと思うんだけどな。
 この年頃にありがちな自分なんていなくなっても理論だな。
 正論で論破するのは下策だ。

「確かに、冒険者だったら死ぬも生きるも自己責任だ。君の言いたいことも分かるよ」

「そうだろ?俺は正しいんだ。みんな分かってない。俺はもう魔法だって使えるし、剣だって毎日練習しているから強いんだ」

「へー、魔法が使えるのか。なら、壁の補強の依頼があるはずだ。なんでダンジョンに?」

「あんなチンケな依頼受けられるかよ。俺はダンジョンに潜ってドラゴンを倒すんだ。それでじいちゃんに俺の力を認めさせる」

 なるほど大体の事情は分かった。
 ごく一般的な反抗期の少年の暴走だな。
 ダンジョンから摘み出して衛兵に預けるとしよう。
 俺は少年の襟首を掴んで持ち上げ、ダンジョンの出口に向かう。

「お、おい、おっさん!!何してんだよ!!放せよ!!」

「いやいや、どう考えても君はダンジョンには早いよ。お祖父さんにこってりしぼってもらったほうがいい」

「やめろー!放せ!放せってぇっ!!」

 少年はバタバタと暴れて俺の手を殴ったり腹を蹴ったりしたが、大して痛くもない。
 俺は気にせず歩く。

「待ってくれよ、頼む!父さんの商会を救うには、腐竜の心臓がどうしても必要なんだ!!」

 少年の言葉が少し気になって足を止める。
 俺はただお祖父さんに認められたくて少年がダンジョンに来たのかと思っていたが、意外と複雑な事情があるのかもしれない。

「どうして、商会を救うには腐竜の心臓が必要なんだ?そもそも君のお父さんの商会はそんなに危ない状況なのか?」

 俺がそう尋ねると、少年はぽつりぽつりと語り始めた。

「ひと月ちょっとくらい前、勇者だかなんだかって奴が商会に来た」

 俺はピクリと反応する。
 なぜそこに勇者が出てくるのか。

「そいつはムルガ共和国の議員に雇われている勇者で、この街には腐竜の心臓を買いに来たって言ってた。腐竜の心臓は水を浄化するための魔道具の材料で、まだ商会主が父さんじゃなくてじいちゃんだった頃に1回ムルガ共和国に売ったことがあったんだ」

「だから今回もあるはずだろうって買いに来たのか?」

「そうだ。だけど今の商会には腐竜の心臓なんて無かった。じいちゃんの代に腐竜の心臓を22層から取ってきたのは当時この街を拠点としていたSランク冒険者だ。今のこの街で一番強いのは多分冒険者ギルド支部長補佐のカジワラだけど、カジワラでも腐竜には勝てなかった。この街には腐竜の心臓を取ってこられる人間がいないんだ」

「そのムルガ共和国に雇われている勇者っていうのは、自分で腐竜の心臓を取りに行かなかったのか?」

「カジワラが勝てなかった腐竜だぞ?そんじょそこらの奴じゃ歯が立たねーよ。その勇者って奴も一度腐竜を見にダンジョンに入ったみたいだけど、20階層まで行けなかったみたいだ」

 なるほどな。
 このダンジョンを22層まで登ろうと思ったら、ドラゴンに対抗できる戦闘能力と砂漠や湿地に適応できる環境適応能力が必要になる。
 おそらく神器の組み合わせが悪くてそのどちらかが不足していたのだろうな。
 
「それでその勇者は父さんの商会が腐竜の心臓を隠しているんじゃないかって言いだして。腐竜の心臓を出さなかったらムルガ共和国の商会に圧力をかけて父さんの商会との取引をやめてもらうとかも言ってて。それで、俺……」

「自分が腐竜の心臓を取りに行こうと?」

「そうだ」

 状況説明の的確さからいっても、この子はおそらく頭が悪くない。
 たぶん自分でも無理だとは分かっていると思う。
 それでも命をかけて腐竜を討伐せしめようというその心意気。
 おっさんとしては汲んであげたいね。
 だがとりあえず、心配をかけた家族に謝るのが先かな。
 俺は少年を担ぎ上げ、衛兵の元へ向かった。

「なんでだぁぁ!!しゃべったら見逃してくれる空気だったろぉぉっ!!」

 おっさん、空気とか読めないんで。



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