おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

文字の大きさ
上 下
79 / 205

79.ダンジョンの街

しおりを挟む
 俺が井戸や水差しに混ぜてきた神酒の効果が現れると、すぐに疫病は終息した。
 俺達も数日間はラブカ沖で停泊を余儀なくされたが、新たな感染者が現れないまま数日が経過したあたりで港の白旗は下げられ無事入港することが許可された。
 俺は当初の予定通りその日のうちにラブカを出た。
 町の散策は沖に停泊していた数日間のうちに楽しんだからこの町にもう用は無い。
 想像したとおり、男爵領と似たような田舎のいい港町だった。
 そろそろ男爵領を出てから4ヶ月になる。
 少し男爵領が恋しくなってきたところだ。
 みんな元気にしているだろうか。
 しかし呼ばれてもいないのにちょくちょく帰っては、旅が台無しだ。
 こんな郷愁の念も旅の醍醐味なのかもしれないな。
 
「兄さん、そろそろドラゴニアに着くぜ。ほら、城壁が見えてきただろ」

 馬車の御者が指さすほうを見れば、ルーガル王国王都と同じくらいの高さの城壁が見えた。
 魔法で補強されたなかなかに立派な城壁だ。
 ちょっとやそっとの攻撃では破られることは無いだろう。

「ドラゴニアは冒険者が豊富だから魔法を使える奴も多いのさ。外壁の補強の依頼が常に出ているからよ、兄さんも魔法が使えるなら仕事にゃ困らねえぜ」

「ほう、それはいいことを聞いた。小銭を稼いだら一杯奢りますよ」

「おう、そうこなくっちゃ」

 御者の男の定宿を教えてもらい、酒を奢る約束をする。
 一応俺は護衛をする代わりに馬車に便乗させてもらっているのだが、ここまで魔物の1匹も出なかったからね。
 タダで乗せてもらったみたいで気分が悪い。
 自家製ソーセージの美味い宿だというので俺もそこに泊まるとしよう。
 





「これはすごい……」

 ドラゴニアの街に入って御者の男と別れた俺は、ひとり街をぶらつく。
 まず目に飛び込んできたのは街の中心部にそびえたつ巨大な塔だ。
 あれがドラゴニアのダンジョンらしい。
 無人島にあった牛鬼のダンジョンは入口だけ地上に飛び出ていてどんどん地下に潜っていくタイプだったが、ここのダンジョンは逆に上に登っていくタイプのようだ。
 中で出てくる魔物はすべて竜種らしいが、ドラゴンってそんなに種類がいるのだろうか。
 まずは情報収集のために冒険者ギルドに向かうべきだな。
 ダンジョンシーカーのギルドというものは無いので、ダンジョンに潜る場合でも情報は冒険者ギルドに集まる。
 そもそもダンジョンシーカーなんてダンジョンに潜ってお宝を持って帰ってくるだけのお仕事なので、ギルドなんて必要ないのだ。
 ほとんどの人が冒険者と兼業していて、ミルファさんのようにダンジョン関係の仕事しかしないという人はあまり居ない。
 俺は街をぶらぶらしながら冒険者ギルドを探した。
 屋台のグルメなどにもこの街ならではの食材が使われていて面白い。

「兄さん他所から来た人だね。この街はドラゴンの肉が名産だよ。ほら、美味そうだろ?一本食べていっておくれ。うちの串焼きは他のとは別格だよ」

 おばちゃんが差し出してきた串焼きを受け取り、銅貨を渡す。
 茶色いソースが焦げる香ばしい匂いに腹が鳴った。
 ドラゴンの肉なんて、すごく異世界っぽくていいな。
 見た目は牛肉のように少し黒みがかった肉だ。
 ドラゴンなんてすごい筋肉が発達していそうだから硬いのかもしれないと恐る恐る肉に口をつければ、まるで煮込まれた肉のようにほろりと口の中でほどけた。
 なんて美味さだ。
 フルーティな香りのするソースが肉の旨味を極限まで引き出している。
 何より肉が柔らかい。

「うちの秘伝のタレに漬け込んだドラゴンの肉は美味いだろう?うちの串焼きを一度食べれば他所のドラゴン肉なんて食べられないよ」

 確かにそうなってもおかしくないかもしれない。
 他の料理も気になるので別の屋台も冷やかすかもしれないけれど、結局このおばちゃんの屋台に戻ってきてしまいそうだ。
 今度酒でも片手にまた食べに来るとしよう。
 俺はおばちゃんに冒険者ギルドの場所を聞く。

「なんだい兄さん冒険者かい。見えないねえ。まあ頑張んな。ドラゴンにビビったらうちに来てたらふく肉でも食ってやりな」

 商売上手なおばちゃんだ。
 でもドラゴンを食ってドラゴンに挑むなんて面白いな。
 俺は串焼きをもう一本注文した。

「まいどあり!!」

 これでドラゴンにもビビらないかな。





 そうして向かった冒険者ギルド。
 やっぱりおっさんは絡まれる。

「おっさん、今肩がぶつかったろ。肩が折れちまったぜ、治療費くれよ」

 そんな軟弱な奴は冒険者やめちまえ。
 ひょろいおっさんにぶつかって肩が折れてたら、どう考えてもドラゴンとなんて戦えないだろう。
 初めて入った冒険者ギルド特有の、この陰湿な空気が嫌いだな。
 周りはニヤニヤしながら見ている奴か、知らんふりをする奴ばかりだ。
 ドラゴンと戦う勇猛果敢な冒険者とはどんな連中かと少し期待していたのだが、結局どこに行っても冒険者なんていう連中はゴロツキと変わりないな。
 武装しているだけ性質が悪いか。
 
「聞いてんのかおっさん。肩が痛くてたまらねーぜ」

「そうですか。なら私が治して差し上げます」

 俺は男の肩に触れ、回復魔法をかける。
 中級の回復魔法だ、骨折程度の怪我なら普通は治る。
 しかし男の肩には何か違和感を感じた。
 回復魔法の通りが悪い気がする。
 もしかして本当に怪我をしているのか?
 魔法で詳しく男を調べてみる。
 男の身体はボロボロだった。
 これでは冒険者を続けていくのは絶望的だろう。
 だが善良なおっさんにその鬱憤をぶつけるのは間違っている。
 俺は水精の短剣を取り出す。
 水を操る力を持つ神器だ。
 純粋な水でなくとも、水分があれば操ることができる。
 もちろん神酒も。
 俺は神酒を水精の短剣にかけ、酒の刃を生み出した。

「お、おい、なにを……ぐぅぇっ」

 俺は酒の刃で男の腹を刺した。
 
「ぐぅぁぁっ、てめぇっ、殺す!絶対殺してやる!!」

 俺が刺したのはちょうど胃袋の上だ。
 酒の刃は胃袋まで達すると神酒に戻り、身体中の傷を癒す。
 だが男は頭に血が上って身体が治っていることに気が付いていないようだ。

「ぶっ殺してやる!!」

 男は剣を抜き、俺と対峙した。
 ちょっと悪戯が過ぎたようだ。
 さすがに腹を刺すのはやりすぎだったかな。
 刺し傷は一瞬で治っただろうから、俺としては刃の引っ込むパーティグッズのナイフのようなつもりだったのだけど。
 男は顔を真っ赤にして怒り狂っている。
 一戦交えるしか無いか。
 しかし俺が腰の剣を抜く前に、俺たちの間に割って入る人がいた。

「何をしているんですか。やめなさい。おや、あなたは……」

「あ、お久しぶりです……」

 俺と男の間に割って入ったのは、あのとき革靴の神器を選んだサラリーマンさんだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

外れスキル『収納』がSSS級スキル『亜空間』に成長しました~剣撃も魔法もモンスターも収納できます~

春小麦
ファンタジー
——『収納』という、ただバッグに物をたくさん入れられるだけの外れスキル。 冒険者になることを夢見ていたカイル・ファルグレッドは落胆し、冒険者になることを諦めた。 しかし、ある日ゴブリンに襲われたカイルは、無意識に自身の『収納』スキルを覚醒させる。 パンチや蹴りの衝撃、剣撃や魔法、はたまたドラゴンなど、この世のありとあらゆるものを【アイテムボックス】へ『収納』することができるようになる。 そこから郵便屋を辞めて冒険者へと転向し、もはや外れスキルどころかブッ壊れスキルとなった『収納(亜空間)』を駆使して、仲間と共に最強冒険者を目指していく。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

寝て起きたら世界がおかしくなっていた

兎屋亀吉
ファンタジー
引きこもり気味で不健康な中年システムエンジニアの山田善次郎38歳独身はある日、寝て起きたら半年経っているという意味不明な状況に直面する。乙姫とヤった記憶も無ければ玉手箱も開けてもいないのに。すぐさまネットで情報収集を始める善次郎。するととんでもないことがわかった。なんと世界中にダンジョンが出現し、モンスターが溢れ出したというのだ。そして人類にはスキルという力が備わったと。変わってしまった世界で、強スキルを手に入れたおっさんが生きていく話。※この作品はカクヨムにも投稿しています。

処理中です...